第130話 朝練はだるくて当たり前
朝5時、公園。
凡太、レベッカ、マリアが怠そうな顔をしながら集合し、動的ストレッチをしてジョグ(マリアに合わせ今回は3㎞)を開始する。
余談。人間は寝起き前にコルチゾールが分泌されることで血圧上昇した後、起床している。何の準備運動もなく無理矢理動かされているので朝だるいのは当然の事。もし寝起きで爽やかな顔をしていたり、目がギンギンでやる気に満ち溢れた顔をしている人がいたら、おそらく人間じゃないのでご注意を。
寝起きのだるさからいち早く開放される方法として、ややきつい運動が最適である。血液循環を活発にすることで、上がった血圧を正常に戻すからだ。
運動することはだるいが、しなかったらだるさを感じる時間が延びるのでもっとだるい。このめんどくさい構造にいち早く気付いた人は、毎朝運動を続けていることだろう。それが5年10年となれば凄い事だが、彼らに「凄いですね」と言っても「そんなことはない」と返してくると思う。なぜなら、だるさを感じたくないから仕方なくやっているだけに過ぎず、続けたいと思って続けているわけではないからだ。案外良い習慣を10年継続している人は意志が強いとかではなく、“やらなかったらもっとだるいから“という妥協精神によって気づいたら続けていたというタイプが多いのかもしれない。
ジョグ開始10分経過。徐々にペースを上げていく凡太とレベッカに息を乱したマリアがくらいつく。運動習慣がなかったので当然の状態。むしろ、早歩きだけでもきついはずなのにジョグに着いてきているので、大した根性である。汗が体中から吹き出し、体温が急上昇している様子が窺えた。
(これは…。伸びる素質だらけじゃないか!素晴らしい!)
ゆっくり走っているだけなのに、ゼーハー言っている人をみたら、「情けないなぁ」とか「体力なさすぎ」などと見下した印象を持つものだが、凡太のように毎日トレーニングをしている人であれば、必然的にこの反応になる。呼吸が荒く、多汗状態になるのは、高心拍数状態でしっかり追い込んだ運動ができている証拠。きつい状態の維持は例えそれが5分か10分程度でも死ぬほど辛いという事を知っているからだ。逆にこの状態になっていないなら、運動効果が薄い。アップ目的の運動メニューでなければ、絶賛追い込み失敗中なので、強度の見直しが必要だ。
走行速度という結果は継続していれば勝手に上がって来るが、この堪える精神は勝手に上がらず、その人の本質頼りの力となる。故にマリアの頑張りに対する凡太の評価は、過大ではなく、通常なのだ。
残り300m。もはや早歩きと歩きの中間くらいの速度だったが、3人の並歩は続いていた。マリアは呼吸機能が壊れたかのような最大追い込みを魅せる。それを、目に涙を浮かべながらニヤニヤと見守る凡太に対し、レベッカが「超キモイ」と言いながら微笑。そのまま3人は完走した。マリアが倒れる様にその場に座り込む。息が整うのを待つがてら、軽くマッサージをする凡太。数分してマリアが立ち上がる。
「筋肉が大分張ってますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、歩く分には問題ないです」
そう言っているものの苦痛の表情。
「仕事に支障がでそうですね。何か無理言って誘ってしまってすみませんでした」
「いえ、お気になさらず。私がやりたいと思って参加させてもらったことですから」
「いや、一応主催者責任というものがあって、参加者の不具合は全て俺の責任――」
「お母さんは私がしっかり仕事場まで届けるから!また明日ね」
長くなりそうだと思い、いち早く会話の切断に成功したレベッカがマリアを支えながら歩いて公園を後にした。
~~~
続いてミーラとジョウとの朝練開始だ。
ジョウとミーラは初対面だったので軽く挨拶と自己紹介をしてから、アップで20分ほどビルド式ジョグを行う。ジョウはドスドスと鉄下駄で地面をならしながら、ミーラは顔も包帯で覆う呼吸困難状態のまま走行する。この姿によって、凡太が何の負荷もつけていないことに罪悪感を覚えたことは言うまでもない。
最後の1㎞はペースを限界まで上げていく為に集中モードになるのだが、ジョウのピッチが増したドスドス走りの迫力に集中を削がれる。それでも最低限心拍数をあげることに成功し、アップを終える。
この後、高速移動の動作確認や強化魔法の精度チェックを行った後、タバタ式をやる。ジョウはタバタ式が初めてだったが、普段からこれに近いインターバル練習をしているからか趣旨をよく理解しているようで、いきなり85%以上の強度でできていた。ミーラは呼吸困難状態の補助もあり、余裕の85%越え。
朝練はこれにて終了。凡太が解散を伝えた後、ジョウを呼び止める。
「右膝、大丈夫?」
「これくらい何ともありませんよ」
「そういうのが一番危ないんだって。この後、腰まで水かさがある川かプールで30分間は歩く事。絶対やるんだぞ。もちろん鉄下駄と重りはとってやりなよ」
「分かりました…」
師匠の命令に渋々従うジョウ。今から1時間後に授業が開始される為、授業時間にはギリギリ間に合うように配慮されていた。ジョウは急いでこの場を後にした。
ジョウはトレーニング中、いつもより若干左足に重心を偏らせていた。まるで少し右足を庇う様に。凡太は他人に強化魔法をかける上でどこにかけるのが適切かつねに考えておかなければならなったので、他人の動作を観察することが癖になっていた。ジョウとの修行を重ねることで彼の通常時の状態が頭にインプットされていたので、今回はその状態から逸れたために警告した。
「…よく気づいたね」
「いや、誰でも気づくでしょ」
「…気づかないよ。水の中を歩いてもらうのは何の為?」
「膝で炎症を起こしている可能性があるから、水冷による炎症の鎮静化が目的。水中歩きなのは膝に自重の負荷を抑えつつ、膝関節の血流をよくして自然治癒しやすくするためだよ。まぁ効果は薄いけどやらないよりはマシなんだ」
「…そうなんだ。さすがは師匠、弟子に優しいね」
「そうか?師匠なら弟子の怪我に注意するのは当然だと思うけど。というか、ジョウ君は今伸び盛りだから、こんなところで怪我してほしくないんだよ。この前なんか…」
そう言って、最近のジョウの成長ぶりを嬉しそうに話す凡太と相槌するミーラ。寮に向かいながら歩く中でミーラがボソッと呟く。
「…そういうところ」
「何だって?」
「…何でもない。続きを聞かせてくれ」
「おうよ!」
こうして、帰宅中も登校中も凡太の身内自慢話は続くのであった。