第145話 真の追い込み
夕方の公園。人目につかない隅の方で激しく修行する3人がいた。
的当て後、イコロイのつくりだした特大気弾を3人で打ち消すトレーニングをしていた。このトレーニングはイコロイの全力を引き出すことを目的としている為、つくり出される気弾は毎回その時のイコロイの全力でつくられる。気弾は3人がかわすことのできるスペードだが、3人とも全力で打ち消しに専念する。
理由はイコロイに全くかわす気がないから。出し切った後にも関わらず、全力を越える全力を振り絞ろうともがく。その姿をみてほっとくほど2人は冷めてはいない。むしろ、全力でやっている者がいたら自分達も混ざりたいと思うような“火に油”の油精神だった。
こうして、精神的に回避不可で過去の自分を越えられなければ死というエゲツのないトレーニングができた。
「では、いくぞ」
「いつでもいいぞー」
イコロイが300m離れたところから凡太達へ特大気弾を放つとすぐに高速移動して3人が気弾に対峙する形に。ここから3人が全力で気弾を特大気弾に向かって放ち続ける。
残り200m。3人共、息が上がり始める。特大気弾にまだこれといって変化はない。
「どうしたよ?こんなもんか、イコロイさんよー?」
「戯けが!やっと体があったまってきたところだ。これからだよ」
「スロースターター過ぎるんですけど!命かかっているんだから真面目にやりなよ!そんなんだから俺にすら隙をつかれるんだぞ?」
「貴様はいつも鬱陶しいんだよ!あと、あれは隙をつかれたのではない。貴様があまりにも弱過ぎて存在にすら気づかなかっただけだ」
「その弱すぎる存在に足元すくわれたのはどこのどなたでしたっけ?」
「貴様ぁ!これが終わったら覚悟しとけよ!?」
イコロイが怒りに身を任せ、特大気弾には及ばないがかなり大きめの気弾を特大に向かって打ち込んでいく。
「おっ?生き残る気満々じゃん。期待しているぜ。圧倒的強者さんよ」
「僕に上から目線でものを言うな!!」
弱すぎる男に煽られて発生した大量の怒りエネルギーが気弾生産に変換される。特大気弾をつくり出した後の限りなく無の状態から考えれば、現在の有の状態は奇跡だ。その奇跡を実行したのは、本当に全力以上の全力を隠し持っていたイコロイ。今やただの天才ではなく努力する天才になりつつあった。
普段は脳が能力の100%を出すと体が壊れるということで、自己防衛機能として60~70%あたりで“これ以上は危険”とブレーキをはやめにかける為、全力(100%)に辿り着けなくしている。全力を出すには脳を騙す必要がある。それに一役かってくれるのが、感情である。感情の高ぶりによって、脳は興奮状態になって分析する余裕がなくなるので、このときに全力につけ込めるというわけだ。
イコロイは幼少期から強大な力を持っていた為、何でもすぐにできてしまった。なので、苦労もなくすごしてきたので達成感や挫折を味わったことがない。何でもできるという事は、ワクワク感もなく、果てしなくつまらないものだったので、いつしか感情を使う必要がなくなっていた。こうして、キンキンに冷えた性格が出来上がったのだが、現在それが少しずつ溶かされていっている。あの男の煽りによって。幸か不幸かそれが引き金となり全力に近づくきっかけをつくりだしていた。
残り50mのところで特大気弾の打ち消しに成功する。
打ち消しと同時に膝に手を置くイコロイ。呼吸は荒いままだ。他の2人も同様だった。
「はぁ…はぁ…まだ3本はいけるが、君達に合わせてここまでにしておいてやろう」
(もう無理…。限界過ぎて立っているのがやっとだ。こんなこと、あの男には死んでも言えないね)
無理に見栄を張るイコロイに対し、あの男が口を開く。
「なんだ、イコロイも温存していたのか。呼吸のピッチ的にまだいけそうだもんな」
(ん…?)
「いやー昔の温存癖が出て、出し切れてなかったんよ。情けないよなー」
(本気なのか?冗談なのか?)
「悪いんだけど、もう一本やってくれると助かるよ。ジョウもまだいけるだろ?」
「はい!俺も出し切れなかったので再挑戦したいです。イコロイさん、お願いします!」
(もう一度だと!?ふざけるな!この体でできるわけがないだろう!)
イコロイは凡太の様子を観察する。呼吸は荒いままで疲労困憊の症状が強く出ていた。よって、ただの空元気だと判断する。イコロイは鎌をかける為、魔力を少し高め、特大気弾を発生させるフリをする。
(どうだ?メッキをはがす分には十分な余興だろ)
このまま続ければすぐに倒れるだろう。自身も限界だったが、凡太にそれを悟られるのは癪だったので、同じく空元気を出してハッタリをかます。凡太の空元気発言を後悔させ、やっぱり無理だったと恥をかかせるのが目的だ。ここまで考えたイコロイはさぞかし赤面し、あたふたする凡太の情けない姿を想像し、にやける。想像の中でたっぷりと優越感に浸った後、今度は現実で浸ろうと凡太の顔を確認すると……
「イコロイさん、あざーっす!やったな、ジョウ。もう一回やってくれるみたいだぜ?」
「はい!嬉しいです。イコロイさん、ありがとうございます!」
(ええい!これでは引くに引けないではないか!やるしかない・・・!)
イコロイが覚悟を決め特大気弾を遠くから放つ。第2R開始だ。
そして、2回目も無事終わる。どうやらイコロイの全力が尽きかけていたおかげで特大気弾の威力がジョウや凡太でも打ち消せるレベルまで落ちていたらしい。しかし、このことは限界過ぎて思考能力が低下している3人には気づかれないだろう。
3人とも地面に大の字で寝ころび、呼吸を激しく乱していた。全力を出し切った姿としては上出来だと誰もが思うだろう。
あの男を除いては……
男は息が整わないままよろよろと立ち上がる。
「も、もう…終わりなのか?」
常人には理解不能なおかわりを要求する。
(こいつ…まだやる気なのか?先程の言動がハッタリではなかっただけにこれも本気で言っている可能性が高い…。だとすれば、まだ全力の先へ行けるというのか)
イコロイが男の行動に少し恐怖する。同時にたかが無能の人間如きに少しだけ恐れを抱いた自分が許せなくなり、空元気で男に向かってハッタリをかます。
「ま…まだ続くにき…決まっているだろ」
息も絶え絶えの苦しいハッタリ。それを聞き、男がハッタリを真に受け、シュンとして落ち込んだ表情をする。
(意気消沈していく…。やった!ハッタリが成功したんだ)
苦しいながらもハッタリが成功したことに喜ぶイコロイ。
だったが!
「だ、だよな。はぁ…や、やるしかないのか。めんどくさいなぁ。本当はやりたくないのに。ほんのちょびっとだけ残っているもんなぁ。仕方ないよなぁ。ああ…嫌だなぁ…」
男がブツブツと愚痴りながら型を整えていき、念動弾を放つ態勢になる。
(言動と行動が全くかみ合っていない。なぜ嫌なくせに続けようとする?)
男の姿にかつて男と対峙してきた者たちと同じ反応を示すイコロイ。絶賛混乱中だ。そして、さらに混乱を拡大させる姿を見てしまう。
(なぜ、嫌なくせに笑っているんだ!?)
風前の灯の男が決して見せる事のない姿。混乱を拡大させないように深呼吸を無理矢理して強引に冷静さを保とうとする。すると、結論のようなものが浮かんだ。
(やっと分かった…。これからだったのだ…。こいつの本当の追いこみは…!!)
死にかけの状態から、さらに全力を引き出した真の追い込みを見て、イコロイは生まれて初めて人間に恐怖を覚えた。
そのイコロイの心の声が聞こえていたかはわからないが、急に魔力量を増大させる男。温存しておいた“全開”を使ったようだ。しかし、イコロイはまだ特大気弾を放っていない。どうやら幻覚を見ているようだ。その幻覚は自身が最も嫌がっていたおかわりである。
イコロイが見守る中、凡太のシャドーおかわりが始まった。
この後、20秒後に男は気絶。その表情は苦痛でいっぱいの最高の出し切り顔をしていたらしい。