第144話 加害者と被害者の声
凡太は困っていた。
例のスーパーに自身が修理した機器の様子を客としてこっそりと伺いに店内に入った時、毎回入口で店長に呼び止められ、お土産を渡されるようになったからだ。何か大量の買い物をしていたり、大口取引先の関係者とかなら分かるが、それらと全く関係はない。「何もしていないのにこの優遇はなんだ」心の中でそう思いつつ、店長のこの行動に対し、ただただ申し訳なくなっていた。いつかは飽きてやめるだろうと思っていたが、現在も続いており、最近はお土産の量と質が上がっているという状況だ。そんな悪化する現状に頭を悩ます。ちなみに今回のお土産はお寿司セット1桶。到底一人で食べきれる量ではない。
凡太は町の孤児院に来ていた。スーパーで大量のお土産をもらった時はここか夜勤中の工場や警備員の下へ行き、食品を配っている。大抵消費期限が早めの食品を渡されるので、無駄な食品廃棄を防ぐ為である、
孤児院は公民館のようなつくりで2階建て。1階が食事場や広間、2階が寝室で子供達が10人暮らしていた。孤児院の中に入り、玄関で管理人の男に寿司桶を渡す。
「ちわー。スーパーの店長から差し入れです。皆で食べてください」
「いつもすみませんねぇ。ありがとうございます」
「礼なら店長さんに言ってください」
「はいはい。そうでしたね」
管理人が奥の部屋に行く。
「みんなー今日は寿司だぞー」
「やったー!」
喜ぶ子供達の顔を見て満足した凡太が玄関を出ようとすると、入り口に隠れて1人の子供が立っていた。
「アンディか。今回もよろしく頼むぞ」
「ああ。任せてよ」
彼の名はアンディ。12歳の黒髪天パの肌が茶色の少年。身長は160㎝でやせ型。孤児院の子供達のリーダー的存在だ。アンディが凡太に任されたのは店長への恩返しである。
翌日のスーパーの開店時刻から20分経過したあたりから恩返し作戦が始まる。アンディ指揮の下、一人目の孤児院の子供がスーパーに潜入する。コソコソと店員の様子を窺いながら商品が陳列している棚まで移動する。店員がいなくなったのを確認してから商品をいじり始める。一通りいじり終えるとまたコソコソと店員の目を気にしつつ退散する。次の2人目が20分後に潜入し、同じように商品をいじる。3人目以降も同じで最後にアンディが潜入し、最終確認をして店から出てきたところで作戦が終了する。
一体彼らは何をしたのだろうか?
その答えは閉店後、記録した監視カメラの映像をチェック中の店長と新人が教えてくれそうだ。
「店長、あの子供、絶対万引きする気ですよ。挙動が怪しすぎます」
「いや、あれは盗る人の挙動じゃないよ」
「本当ですか?ほら、今商品をとりましたよ!きっと服の中に隠して持っていく気だ」
しかし、子供は新人の予想と反し、商品をいじるだけだった。
「おかしいな。全然とらないし、いじるだけ…そうか!イタズラだ。商品を破ったり、傷をつけたりしているんだ」
「コラ!よく見てみろ。あの子はそんな事をしていないだろ?」
「…あれ?ほんとだ。傷をつけていない。それどころか丁寧にいじっては戻している。一体何が目的なんだ?」
「まだ分からんのか…商品の並びをよく見なさい。何かに気づかないか?」
「並び?…あっ。さっきより綺麗に並んでいる。そうか!この子は商品の前出しをしてくれていたんだ」
「やっと気づいたか…」
(新人君には悪いけどあの子の方が将来性ありそうだし、できれば入社してほしいなぁ)
その後の挙動が怪しい子供たちはすべて前出しを行って帰っていった。
そして、特に問題が起きないまま今日の映像チェックが終わる。
「いやーありがたいですね。あんな小さい子供たちが店を陰ながら手伝ってくれてただなんて」
「彼らの貢献はそんなもんじゃないよ。これを見て」
店長は“商品盗難数集計”と書かれた用紙を新人に渡す。
「うわー結構盗られていますね…。あれ?先月だけ0じゃないですか」
「ああ。丁度あの子供たちが来始めた時期だ」
「なんですって!?ということはあの子たちのおかげで万引き件数を減らせているという事ですか?」
「そういうことになる。子供たちが定期的に前出しに来るのが抑止になったのだろう。それとさすがの万引き犯も子供たちが綺麗に並べた商品を盗るほど良心がなくなっていなかったということだよ」
「ほえー。凄い活躍ですね」
「君もあの子たちに負けないように精進しなよ」
「はい、頑張ります!」
新人の目は映像チェック前と比べ、やる気が少し上がっているように見えた。店長は店の若い人材とよく映像チェックをしていた。それはきっと、若い人材の鼓舞が目的なのだろう。
新人が一足早く退勤した後、店長も店の戸締りをして退勤する。最近は社員の健康問題や店の機器の問題が激減してトラブルも減っている為、残業なしの定時あがりが確実に増えている。割と過労気味で自分に鞭をうって働いていた店長から過労の“過”の字が消えるほどである。
「すべては彼のおかげか…」
店長が意味深に呟き、従業員出入口から出る。すると、ドアの陰に少年が立っていた。
「アンディ君、今日もありがとう。助かったよ」
「恩を返しただけなのでお気になさらず。あと、お寿司ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はぁ…彼にそう言えって言われているんだっけ?君も大変だね」
「お互い様ですよ。では」
これは凡太の秘儀の一つ“恩のすり替え”である。
店長からもらったお土産を孤児院や別の場所に届ける際に「これ店長からです」と最初に伝えることで、恩を与えてもらった対象を店長だけに限定し、自身はただの配送係として消えるという高等テクニックである。
しかし、店長とアンディにこの高等テクニックは通じなかったようだ。ぶっちゃけ、分かる人にはすぐに分かるので、その人に対しては低レベルなテクニックとなる。
アンディと別れた後、店長が映像を思い出しながら歩く。
(最初にあの子達の行動を見た時から怪しいと思っていた。動きが彼とそっくりだったからな)
コソコソと他人の目に気づかれないように善行する姿は、凡太が深夜に忍び込んでコソコソと機器を修理する姿と重なっていた。
(だからこそ、子供達が彼の刺客だと早めに認識することができた。これには心底ほっとしたな。気づけなければ、彼のサービスを知らない間に受け続けることになっていただろう。そうなれば、私の完全敗北だ。今の状況も結構まずいが、泥沼に引きずりこまれていないだけマシだろう。早急に次の手を練らないとな)
こうして、ある男の行動によって得た自身の自由な時間を、その男の対策を練る時間に使ってしまうという勿体ない行動をする店長であった。