第135話 バレちゃった
寮。凡太達の部屋にて。
トマスとミーラがガンバール村のことをよく聞いてくるので、それに答えるのが日課になっていた。
「レオ君の事はどう思っているんだ?」
「あいつは大馬鹿ですよ。俺なんかに自分の大事な力を渡しちゃったんですから」
グレントン戦の内容を一式話す。
「ってなわけで、俺が殺されていれば、レオは更に覚醒できて強くなっていたはずなんですよ。その大チャンスを無駄にしたからこそ、大馬鹿なんです」
「でも、レオ君が必ず覚醒するという保障はない。タイラ君が無駄死にするリスクを考えての行動じゃなかったのかな?」
「いや、これが無駄死ににはならないんですよ。無価値人間が死んだところで価値の移動はないので、そもそも無駄という概念が消えてなくなるんです。それほどまでに無価値の存在の薄さは強いというわけですよ」
「ちょっと何を言っているか分からないんだけど…」
凡太の無価値論を理解できずに四苦八苦する。埒が明かないと考え、話題を変える。
「レイナさんについてはどう思っているんだい?」
「とにかく尊敬しています。アポリクスの呪いってご存じですよね?彼女はその呪いを受けながらも、悪環境を恨むことなく受け入れて、鍛錬を続けていた。こんなにも芯が強い人間はみたことがありません」
「尊敬している事は分かった。えーと…あれだ。好意的なものはあるのかい?」
「もちろん大好きですよ。そんな素晴らしい人の近くでいさせてもらっただけで幸せでした」
「そうか…。アイさんについてはどう思っているんだい?」
「アイもレイナと同じく努力家なんですけど、系統が俺よりなんです。彼女は天才レオの妹として大きな劣等感を味わいながら生きていた。俺には天才の弟がいたんですけど、レオほど能力は高くなかったですし、劣等感の強さはアイの方が上になると思います。そんな強い劣等感を味わい続ければ、普通なら投げやりになって努力を放棄するのですが、アイはそれに耐えた。そして、今や周りの人間が一目置く実力者へと成長したのです。凄いでしょ?」
「なるほどな。で…」
「あー、好意的なものですか。もちろん大好きですよ。自分と似た境遇だったからかもしれないですけど、彼女の成長を見ているとこっちまで幸せな気持ちになるんです。だから一緒に居られた時は楽しかったなぁ」
「そうか…。では、なぜそんな幸せな場所から離れるようにここへ来たんだ?」
「グレントン戦での彼女らの立ち振る舞い方を見てです。俺という弱者を護る為に毎回気を遣って戦闘しなくてはならない。今後更なる強敵が現れた時、それが足枷になると考えたのです。あと、レオの様に俺に力を託すという基地外じみた行動を起こさせない為。総じて言うと彼らの今後の成長の足枷をはずす為です」
「自身を足枷と感じていたからか…。とすると、彼女らやガンバール村が嫌になって離れたというわけではないんだな?」
「もちろんです!ってか、なんで彼らを嫌う理由があるんです?彼らは恩人ですよ。それを嫌うなんておかしな話じゃないですか」
「すまん、すまん。そうだったな。君はそういう奴だ」
何か満足したように話を切りあげたトマス。ミーラは会話に入ってこなかったが、相槌や驚く反応はしていたので聞いてはいたようだ。
その夜、久しぶりにガンバール村の夢をみる。夢の中で凡太が目を覚ますと目の前にはレイナが横になってこちらを見ていた。ありえないことだったので夢と確信する。夢ということで好きな事を言ってやろうと思い、レイナに向かって「大好き」と伝えると「私も」と返ってきた。やはり夢だ。レイナほどの美人で賢い人が何の魅力もない自分に好意を持つはずがない。夢は自身の願望の現れ。浅はかな叶わぬ願望を抱いていたことに情けなくなって自然と笑みがこぼれる。夢の中のレイナはそれをみて同じく笑顔になった。
朝。目が覚めるとレイナの姿はなく、夢であったことを再認識した。
次の日の夜もガンバール村の夢をみる。夢の中で目を覚ますと今度はアイが目の前で寝ており、なぜか抱きつかれていた。夢は自身の願望を映し出すという。その願望は野獣が美女に好かれているというありえないものだった。
「ここまでくると末期だな。情けない…」
自身の願望を恥じつつ、夢の中とはいえしたくない行動をさせてしまったアイに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。この場から逃げたいと思うも、しっかりと抱きつかれており、逃げられなかったので、仕方なく諦めて夢の中で寝ることにした。
「この感覚…。前にもどこかで」
若干疑問を残しつつも睡魔には勝てず、眠りに落ちていった。
朝。夢であることを再認識する為に目を開けると目の前にアイがいた。しかもお互い抱き着いたままである。まだ、夢の中かと思いアイに「おはよう」と声をかける。すると、アイが起きて「おはよう」と目をこすりながら返答する。小声で「ばれちゃった」と言ったのはどういうことだろうか。
ふとアイが時計を確認すると突然、
「もう時間じゃない。ほら、さっさと起きて!朝練、間に合わなくなっちゃうよ」
急かされるように着替えて公園へ向かう。向かいながら夢の中でも習慣を全うする自分を少し滑稽に思う。
マリアとレベッカとの朝練が終わり、ミーラとジョウの下へ。
そこにはミーラとジョウが待っているはずだっだが、ミーラの姿はなくなぜかアイがいた。2人が何か会話をしている。
「包帯をとって、いよいよ本領発揮というわけですね」
「まぁそんなところ」
ありえない光景を目の前にして、ベタに自分の頬をつねると痛みがあった。
「アイだよね?何でここに?」
「何でって…気づいたんじゃなかったの?」
「気づく…?」
できる限り関係ありそうな記憶の断片を思い出した上で現状を整理し、1つの結論を出す。
「ミーラがアイだったって事?」
「そう。そんなことより、さっさと準備運動してアップにいこうよ」
「そんなことって…結構凄い事が起こっている気がするんですけど?って、聞いてる!?」
アイは無視を続けながら黙々とアップする。凡太は真意が分からないままモヤモヤしながらも、習慣による自動操縦モードになっている為、こちらも淡々とアップに加わった。
なお、ジョウは相手の魔力を探知して識別するタイプの人間だったので、アイが包帯を取った姿で現れても驚かなかった。
朝練と授業を終え、アイと仕事に向かう。
研究室でトマスにいつも通り挨拶すると、アイが「バレちゃった」と言う。なんのこっちゃと思っていると、トマスが「なら、私も変装する必要はありませんね」と言い出す。すると、トマスの体が急変し、白衣姿のレイナが現れた。
「トマスさんがレイナに……どういうこと?」
「私がトマスに変装していただけのことです」
「”だけのこと”って…。超衝撃展開なんですけど!?」
凡太は朝のアイの変装の件ですでに大ダメージを負ったときに耐性が少しついたのか、なんとか混乱する思考をなだめて現状理解に努める。
2人が変装していた件。おそらく凡太が黙って村を出ていったこともあり、何かしら会いたくない事情があるのではないかと察した上での行動だろう。つまり、こちらに気を遣っての行動だ。そして、世話好き・もの好きの彼女らの優しさは、あの駄目人間が1人で生きていけるわけがないと考えた。だからこそ、変装してまで近くで監視しながら知らないところで助けてくれていたのだろう。自分の行き先情報の出どころは謎だが、今はそんなことどうでもいい。今ある問題は2人に迷惑や苦労をかけた事。そして、それに対し、しっかりと感謝する事が最優先事項である。
理解を終えた凡太が優先事項の処理を開始する。
「2人とも迷惑かけてすまなかった」
「別にいいわよ」「気にしていませんよ」
2人は凡太が急に頭を下げて謝罪しだしたので、一瞬驚くもなんとなく心情が分かったこともあり、すぐに返答する。
「あと、ありがとう。2人のおかげでこっちでも快適に生活することができたよ」
今度は謝礼。これに対しては2人共、意味不明だったようでキョトンとしていた。
「まぁ何がともあれ、また会えて嬉しいよ。改めてよろしくね」
「こちらこそ。あ、これ忘れものです」
レイナの奴隷契約書を渡される。
「まだ持っていたの?処分しやすいように置いてきたのに」
「私にそんな暇はないんです。めんどうな事を残していかないでください。自分ですればいいじゃないですか」
「それもそうだね。でも、レイナの為になる事項しか書いてなかったはずだから、デメリットはないんだよなぁ…。一応とっておくよ」
無造作に机の上へ契約書を置くと、
「とっておくならしっかりと保管してください!何度同じことを言わせるんですか!」
「す、すみません…許してほしいです」
「いいえ、許しません。丁度いい機会なので変装中に我慢していた内容も合わせて怒らせて頂きます」
「勘弁してくれ」ボソッ
「何か言いました?」
「いいえ、何も。ご指導のほどよろしくお願いします」
「よろしい。まず、普段の姿勢の件から――」
怒涛の説教を受け続ける凡太。もはやそこに奴隷の主人という威厳は一つもなかった。
その様子を眺めていたアイが「相変わらずね」と呟いて微笑ましく見守る。
衝撃の出来事がいくつか起きたが、最後はいつも通りの空気に収まったのであった。