第132話 世界一くだらない試合
闘技場にて、凡太とイコロイが対峙する。
「どうしてここにいるんだ?」
「この辺を散策していたら丁度君を見かけてね。それで学生として君に近づこうとしたわけさ」
学園へは実力があれば誰でも入学できるようになっている。例えそれが人類の敵になる者だとしても。
「それにしても、あの時と違って随分と落ち着いているね。感心したよ」
「ちょっとした保険があるからな」
そう言うと観客席のジョウの方へ向けて右拳を突き出す。ジョウもそれに応えるように拳を出す。
「なるほど。彼が候補ってわけか。でも、いいのかい?厄介な相手を放っておくほど、僕はお人好しじゃないよ」そう言ってジョウを見る。
「あなたはお人好しだよ。まだ面白くない相手を殺すなんてつまらない真似はしないだろう?それにその気になれば、俺もあの子も瞬殺しているはずだ。違うか?」
「バレてた?」悪戯っぽく笑うイコロイ。
圧倒的強さを持つが故の圧倒的な余裕の態度に凡太が少しイラつく。自身の嫌いなタイプだからだ。
「ところで、どうして敗者復活戦なんかに出ているんだ?あなたの実力なら余裕で優勝できるでしょうが」
「そんなくだらないことより、君と戦う方が面白いと思ってね。ほら、君って面白い戦い方しているし」
(優勝するのが“くだらない”か。さすがだよ)
「俺にはその戦い方しかできないからな。滑稽だろ?」
「そんなことないよ。立派さ」
ケタケタと笑いながらのフォローには、何の尊敬の念も感じられず、反対に小馬鹿感がたっぷりこもっていた。
静かな口喧嘩が勃発する中、審判の開始の合図により、試合が開始する。
開始早々、凡太がイコロイの関節に念動弾を放つが、かわされる。
予想通りだ。
凡太のこれまでの戦いを見ていれば、それが瞬殺コースのスタートラインになっている事には嫌でも気づく。だが、瞬殺コースのスタートは2か所ある。相手の関節と審判の関節だ。かわされた念動弾が審判の右肩付近の関節にあたり、振り上げられた腕から衝撃波が発生して凡太に向かう。念動弾を放った後すぐに審判に強化魔法をかけていたからだ。
2段構えの自滅攻撃が成功し、後は敗北を待つだけとなった。
いつもなら安堵しきっているところだが、今回は違和感によってそれが阻害される。
(俺を殺しに来ないとなれば、長期戦が狙いか?俺との戦いを楽しみたいから、とか)
その予想が当たり、審判の衝撃波がイコロイが放った衝撃波によって相殺される。
(やはりな。ん?何をするつもりだ)
イコロイが背中に背負っていた片手剣を右手で握り、剣を強化し始める。結構な量の強化がなされているからか、剣からは禍々しいものを感じた。それを振りかぶる。
(投げてくる気か?それとも高速移動で切りつけてくるとか?どれも今一確証が持てない。奴の狙いは何なんだ?)
悩む凡太。その姿を見てイコロイが笑みを浮かべる。
「まさか…!」
そう思った瞬間、イコロイが自身の首元めがけて剣を勢いよく突く。
剣は首に突き刺さることなくポキッと剣先が折れ、地面に落ちていく。
「あの野郎、いきなりなんてことしやがる!」
強化魔法の構えをした凡太が苦笑いしながら息を切らせて言う。イコロイの狙いに気づいた瞬間、イコロイの喉元に一点集中で強化魔法をかけた。しかもイコロイとの実力差を想定した体魔変換・全開による全力の強化。とにかくイコロイの狙いである自滅は阻止した。
突然、イコロイの右足が上がる。どさくさに紛れて凡太の念動弾が右足に当たったからだ。その上がった足先に“たまたま”先程折れた剣先が落ちてきて蹴り出される。剣先は先程イコロイが強化した分の攻撃力がのっている。そこへ蹴りが“偶然”にもクリティカルヒットしたようで、もの凄い速さで凡太の方へ飛んでいった。
「そっちがそう来ようとも、ここは俺の土俵だ。負け目はないぜ?」
凡太が決め台詞を言って勝利の笑みを浮かべる。負け確定かと思いきや、イコロイが凡太と剣先の直線上に高速移動する。これにより、剣先の最初の標的はイコロイに交代。
「負け目がないって何のこと?」
勝ち誇った顔をするイコロイ。しかし、凡太も同様の顔をしていた。
「こういうことだ」
イコロイの膝が急に崩れ、体勢が低くなったことで剣先を回避した。こうなることを予想し、念動弾を膝に向けて放っていたようだ。
これで剣先の標的は再び凡太に。しかもその距離2mで心臓めがけてまっすぐ飛んでいる。当たれば即死だ。
「ご苦労さん。強者如きが弱者の最低な運命を変えられると思うなよ」
「変えられるさ」
「なにっ!?」
右人差し指から赤いレーザー光線のようなものを放ち剣先が一瞬にして溶解した。
「ごめんね。強者如きがでしゃばっちゃって。でも、しょうがないじゃないか。強いんだから」
皮肉笑いをするイコロイ。
「この野郎」苦笑いする凡太。
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一方、観客席では学園長とジョウが観戦しながら話していた。ちなみにドンは勝ち進んでおり、トーナメント戦の表舞台で頑張っている。
「こんな試合、みたことない。互いが互いの攻撃を回避させたり、打ち消すなんて」
「普通、試合は勝つことが目的だからね。前例がなくて当然だよ。それにしても、タイラ君以外に負けに重点を置く人物がいたとは。それに彼もまた分析しがいのある力を持っているではないか。これは今後の試合展開が楽しみだ」
「そうですね。師匠、是非とも勝利…あっ、是非とも敗北を!」
こうして前例のない世界一くだらない試合“自滅合戦”が始まったのであった。