第142話 秘儀・謝礼回避
凡太はジョウが働いている金属加工工場に来ていた。試作品の特殊手袋を使ってもらう為だ。金属の切断や仕上げの際、切断面淵のバリや表面の凹凸を取る為に、グラインダー(円盤形のカッターやバフをとりつけ高速回転させる機器)にバフ(表面がざらざらしている研磨用の円盤)を取り付け研磨する工程がある。バフは高速回転するので巻き込まれ防止の為、手袋の使用は基本禁止されている。よって、素手での作業になるのだが、慣れていないと火花や金属片が手にもろに当たって痛い思いをする。さらに、凹凸有無の確認も素手で行う。わずかなでっぱりは素手の感覚でないと分からないからだ。その凹凸確認の際、表面に金属の細く小さいとげが残っていたりするのだが、これが地味に痛い。木のとげや針のようなチクッとくる痛みではなく、神経にピクッとくる嫌な痛みだ。肉眼では見づらく、放っておくと何かを触る度にピクッとなるので最悪である。
凡太も工場勤務の際、グライダーでたまに研磨作業をしていたのでこの苦しみは良く知っていた。それ故に、この世界にグラインダー(魔力により回転する)とバフがあると知った時に、特殊手袋の構想が少し浮かんでいた。
特殊手袋の良さは3点。まずは薄いこと。これにより表面の触った時の感覚が素手とほぼ同等となっている。また、薄いので巻き込まれる危険性もない。
次に強度。魔力を少しこめるだけで手袋が効率的に強化されるのでバリを引っ掛けたり、金属とげが刺さった程度では破れないし、穴が開かない。
最後は生産コストが低いところ。手袋はビニーレン(スライムに灰色の膜を被せたような魔物)の皮を使っている。ビニーレン一体から大体バスタオルでいうと100枚分の皮がとれ、1日待てば皮が再生するので材料収集に困らない。
工場長に従業員全員分の手袋を渡し、1週間使用してもらった。
1週間後、手袋を確認すると、どの従業員の手袋も破れや穴はなく無傷状態。使い勝手もよく、金属とげ被害もなくなったようで大満足の結果だった。使用してくれた従業員全員の使い心地の感想や改善点をまとめていると工場長が笑顔で寄って来た。それを見た凡太は血相を変え「改善品ができたらまた来ます」と言って逃げるようにその場を後にした。秘儀・謝礼回避である。
これで手ごたえを掴み、次の職場の問題解決に取り掛かる為、今度はスーパーの水産部に来ていた。水産では冷凍の魚を切ったり、パック詰めしたりと氷を良く扱うので手がよく冷える。冷凍食品を品出しする人みたいに厚手の手袋をつけられればよいのだが、刺身ネタを切ったり、小さいものをつめたりと細かい作業が多いので薄いビニール手袋をつけて行うのが基本となっている。よって、特に冷える冬場には手の指が霜焼けになって皮膚科の厄介になる人が多い。ひどいときは低体温症になったりするので意外と侮れない問題である。
あとは魚のヒレ。メバルや鯛などの腹下に地味に鋭いヒレがついているので鱗取りや内臓を取る際に刺さる可能性がある。水産は1日に百匹以上さばかなくてはいけないので、刺さる可能性も必然的に上がるので厄介な問題だ。
これらの問題解決の為、今度は水産用の特殊手袋を試作する。
まず、手袋の膜と膜の間に魔法で加工した真空シートを3枚挟んだ多層式のものをつくった。真空では熱伝導がおきない(自由電子が動き回れず、エネルギーが発生しないから)ので、長時間冷凍ものを触っても凍傷被害にあわなくて済む。真空シートと膜であるビニーレンの皮は薄く加工してあるので細かい作業にも対応している。
魚のヒレ問題は金属加工工場のときの発想をそのまま活かし、強化魔法による強度アップで解決した。
これらの対策を取り入れた水産用手袋の試作品を水産部のチーフに渡し、従業員に配ってもらった。
1週間後、手袋を確認すると無傷だったので、魚のヒレ問題は解決。次に、霜焼け被害について、特に冷えを訴える人がいなかったのでこれも解決だ。一応「手袋の手首のところが短くて、水洗いの時に入って来るからもう少し長くしてくれ」という要望があったので次に来た時までに少し長くした手袋を開発しておく予定だ。そこへチーフが笑顔で寄って来たので、再び秘儀を使用した。
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研究員寮の部屋。
アイと凡太が会話中。
「そういえば、給料はどうしているの?あんまり使うイメージないから貯金とか?」
「いや、ガンガン使っているよ。だから、貯金はゼロさ」
「意外だわ。何に使っているの?」
「うーん。投資みたいなものかな?」
「へぇ。あんたってそんなに頭良かったっけ?」
「IQ80と呼ばれた男を舐めないで頂きたい」
「あいきゅーって何?まぁなんとなく頭が良くないという事だけは分かったわ」
「そんな感じ。とにかく、計画性なしでお金を浪費しているクズ人間というところだけはご理解いただきたい」
「レイナ、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな?」
「いいわよ」
「ちょっと…まだ話の途中でしょうが!」
凡太を無視したアイは机で書きものをしていたレイナの下へ。
何やら二人の間で話が盛り上がる。5分ほどで会話が終了し、2人がジト目で凡太を見る。
「面倒な人…」「そういうところよねぇ…」
今度は憐れみ半分、嬉しさ半分といった複雑な目だった。