第13話 本当の勝者
決戦の場。凡太とノーキンの2人が揃った。
「いやーお持たせして済まない。別れの挨拶はもういいのかな」
「どうも最近痴呆がひどくて、別れの挨拶を忘れてしまったんですわ。だから“逝ってくる”としか伝えてませんよ」
「ほぉそれでは私の一撃でその痴呆を治療してやろう」
(カッコつけ台詞を装った死ぬ死ぬギャグが通じていない。やはり本気だ、この人)
ノーキンが以前の身体能力測定の時にみたアンとは比べものにならない腰の捻りを加え、大きく振りかぶる形になった。それと同時に周りの空気がやたら重く、ノーキンから見えない熱が発せられているような雰囲気もあった。おそらく肉体強化魔法もかけていることだろう。間違いなく全力の一撃が来る雰囲気だ。1秒が1分、1時間に感じる緊迫感の中、ノーキンの一撃が音を切って放たれる。凡太の腹にめがけて。
走馬灯。
ノーキンの一撃が早すぎて見えるはずもなかったが、凡太の脳が死をそれよりも早く連想させたため見ることが叶った。
(これは即死級。絶対死んだわ。今までこんな俺に優しくしてくれた皆ありがとう。神様、多分またそっちいくね。迷惑かかるから今度は魂と記憶すべて消滅で良いですよ。俺は優しく良い人間ではない。本当は面倒に巻き込まれるのが嫌、だが放っておいて悪い結果になるのを待っているのはもっと嫌。だから面倒な気持ちをそのままに妥協してあの事故も動いたにすぎない。だから正義感などない。自分が“気持ちよくない”からそうならない為にやったこと。だから自己満妥協のクズなのだ。今回も結局、最初から最後まで他力本願だ)
言いたいことを済ませたからなのか。走馬灯が終わる。そして死がやって来―――
来ない!
(あれ?なんで死んでないの。どういうこと?でも腹超痛い。痛さで気絶しそうだ)
痛がるボンタをよそにノーキンが口を開いた。
「どうやら、あなたに特別な何かがあるのは確かなようですね」
ノーキンが凡太の後ろをみながら言う。慌てて振り替えると、仲間5人が凡太に向けて両手の掌をむけている。どうやら肉体強化魔法を使ってくれたようだ。しかも息をきらしていることから、全力で使ってくれたことが分かった。
(何で助けたの?反則とか言われたらヤバくなるのあなた方ですよ。ここで無価値の俺が死んどけば、村の戦力落とすことなく、かつ誰も悲しまずに、このあと自然な流れで敗戦後交渉し、敵本拠地に潜り込みやすくなり、偵察作戦もスムーズに進行し、有力証拠を集めて、さぁ反撃開始だ。めでたしめでたしとなるはずだったのに。何を血迷ったらその行動になるの?あーもう全てパーじゃん。とにかく、全員八裂きにされて終わりだ)
仲間に悪い意味で助けられた凡太が絶望の淵にいる中、あの大男が希望の言葉を投げかける。
「この勝負あなたの勝ちです」
(は?何言ってんの?反則負けでしょどうみても。…あ、もしかしてそういうことか。信じるぞ、漢ノーキン!)
5分5分の鎌かけにでる凡太。
「あなたは弱者が嫌いで、ましてやその弱者の助力など、足手まといにしかならないと思っていた」
小さく頷くノーキン。
(よかった~当たった…)
安堵しつつ、話を続ける。
「ところが、この状況はどうだ?この勝負の勝敗を決めたのは、間違いなくあれではないかな?」
そう言って、仲間の方を指さす凡太。
「今回は“俺”のではなく、“彼ら”の勝利だ。俺一人じゃ即死だったし、見ての通り俺は何もしていない」
そう言ってスキルボードを指差すと上位スキルの隠蔽魔法の効果がきれ、”待ち時間100万年”が顕わになっていた。
(この男、本当に無能だったのか。これはしてやられたな)
フッと笑うノーキン。結果は敗北したが、気持ちの方は全力を出し切ったあとなのですっきりと晴れていた。
「他人の助力もまんざらつまらなくないということですか」
そう言うと後ろの4人の下に帰っていった。そしてそれを見届けるように凡太は気絶した。
いくら、肉体強化がされていたとは言え、基は無能である。一発を入れられた腹のダメージは相当なもので、既に限界だったのだ。
「私は見ての通り敗北しました。よって約束通りこの村から撤退します。」
「いや、あれはどう見ても反則だろ!一対一の真剣勝負に他人の力を使うなど、許されるわけがない」
怒るアーク、当然の反応だ。
「私は“本気の一発で死ななかったら”と言ったんです。助けるなとは一言も言っていません」
漢ノーキンの言葉が終わるやいなや、すかさずムサシマルが畳みかける。
「ノーキンの言う通りです、ここは約束通り一旦ひいてはどうでしょう。こんな村など、いつでも落とせますし」
「ぐぐぐ…好きにしろ!」
こうしてサムウライ側5名とその後ろに控えていた精鋭軍団は撤退していった。
ムサシマルがバンガル達に向かって小さく礼をした。
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軍団が引いていくのをみてドカッと腰を下ろすバンガル達。
「ゲールにしては珍しく必死だったじゃないか」
「やつに死なれては俺が逃げられなくなるしな、仕方なくだ」
「あの小僧無茶しよるわい。あんな姿みせられたらこちらも無茶せんといけんくなるじゃろうが」
はぁはぁと息を切らして言う一同。
「私たちが助けると本気で信じていたとでも言うの?そんな確証も信頼もどこにもないのに?」
「人に信じてもらうにはまず自分からって言うしな。あいつはそれをさっきやって見せたんだ。自分の命をかけてな。それにあいつ最後に“後は頼む”って言ってただろ。それは俺達に助力を求めるあいつなりの伝言だと思ってな。あまりにも回りくどいから、気づいたのは俺だけかもって焦ってて。皆に伝える時間もなかったからせめて俺一人でもって必死で強化魔法使ったなぁ」
「ワシも」「僕も」「私も」「…」
一同納得。確かに無能の男が戦闘で頼むとなれば助力の他ないだろう。ではどうしてこんな回りくどい伝え方をしたのか。新たな疑問が発生する。その疑問をいち早く理解したレオが答える。
「助けを求めて僕たちが強化魔法を使用すると確定していた場合、果たして本気で強化魔法を使おうとしたでしょうか?」
「どういうことじゃ?」
「どうせあの人が強化魔法を使うんだったら自分の魔法なんて大したことないと、卑屈になって諦めた状態で全力じゃない魔法を使ったり」
そう言ってアイの方を見るレオ。アイは小さく反省した。
「他の人がやるんだったら、一人手を抜いていてもばれない、と思う人がいてもおかしくないはずです」
そう言ってスグニを見るレオ。知らん顔だ。
「つまり、僕達一人一人に全力を出させるために取った彼の策だったのです」
おおー!と驚き感心する4人。
「じゃが、全力のわしらの力がノーキンに及ばないこともあるじゃろ?そうなれば、やはり小僧は無駄死――」
「強大な敵は一致団結しないと倒せない。一人で戦って負けるものも二人なら勝てたりします。だから団結力さえあれば確実に勝率があがります。たとえ彼が死んだとしても、これさえあれば、あがき続けられる可能性が高くなっているので、逆転・反撃の機会をいくらでも作り出せます。彼は命がけでそれを教えてくれたのではないでしょうか」
一同は思った。たった1週間の付き合いだったが、彼が自分達以上に仲間のことを思い、信頼し、そんな我々を良い方向に導くことで成長させてくれていたことに心から感謝した。そして思う。彼を無能だと馬鹿にしていたかつての自分たちはなんて愚かだったんだと。そして決心した。今度機会があれば、絶対に彼に報いようと。
バンガルが他の村人達へ戦結果を伝えるようにアン、レオ、アイに頼んで村に戻ってもらった。
バンガルとスグニは戦場に残り、雑談していた。
「しかし、改めて驚いたというか、さすがだと思ったね。」
「うむ。それと誰かが情報をもらしてしまう危険性を考慮し、俺達に何も言わなかった判断も見事だ。警戒されるとすれば能力が高い俺達5人だ。斬空波対策や剣無力化策がばれれば敗北確実になっていた。おそらく俺達を囮にすることでそれらをうまく隠したのだろう」
「確かにそう考えてみるとそうだわーすげぇなぁ…あいつは俺達に助けられることも読んでたし、ノーキンのその後の対応と返答内容まで読んでたってことだろ?今回のこの結果に至るものすべてがあいつの筋書き通りだったりしてな」
「筋書き通りと言えば、奴が来て3日目の夜、奴が自分のテントで何やらギャーギャーわめいていたので聞き耳を立てていたんだ。そしたら“最後はノーキンでお仕舞いだよ”と言っていた。この時から奴の頭の中ではここまでのシナリオが完成していたのかもしれない」
(言われてみれば、この戦はノーキンの撤退宣言で仕舞っている!)
「待てよ…そうすると俺達はあいつのその筋書き通りに踊らされていたとでもいうのか?」
「そうかもしれん。しかも隠蔽魔法並に気づかれないようにひっそりと、確実にな…」
「ひぇー、ここまで凄いと俺の立場が危ういな。負けないようにしないと。ったくほんとに無能なのかねぇこの転移者様は」
バンガルは、そう言って気絶した凡太を負ぶって村に戻る。
こうして戦は、サムウライ村は負傷者ゼロ、
ガンバール村は負傷者凡太のみで1名、
という異例の結果で幕を閉じた。
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神役所。例の上司と部下コンビは事務作業中だ。
「今週の死者は?」
「1374人です。先週より61人増えました」
「そうか。ここ1ヶ月は週平均が1371人…先月と比べると増加傾向にあるな」
「やはり、スキルサービスがなくなってから死者が急増しましたね」
「そうだな。まぁ現世も異世界も厳しいってことだ。所詮、人間は補正や強いスキルがなければこの程度ということだろう」
(やはり神の強力な助力がないと何もできないということか。とんだ神頼み生物だな)
「そんな中、彼は一週間生き延びましたね、今は気絶してますけど」
クスッと思わず笑う部下。
「そうでなくては初日に助けてやった苦労が報われんよ」
「苦労って…仏像光らせてぼやいただけでしょ」
ボソッと呟いた部下の言葉は上司にしっかりと届いていた。その上司にぶつぞぉポーズをされ思わず身構える。
「しかし、能力のない能力を能力のある能力に変えたのは見事だった」
凡太が待ち時間を隠蔽し囮に使った件を言っている。
「そうですね。何も考えてないように見えて、やるところではしっかり考えてくるんですよね、彼。本当に無能なんでしょうか」
「無能だよ。確認したろ?」
そう言って凡太の身体能力、魔力などの個人情報が書かれた書類をヒラヒラさせる。
「…無能じゃないとするなら、戦終盤のあの行動が気になるな」
「私もです。ノーキンはうまいこと助力本能とまとめてましたけど、結局なんだったんでしょうね」
「分からん。だが似たようなことがあの男の事故前にも起こっている。どうしようもなく気持ちが追い込まれるような極限状態の時にあのような行動が起きるのかも知れんな」
「その状態の時って、脳の思考回路は絶賛大混乱中でまともじゃないですよね。だから、脳が処理しやすいものとして、普段習慣化されているようなことを行動として薦めてくるのではないでしょうか」
「つまり、彼は助力が習慣化されているから無意識下や極限状態でもその行動をとれたということか。興味深いな。暇があれば彼の過去を調べてみるか」
チーン
ベルに呼び出されホールに行くと、いつもの忙しい光景が広がっていた。
「先輩!団体さんのご到着です!」
「暇ができるのはいつになることやら…」
こうして、すっかり習慣化された神役所の1日がはじまった。