第151話 別の方法
「馬鹿な!」
犯人が驚くのも無理はない。錠は腕力では破壊できないほど頑丈なもの。ましてや魔力・体力をすべて人形によって吸い尽くした後で強化魔法を使える状態ではない。つまり、錠を破壊することはありえないのだ。しかし、目の前の女性は錠を破壊して見せた。
まさかと思い、恐る恐るバフ分析を行うと、
「あ、ありえない…」
バフ分析の強化量の数値はパーセント(%)で表示される。前勇者の全力強化の値を上限及び基準として100%まで測定することができる。
現在のアイの数値は91%と表示されていた。
超強者が絶好調の状態でも90%を越えられるか越えられないかというところなのに、魔力・体力が無い状態からこれほど強化することは不可能である。それ故、犯人はかなり混乱していた。そして取り乱しながら、アイに質問を投げかける。
「あなたは体力も魔力も無かった。なのに何で強化魔法が使えたのですか?しかもそれほどの高いレベルの強化を…どうしてですか!?」
「そんなに答えが知りたい?」
『うんうん』と力強く頷く犯人にアイが嬉しそうな表情でその答えを指さす。
犯人はその答えをみて驚く。
「なぜ、あの男なんです?」
アイが答えとして指差したのは気絶中の男。
「彼は強化魔法を使えないと言っていた。なのにどうして…」
益々混乱する犯人だったが、少しして何かに気づいた表情になる。
その表情をみてアイのニヤリ具合も増していく。
「自分の強化はできないが、他人の強化はできたということか…!?」
「正解よ!」最高のニヤリ顔。
答えに行きついた事で今までの男の疑問を抱かせる行動の数々がパズルピースを組み立てるかのようにすっぽりとハマっていく。
(攻撃にわざと当たり始めたのは女性を強化していることに気づかせない為。その間も魔力放出を続けることで自分への警戒を解かさせずにバフ分析対象としての役割を維持させた。自身が止めをさされそうになってからも少しでも時間を稼ぐために魔力を急増幅させる。こうして時間稼ぎ中に強化された女性が最後に私を成敗するという策)
思えば発信機の件で警戒させて自身に注意を向けさせたところからこの策に呑まれていた。そしてそのとき反省したつもりだった先入観を疑うという事。今回“魔力・体力の無い女性が戦闘に加わることはない”という先入観によって、疑うことなく脳内自動処理していた自身の安直さにまたしても反省する事となった。
(やはり、恐ろしい男だった。すべてはあの女性を強化する為の布石だったのですから)
地面に横たわる男を細目で見る犯人。自身を完膚なきまでに叩きのめした姿を戒めとして記憶に刻み付けているようだった。男の行動や思考を記憶内に収め切った時、ようやくこの策の異常さに気づく。そもそも自分を強化する魔法を使っていればこんな周りくどい策を用いらなくても容易に自分を戦闘不能にできたはず。全くもって無駄が多い策。
そして、この策をやり遂げるには…
(自身が仲間の為に犠牲にならなくてはいけない。これこそが異常なのです。なぜ他人の為にこれほどまで自分の力を酷使できる?一体何の得があるというのです?)
疑問は膨らむばかりである。その疑問が簡単に解けることはないと悟った犯人が諦め顔になった。
ふぅー
犯人が深呼吸する。数秒して、戦闘態勢を解いて降参したかのように両手をあげる。
それを見たアイが、
「お楽しみの時間はもうおしまい?」
「ええ。もう十分楽しみましたから」
「そう。両腕に錠をさせてもらうけどいいかな?」
「どうぞお好きに」
無気力な犯人。さすがに超強化された人間に挑むという無謀なことをするほど馬鹿ではないらしい。あの男の良いようにやられて精神的に打ちのめさせられたのが大きいかもしれないが。
「まったく。相変わらず自分の事は二の次なんだから」
呆れ口調だが優しい顔で、アイが気絶した凡太を負ぶる。
犯人に前を歩かせ倉庫を出る。この倉庫があったのは地下。警備員達は地上の怪しい場所を張っていただけなので、地下は盲点だった。出入口が10か所もあるので逃げ道に困らない。
階段を昇っている時、犯人が呟く。
「より価値のある人間でないと胸を揉むことができない。彼のような知略があっても価値を見出せないのに、私がそこへ到達するというのはおこがましい…やはり私は一生胸を揉めないのでしょう…」
卑猥な内容だがなんとなく可愛そうになるアイ。
「そんなことないわよ。あなたがこれからちゃんと価値を高めた上で、女性としっかり向き合って理解すれば可能なはずよ」
「ありがとうごいます。まぁやるだけやってみます…」
無気力続行の犯人。とてもやるだけのことをやるとは思えない返事だった。
折角更生しかけているところなのにこのまま廃人っぽくなられてはこちらの後味が悪いと考えたアイがあることを思いつき実行する。
「価値を高めていればきっと報われるものよ。例えばこんな風に…」
「おお~!」
あることをみて犯人の顔に活力が戻る。
犯人はそのまま大人しく連行され逮捕。特に被害者の精神的ショックなどもなかったことと既に更生しかかっていることもあり、1カ月の懲役となった。
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寮への帰路。
凡太が目を覚ます。
アイにおぶられている事に気づき、
「いつもありがとう」体力は完全に戻っておらず脱力状態は続いていた。
「いえいえ」
「どうやらあいつは見事に倒したみたいだな。さすがアイ」
「私は何もやっていないわよ。戦う前からほとんど戦意喪失していたしね」
「いつもの謙遜モードだな。さすがアイ」
「いや、本当だから。そういうところ本当に嫌いよ」
「おっ、よくぞ気づいた。こんな嫌われお荷物いらんだろ。この辺に捨てていってくれ」
「粗大ゴミのポイ捨ては近隣住民の方に迷惑だから責任を持って持ち帰るわ。不本意だけどね」
「確かにそりゃ迷惑だな。軽はずみに言ってすまんかった」
「分かればいいのよ」(あー疲れる)
「いやーしかしラッキーだったな。あの拘束椅子が人形のように体力や魔力を吸い取る効果があったらかなりやばかった」
「そうだね」
アイが椅子に拘束されていた時『椅子から動けないだけか』と確認する場面があったが、あれはこの確認で、強化魔法が使えるか否かを判断する質問だった。
「まぁやばくなるだけでアイを助ける手はいくつかあったし、問題なかったんだけどね」
「その中にあんたが助かる手はいくつあるのかしら?」
「俺の助かる手?そんなのいらんだろ。アイさえ助かればいいんだから」
『何言ってんだ、こいつ』みたいな顔をする凡太にアイがイライラして言う。
「あんたも助からないと私の後味が悪いでしょ。こっちの気にもなってよね」
「そこまで気が回らず失礼した。そういうことなら次はそっちの手も考えておくよ」
「よろしくね。絶対だよ」
あくまで男の思考に合わせての誘導。男に本心を伝えれば流されてしまうだけだからだ。誘導がうまくいき、アイは男に気づかれないように口元を緩めた。