第155話 雑魚なのは頭の方
ある日の研究所にて。
凡太は「うーん…」と珍しくレイナが頭を悩ますような仕草をしていたのを見かけた。普通なら「何か悩んでいるのか?」と相談を促すのだが、そうした場合「いえ何も」と確実に避けられるだろう。これは彼女が自分のようなだらしない主人に気を遣うほど優しい人間だからだ。これにより、悩みを直接聞くことは断念する。
悩んでいる原因を突き止める為、わざとレイナの後ろを通過する回数を多くして、レイナが読んでいる書類や机に広げてあった研究材料を気づかれないようにして盗み見る。そうしてレイナの後ろを通過する事、28回目。ようやく悩みの原因を突き止める。彼女は新しいすり傷に効く軟膏を開発中で、その材料として“フツノ玉”というフツノアリからとれるビー玉サイズの玉が必要らしい(軟膏にはこれを粉末にして混合するとか)。
(フツノアリといえばレベル5の雑魚じゃん)
凡太は以前、魔物討伐テストを受ける際にもらった魔物選択書類を思い出す(※115話)。
未だにこのアホは魔物名横の数値が強さ基準値だと勘違いを続けているので、クソ弱い自分が戦いにいくのに悩むのは分かるが、遥かに強いレイナが遥かに弱い魔物との戦闘を渋るのに疑問を持つ。
(何ですぐに取りにいかないんだ?ひょっとして希少種だからか?)
そう思い、図書館に行って図鑑でフツノアリについて調べてみる。
フツノアリはクロオオアリを大型犬並みのサイズにしたアリで、触手がないことが特徴。実はそちらが擬態で攻撃時は背後から半透明の影のような同サイズのアリ(本体)も攻撃してくるという。その姿から別名・幻影アリとも呼ばれている。影の攻撃は素早い為、これで重傷を負わされる者が後を絶たない。生息地は森奥の目立たない場所にいることが多く、他のアリの様に大群ではなく数匹で行動している。
(影での攻撃って初見殺しすぎでしょ。てか、レベル1のスライムであの強さだったから、レベル5のこいつは俺では絶対手に負えないだろうな…)
不安を膨らます凡太。フツノアリの説明がかかれたページはまだ10ページほどあったが、これ以上読むと不安で圧死しそうだったので断念する。
図書館の係員にフツノアリの生息地を聞くと、王国南の森奥に普通に生息しているとのこと。どうやらそこまで希少種でもないらしくて安心する。
(そりゃそうか。一応これでも雑魚魔物扱いだからレアで見つかりにくいなんてことはないわな)
納得した凡太だったが、まだ疑問が残っていることを思い出す。
(ではレイナがフツノアリ狩りにいかない理由は何だ?)
生息地も特定済みで見つけやすくて倒しやすい魔物を避ける理由が分からない。結局この日はレイナと同様一日中頭を悩ます凡太。次の日の朝練終わりにふと一つの答えが浮かぶ。
(レイナは俺がスライムを倒せなかったことに対して遠慮しているのではないだろうか?スライムよりレベルの高いフツノアリを自分が簡単に倒していることがばれたら主人のメンツが丸つぶれになってしまう。主人を気遣った最善の配慮が悩んで先延ばしを続けることだったんだ…。あいつめ、どこまでお人好しなんだ。俺のことなんて気にしないでいいものを。どう考えても新製品の開発を進めるべきだろう)
レイナの度の越えた優しさを理解する、同じく度の越えた湾曲な理解力を持つ凡太だからこそ浮かんだ回答である。ともあれ、レイナに急いでフツノアリを倒してもいい事を伝える決心をする凡太。もちろん普通に伝えては断られることは目に見えているので、少し工夫するつもりだ。
次の日の午後。アイと一緒に研究所に行き、レイナに挨拶をしてから仕事に取り掛かる。少し落ち着いてから例のことを伝える。
「レイナ、悪いんだけど今度の休みの日に俺の特訓に付き合ってくれない?」
「いいですよ」(ボンタ様からの誘いとは…珍しいですね)
「いいのかよ!普通どんな特訓か聞くか、『せっかくの休日に面倒な誘いをしてくんなクズ』と言って断るだろ?」
「あなたの考える特訓は有益なものが多いので聞くだけ野暮だと思っただけです。あと、後者は普通じゃないです」
「有益だと信じてくれているところ悪いが、そうではないんだよ…。今回はフツノアリとの戦闘特訓なんだ。ほら、俺この前スライム倒せなかったじゃん。あのときの悔しさが今でも残っていてさぁ。今回はその悔しさから立ち直る為に敢えてそれよりもレベルの高い魔物であるフツノアリに挑戦することで精神復活を図ろうとしているわけよ。ただ、一人じゃ危ないしレイナがいれば安心かなって思ったんだ。レイナにとっては雑魚を倒すつまらない特訓になるかもだけど、どうか哀れな主人に付き合ってほしい」頭を下げる凡太。
「頭を上げてください」(フツノアリが雑魚ですって?この人何を言っているの?)
レイナ及び他の国民は凡太と違い、アホではないのでフツノアリが強魔物だということは存じている。だからこそ、悩んでいたのだ。
「嫌だ!許可をもらえるまで頭はあげないかんな」強情を続けるアホ。
「はぁ…どうしたものでしょうか」
悩んでいるとアイが手招きをしていたので近くに行く。アホを放置し、小声でヒソヒソ話す2人。
「最近あいつと共闘することがあったんだけど、村にいた頃より随分と強化魔法の精度が上がっていたわ。あのレベルならフツノアリにだって苦戦しないと思う」
「そんなにですか!?だとすれば、一体どこでそんなに精度を磨いたのでしょう?」
「多分ランキング戦じゃないかしら。いつも相手に向かって強化魔法をかけて瞬殺されていたでしょ?瞬殺されるためには一瞬で高い効果を持った強化魔法をかけなければならないからそれで瞬発力や精度が磨かれたんじゃないかしら」
「そうかもしれませんね」
レイナもたまに半日有休を使って凡太の試合をこっそり覗きに行ったことがあり、その時の記憶を振り返りつつ同意する。勝敗は毎回負けてはいたが、自分の全力を出しての負け。全力を出さずして勝った者より、成長速度が速いのは当然である。どんな結果でもやれるだけやる信念を貫く主人の姿を想像し、少しだけ嬉しくなる。
「なら今回はアイのその言葉とあの人の信念の強さを信じてみますか」
そう決意したレイナは頭を下げ続けるアホに許可を与えた。
こうして一応あの男の思惑通り、フツノアリ戦闘特訓兼フツノ玉採取クエストが決まった。