第126話 底辺と最底辺の戦い
「はじめ!」
試合開始早々、ジョウが凡太の前へ高速移動し、ノッケンを凡太の腹に打ち込む動作をする。
それを見てドンが、
「完全に入った。やっぱり、瞬殺は避けられなかったか」
勝敗結果が確定し、残念な気持ちで目を瞑った。すぐに聞こえてくるであろう壁にぶつかる衝突音に耳を澄ませる。
が、いつまでたっても聞こえてこない。ドンが恐る恐る目を開けると凡太が苦しい顔をしながら念動弾を打ち終えた姿勢のまま立っていた。そして、次のノッケンも腹に命中するが、これも同じく当たりはするものの吹っ飛びはしない。
「強化魔法をジョウにかけていない。ということは、瞬殺が目的ではないのか?だとすると、スライム戦の様に持久戦狙いか?いや、それなら回避技術の高い彼がかわすことのできるノッケンをくらっているのはおかしい。一体何が目的なんだ?」
頭を抱えるドンを見て、学園長が少しニヤつく。
会場には頭を抱えそうになっていた人物がもう一人いた。
ジョウである。
「何でこの人、俺のノッケンをわざわざ当たりにきているんだ?それに気弾のような攻撃を使ってくるけどすべて急所以外のどうでもいい箇所を狙っているのはどういうわけだ?」
他の対戦者の様にノッケンをかわしたり、強化魔法を部分的にかけて防御したりといった動作のないことと、念動弾の誤射に戸惑っていた。ジョウも凡太の戦闘目的が理解できずに苦しむ。が、試合中ということで、自身の十八番技の打ち込みに集中する。
こうしてさらに3、4発のノッケンが腹に命中する。
(今日は調子がいいぞ。何だか体重がうまく拳に乗せられている気がする)
ジョウの調子が良いこととは反対に、腹にノッケンをくらうたびに苦痛増し増しの顔になる凡太。外見上の調子は悪そうだ。しかし、内面の調子は違った。
(よし。少しずつだがタイミングのずれが修正できている)
凡太は試合開始早々、体魔変換“開”を使用してノッケンの引き動作をしている時に念動連弾を両膝・右肩・右肘・腰の関節に放つことで、フォームを矯正させたのだ。その結果を表すかのように凡太の腹の痛さは増していった。ちなみに、各関節へ的確に照準を合わせるのはかなりの集中力を使う為、回避動作は不可となる。
(試作品の防護下着をつけておいて正解だった。着けていてこの痛さだから、着けてなかったら今頃腹に穴が開いていたかも)
凡太はジョウの高い身体能力を知っていた為、フォームが改善されれば威力が何十倍にもなることを想定していた。1回で矯正できる自信はなかったので、なるべく多くのノッケンをうたせて、自身は耐える必要があった。そこで思いついたのが、魔法研究所で試作段階の魔力を込めれば誰でも防御力をあげられる防御下着を装着して試合に出場する事だった。
基本防具を身に着けることは反則で即退場となる。出場しているのはどういうことだろうか?
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試合開始1時間前。待合室にて。
防護下着を着た凡太が審判に抗議していた。
「試合は私の負けでいいです。ですので、どうかこれで出場させてください。どうしても彼に強くなってほしいのです。お願いします!」
「君の気持ちは分かるが、規則だからね。すぐに『分かった』とは言えないんだよ」
土下座して懇願する凡太に申し訳なさそうに審判が言う。凡太が諦めずにそのまま5分ほど粘っていると、後ろから学園長がやって来て、
「いいじゃない。やらせてごらんよ。どうせ彼の事だ、何があっても勝敗結果は変わらないだろうし、進行上問題はあるまい」
「学園長がそう言うなら…。了解、認めましょう」
「ありがとうございます!」
こうして、不正行為は認可された。
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(試合中に対戦相手の技の矯正をするだなんて、相手に強化魔法をかけることに続き、面白い事をやってくれるじゃないか)
ジョウのノッケンの威力が増しているところをみて、学園長の先程まで弱状態だったニヤつきが強状態に切り替わる。隣では未だにドンが頭を抱えていた。凡太の不正行為を知る学園長と審判以外の観戦者はもれなく混乱状態になっていた。
矯正は順調に進んでいたが、それ故の事象が起こる。
(なんて重さだ…。次の矯正で精度が上がったら立っていられる気がしない。てか、今の段階で限界!激痛で頭がおかしくなりそうだ)
矯正を続け、今や風を切る音がより高音になったノッケンをくらい、歯を食いしばって必死で立つ凡太。膝がガクガクと笑い始めていた。
その様子をみていた学園長、審判が「次で終わりかな」と心の中で諦める様に呟いたその時。凡太が急に念動連弾を地面に放ち、砂埃をまき散らす、そして連弾をジョウに向かって浴びせる。突然の攻撃に驚くが、咄嗟に防御姿勢をとり、そして考える。
(きっと、今まで防戦というかわざと攻撃を受けていたのは俺の攻撃を分析する為。今はその分析が終わって勝算が立ったから攻撃をしかけてきたんだ。気を付けないと!)
考察結果により、防御態勢をより一層強固にする為、自身に強化魔法をさらにかける。
20秒ほどで猛攻が終了し、砂埃が晴れてお互いの姿がみえてきた。
ジョウは防御の甲斐があって無傷だったが、驚く。
凡太が自分の剣をいつの間にか盗んでいたからだ。
(剣術を使うのか?どうせそれは防御用だったし、なくなったとなれば攻撃しかない)
新たな戦術を使うことと防御手段を取られたことで、これ以上防御態勢を取り続けると返って不利になると考え、攻撃に転じる事を決意する。もちろん十八番での攻撃だ。
一方、観客席では、
「彼が剣術を使うのは初めてじゃないですか?」
「ああ。だが、今までの彼の戦い方的にどうも剣を攻撃手段に使うとは思えん。防御手段にでも使うのかと考えたが、ジョウ君のノッケンの威力なら剣なんぞ簡単に破壊するはずだ」
「剣を強化するとか?」
「それなら回避した方が効率的じゃないかね」
「では、一体何のために?」
「うーむ…」
悩む二人のことなどお構いなしに、ノッケンが猛威を振るおうとしていた。2人が追い求める答えを乗せて。