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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
第5章 ラコン王国編
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第141話 褒め殺死神

 レイナはめったに動じない。過去に過酷な体験をいくつもしてきたからだ。そんなレイナが珍しく動じていた。そうさせたのは、規格外の怪物でも最強の魔物でもなくただの無能な男だった。

先程自分の友人がその男によって褒め殺された。次の標的が自分になった今、未来の自分がそうなることは想像に難しくない。レイナを褒める者はたくさんいたが、上辺の褒めであった。内面のことを褒める者は死んだ母とアイくらいだったので慣れていない。しかも目の前の男はしっかり下調べをした上で褒めてくるのでたちが悪い。そんな居心地が悪いわけではないが、むず痒い空間から抜け出すためにもがく様に言葉を発した。


「残念ながら、同僚から仕事に対しての評価はよくしてもらっています。褒められ慣れているので、私にそれは通用しませんよ」

「お前は何か勘違いしていないか?」

「へ?」

「俺は褒めているわけではない。集めた情報から無難な答えを導き出しているにすぎん。それがたまたま評価される内容だったというだけの事。つまり、事実を言っているだけなのだよ」

(この人が天然だった事をすっかり忘れていた!)


 相手が褒めようとしてくれて褒められることよりも、こうして客観的な姿勢を取り入れつつ褒めてくる方が、2倍恥ずかしい。男がそれに気づいているかは分からないが、なかなかの羞恥プレーである。


「ってなわけで、これから話す事は全部事実だから心して聞く様に」

「はい…」しょんぼりとして、もがくのを諦めるレイナ。

「まず、レイナのまとめた分析データのファイルの話からさせてもらおう。はっきり言って分かりやすいし、見やすいので皆からの評価も高かったぞ」

キョトンとするレイナ。これはいつも同僚から言われている事だったから拍子抜けしたのだ。

「中でも最初のページに分析結果と考察内容をまとめたのを持ってきたのは良いと思った。あえて最初に持ってくることでページをめくる面倒さを省略させているし、何について書かれているかが一目瞭然だからな。あと、専門知識のない人でも読みやすいように専門用語を極力避けているのも良い。変なカタカナ言葉や専門用語を連発する人の文って簡単な内容でも難しい内容の様に見えて分かりにくくなっている事が多いから、それと比べれば断然読みやすいよ」

 褒められているがまだ動じていないレイナ。どうやらこれも同僚からよく褒められている内容だったようだ。普通の人間ならここまで言えば相手を評価したと判断するが、目の前の男が普通でないことはレイナがよく存じている。


「誰にでも分かりやすい文を書いたりまとめたりすることは誰にでもできること……」


 故に緊張は解けない。


「だけど、実際にそれを実行することは誰にでもできることではない」


そう。この男の相手への評価はここからさらにもう一段階上がるのだ。


「そもそも簡単にまとめるとか言っているが、本当に必要なデータとそうじゃないデータを分けたり、文章の添削をしたりするのは結構時間がかかる重労働だ。あと、こういう分析データは数字さえ残っていればいいからということで適当にまとめて記録するだけの人が多い。人が読みやすい文章に変換する作業はデータを書き出す単純作業に人を気遣うっていう難解作業が追加されるから面倒だしな。ところがレイナはこの面倒な作業をわざわざやった」

 ギロッとレイナを睨む凡太。レイナは悪い事はしていないのにビクッとして少し怒られた感じになる。

「そこが素晴らしい。自身の負担よりも人を気遣うことを優先して、他の人が見て分かりやすいように何度も添削や見直し作業を繰り返したのだろう。しかも通常業務をこなしなしつつ、俺やアイの仕事の進捗状況を確認して、的確にフォローを入れながらだ。全くもって頭が下がるよ」

 本当に頭を下げる凡太。そして、

「レイナのおかげで何不自由なく今まで仕事ができた。これもレイナがいつも気を配ってくれているおかげだよ。本当にありがとう」


 男の感謝のストレートがレイナの精神にクリティカルヒットする。レイナの精神は公平なジャッジを装った大偏りジャッジによってノーガードとなっていた。ストレス耐性に定評のあるレイナでもさすがにこの攻撃は効いており、むず痒さで足がフラフラして目の前の男と目を合わせられなくなっていた。


 この後、例によって4つほど評価されるべきエピソードが追加され、レイナも戦闘不能となった。

 しばらく休憩を挟み、2人が現実に戻ってきたのを確認してから凡太が話出す。


「さて、そろそろ本題に戻ろう。君達は俺に対し“胸を揉まれていい”と言ったよね?」

 この言葉に2人は「そういえば…」という反応を示す。

「今までのエピソードで君達がいかに価値のある人間かという事が証明されたはずだ」

 恥ずかしいので否定したいが、褒め殺しの返り討ちに合う事を恐れて何も言い出せない2人。

「対して俺は歩くだけで周りに迷惑をかけまくる、どうしようもないクズで無能な人間だ。その証拠に俺の悪評は山の様にあるが、良い評判は1つもないだろう?これこそが無価値人間の証なのだ!」

 『また言ってるよ』とでも言いたさげな顔で呆れる2人。そんなことなどお構いなしに続ける。

「価値のある人間の胸を揉めるのはより価値のある人間だけ……価値の無い人間に胸を揉む資格などあるはずがないのだ!!」

 言っている事は意味不明だが、クワッと見開かれた男の目力の強さに押され、黙って頷く2人。それを見て「そうだろう、そうだろう」と言いながら満足そうに頷く凡太。


「あと、とっておきの最低エピソードを話しておく。この前、アイに抱き着かれる夢と、レイナに好きって言われる夢をみたんだ。夢は自分の願望をビジョンにするというが、情けないと思わないか?2人に好かれたいって欲望がでまくっているじゃないか。どうだ?キモいだろ?これでもまだ揉まれてもいいと思えるか?」


 この凡太の発言を聞いたことで、2人の顔はドン引きして青くなるのではなく、なぜか赤くなっていた。その理由は2人だけが知っている。知らない凡太は2人が自分のエピソードでドン引きして無言になったと思い、馬鹿みたいに喜んでいた。

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