第134話 最後に負けるのは…
「おいおい、イキリ散らしておいてその程度か?これだから汗をかけないおぼっちゃまのお守りは疲れるんだよ!もういいから寝てろ」
「うるさいぞ!さっきのは準備運動だってみて分からなかったのか?これだから馬鹿弱者の相手は疲れる。君の方こそ寝ていろよ」
「生憎、目が冴えまくってるんですわー。準備運動と知らずに申し訳ございません。では、準備の成果を見せてもらおうか?」
「弱者が、上から目線で言うな!」
両腕から全力の打ち消し気弾を放つ。イコロイの気持ちは凡太に煽られるごとに変化していった。
イコロイは幼少期から体力・魔力の数値が桁違いに高く、いつも最強だった。その為、自身が本気を出す前に周りの者が諦めてしまうので、本気を出せないでいた。それ以降、本気を出すことはおろか、力を振り絞ることに対し馬鹿馬鹿しさを覚え、気怠く行動する様になった。イコロイが凡太に興味を持ったのは自分と真逆の存在だったからかもしれない。
目の前には自身を確実に滅ぼすであろう特大気弾。それをかき消すことなど不可能に思えたが、今はそんなことどうでもいい。自分の後から勢いよく飛んでくる念動弾は気弾に当たると共に、彼の背中を押すように全力を強要し、打ち消し気弾を放つ力を与えている様だった。しかもその全力強要を促している男は自身を馬鹿呼ばわりするのだ。これでは引くに引けない。と、最初こそ全力強要をイライラしながら受け入れていたものの、徐々に体に高揚感が芽生え始めていた。それは幼少期のイコロイが封印した感情。自身の限界へ挑戦する好奇心である。
封印が解除されたことで打ち消し気弾の威力と量が増していった。未だかつてない自身の能力の底知れぬ向上を実感し、さらに限界点を越えていく。限界点を越えようと全力の先を見据える強者に不可能なことなどほとんどない。そう思わせるように、次第に特大気弾の威力が弱まっていく。
「あとちょっとだ。踏ん張れよ、お馬鹿さん!」
「言われなくてもそのつもりだ。いちいちうるさいんだよ、馬鹿者が!」
全力とは無縁だったイコロイが息をきらして汗をしぶりながら全力を振り絞る。その絞りカスによってとうとう特大気弾が消滅した。
「やった…あの威力の気弾を打ち消した。僕にこれほどの力があったなんて驚きだ」
未だかつてない自身の力の高まりを実感しつつ、全力を出した爽快感により、気分良く笑顔になるイコロイ。不本意ながらその状況をつくりだした男に礼を言おうと振り返ると、その男は力なく地面に突っ伏していた。
「そうか。君は最初からこの為に…」
“全開”による気絶である。
審判が凡太の様子を確認しに寄ってくる。
「この勝負、君の負けだ」イコロイが清々しい顔で呟く。
「勝者、イコロイ!」
審判が勝者を称えるが、その者は勝者の顔をしていなかった。
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観客席にて。
「いやーまさかあれが誘導だったなんて思いもよりませんでした」
「うむ。煽りによって、相手に全力を出させるように仕向けて相手の自滅技を自己処理してもらいつつ、その間に自分の技でシレっと自滅のカウントダウンを開始するだなんて恐れ入ったよ。あの窮地で2つの事を同時進行するなんて、できるのは彼くらいだろうな」
「さすがは師匠!今回の戦いも勉強になりました」
この後、大した面白みもなくトーナメント戦が進み、あっという間に終了した。
終わってみれば、優勝者はランキング1位のアーノルド・バルツ、最弱者はあいつという順当な結果になっていた。
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次の日の夕方。いつものようにジョウと修行しているとイコロイがやって来た。
「こんばんは」
「こんばんは。強者様がこんな弱者の集いになんの用?」
「ちょっと遊び相手がいなくて困っていてね」
「それは不憫だね。残念ながらここにはあんたの遊び相手になる者はいな…って、おい!」
イコロイが、いつの間にか200m前方に高速移動し、昨日みせた特大気弾を放つ。そして自身は凡太とジョウの前に仁王立ちする。
「わぁ、素晴らしい気弾攻撃ですねぇ。弱者に自分の力を見せつけるデモみたいなものですよね?」
イコロイは無反応。確認を続ける。
「あのーそんなところで立っていると死にますよ?もちろんかわしますよね?」
またしても無反応。凡太はここでイコロイのくだらない真意に気づき、“全開”になり、念動連弾を特大気弾に向かって全力で叩きこむ。それに倣う様にジョウも気弾応戦する。
「ちょっと理解が遅かったね。まぁ弱者の及第点ってところかな」
「うるせーよ!めんどくさい事しやがって。一人でやれよ」
「遊びは人数がいた方が面白いじゃないか。馬鹿だとそんなことも分からないのか?」
「知るか。大馬鹿!」
仁王立ちのイコロイが気弾応戦に加わり、3人が気弾の打ち消しに尽力する。17秒間の無酸素全力運動によって気弾は見事に消滅した。2秒後、凡太が気絶しかけたところで、イコロイの体力回復魔法によって無理矢理起こされる。
「ふざけんな!」
「ふぅー。いい汗かいたよ。じゃあね」
「ちょっと待て!勝手に帰んな!」
凡太の怒りのことなどお構いなしに、イコロイが帰っていった。
ジョウは仰向けになって息をきらしていたので、少し休憩してからこの日の修行はこれでお開きとなった。
後日またしてもイコロイが現れ、この遊びを持ち込んできた。どうやら遊び場として本格的に利用するつもりらしい。凡太は無視することもできたが、強者が自滅する姿に同情してか、毎回嫌々ながら遊びに参加していた。
こうして、夕方の修行メニューに“全力出し切り遊び”が追加された。