第133話 馬鹿二人
凡太が急に地面の土を拾って自分の頭上に投げ、それが自身の頭に当たる。口に少し入ったのか「わっぺっぺ」と吐き出す仕草をする。意味不明な行動に観客から「何やってんだ?」と疑問の声が飛ぶ。頭上に投げ上げた土の殺傷能力は皆無だったのでイコロイは当然光線での打ち消しはしなかった。そして彼も観客同様呆れた顔をした。
土が地面に落ちた時小粒の砂利などが混ざっていたので、粉塵が発生。それが風でイコロイの方に飛んでいく。粉塵の煙たさに右手首をパタパタさせて振り払う動作をした…次の瞬間ーーー
イコロイの手首が高速でパタつきだし、ヒュッ!という空気を切り裂く高音と共に半透明三日月形の空気の刃が発生。凡太はイコロイの右手首を強化していたようだ。刃の先はもちろん凡太である。
「油断も隙も無い、というわけか」
イコロイは特に慌てもせず、凡太の方に向かった刃に高速移動して追いつき拳を打ちむ。そして刃を上空に弾き飛ばし消滅させた。
「やるねぇ」
「こんなこと造作もないよ。あと、どうせやるなら…」
イコロイが自身の周りのやや大きい石を魔法により持ち上げ、頭上10mくらいのところまで持っていった。その数300個弱。
「これくらいやんないとね」
言い終えたのと同時に石群を自身に向けて落下させる。しかもその石の速度は落下に魔力を加えている為か速かった。こうして殺傷能力を持った石群が降り注ぐ。
「くそったれ!」
凡太が降り注ぐ小石に向け全力で念動連弾を放つ。イコロイに当たりそうな小石を中心に狙い、軌道をずらすことに成功し、イコロイの自殺を未遂にしてみせた。
振り出し戻ったところで凡太が笑みを浮かべる。
“全開”を使用してから18秒が経過し、自身の負けが残り2秒で決定するからだ。
2、1、0。
凡太の目の前は真っ白になる。
…はずだったが、目の前は依然として闘技場の空間が拡がっていた。後ろに気配を感じたので振り返ると、イコロイがちょうど真後ろで凡太の肩に手を置いていた。どうやら自身の体力を供給しているようだ。体力が一定値以上を維持できている為、気絶は阻止された。反動で精神的疲労感が増し、体がタバタ式をやった後の様に怠く、力が入りづらい状態になる。“全開”状態を続けるのは不利になると判断し、すぐに解いた。その様子をみてイコロイが口を開く。
「もうやめちゃうのかい?君の体力程度ならいくらでも賄えるよ」
「そいつは失敬。強者様にいつまでも甘えてられないと思ってね。素敵な延命処置をありがとう」
「どういたしまして」
どちらも皮肉たっぷりの笑顔で応対する。
早期敗北の経路が断たれ、八方塞になる凡太。窮地だが、いつものことである。すぐに頭を切り替え、得意の煽りが始まる。
「イコロイってさー。とんでもなく強いよね。こっちがどんな頑張ってもすべて無意味にされる感じだよ。大したもんだ」
若干褒めるような煽りに対し、無関心を決め込むイコロイの体がわずかながらピクッと反応する。
(この路線で合っているって事かな。なら、続けよう)
「もう何やっても無駄だな。降参でーす。もう好きにやっちゃってください」
あからさまに怒りで震え出すイコロイ。
(しめた!あともう一押し)
「さっさと自滅しろよ。ほら、もう妨害しないからさー。最強なんだから自分の思い通りにやってさっさと終わらせなよ」
「黙れ…」
「何だって?最強さん」
「黙れ!弱者が!」
「ヒッ!」(禁止ワードは把握した)
「戦う気力を失った君に用はない。とっとと消えろ!」
特大の気弾を自身の前に発生させ、凡太に向かって放つ。気弾の速さが威力に転換されたからかは分からないが遅い。とにかく、自滅という小さな快感より、怒りの対象者を抹殺する大きな快感を選択したようだ。自滅煽りに失敗して殺されかけている凡太の顔は恐怖に引きつるところか、満面の笑顔で引きつっていた。ちなみに両足がつっており、丁度動けない状態である。
(よっしゃ!逆煽り成功!)
この男の自滅スタイルは試合当初から一貫していた。それにより掴んだ結果である。
「後は任せたぞ、ジョウよ」
試合映像は記録され、ライブラリーセンターに保管されるので、ジョウが見直して分かりやすいようにわざと口をはっきりと開いて聞き取りやすい様に最後の台詞を吐いた。「もう思い残すことはない」と思い、目を閉じたその時、イコロイが凡太の目の前に高速移動してくる。
「なーんちゃって」
「なっ…」予想外の展開に言葉を失う凡太。
「君のくだらない考えなんてお見通しさ。なんたって僕は強者だからね」
それを言い終えると気弾に向かって強化魔法を唱える。
「これで僕をいくら強化しようが無駄になった。喜べ。君はこの僕に勝利するのだよ」
イコロイの言う様に凡太の勝利は確定しているが、その表情は悔しさでいっぱいだった。その顔をみてイコロイが満足する。そして、目の前の気弾をみて少しだけ後悔する。
(この気弾をくらったら即死だろうね。こんなくだらない戦いで命を落とすなんて、本当にくだらない存在だったのは僕の方か)
強化魔法を使い過ぎたのか、立っていられなくなりその場に座り込むイコロイ。諦めて死を受け入れたかのように。
突然イコロイの後ろから大量の小さい気弾が飛んでくる。
その勢いはまるでイコロイの諦めを払拭するかの如く。
イコロイが後ろを振り返ると、諦めとはほぼ無縁状態の男が念動連弾を全力で特大気弾に向かって放っていた。
「よせ。無駄だよ」
力を込めて作り出した気弾の強さは自身が一番知っている。凡太の全力念動連弾ごときで消滅できないことはすぐに分かった。それ故の忠告である。
「別に無駄でもいいんですけど?こっちは自分の為にやっているだけだっつーの」
「自分の為?意味が分からない」
「いや、分かれよ。やり残したことがあったら後悔するだろ?それが嫌なだけだよ。だから、そうならないように必死で足掻くんだよ」
「足掻くなんて馬鹿馬鹿しいことよくできるね。だから君は馬鹿なのか」
「その通りだよ!ってか、俺を馬鹿にしてもいいけど足掻く事を馬鹿にしてんじゃねーよ」
「馬鹿にして何が悪い?」
「あーもう!我慢しとこうと思ったけど限界だわ!俺はお前みたいにやる前から諦めて全力の“ぜ”の字も出さないで余裕ぶっている奴が大嫌いなんだよ!まだ十分足掻けるのに足掻かないなんて勿体ないことこの上ない。だから、お前は俺以上に馬鹿だ!あの世でその馬鹿さをずっと後悔しながら過ごしやがれ」
興奮していたイコロイが急に大人しくなる。本格的に落ち込んだのかと思いきや…
「誰が、馬鹿だ…」
「あ?何だって?」
「誰が馬鹿だと言っている!」
「お前だよ。足掻けるのに足掻けないお利口馬鹿さん」
「君は僕がまだ足掻けるといったな。だったら見せてやる。僕の本気を!それをみてせいぜい悔いるがいい。僕を馬鹿呼ばわり事をね」
「あっそう。期待しているぜ。お馬鹿さん!」
「馬鹿っていうな!弱者が!」
強力な特大気弾に向かって無謀にも足掻くことを決めた馬鹿2人。
もちろん2人は勝算があってこのような行動をしているわけではない。
なぜかって?
それは2人が馬鹿だからだ。