第123話 最高の苦笑い
凡太の念動連弾によってアクアニードルが消滅。
「やりましたね」
「ああ。普通なら驚くところだけど、彼はこの試合に何度も予想外の事を起こしているから、やっても不思議じゃないと思って驚けなかったよ」
「俺もです」
学園長とドンは予想通りといった反応を示す。凡太の規格外行動に目が肥えたようだ。
「ここまできたら彼にはスライムを倒してほしいものだ」
「大丈夫でしょう。そもそも倒す自信があるから選んだと思いますし」
「そうあってほしいものだ。しかし、最後のあれは厄介だぞ」
「残り魔力が5%以下になって追い詰められたときにみせる100匹分裂ですね。これによって、今までどれだけの強者がスライムの餌食になってきたか…。小型化して移動速度と攻撃の威力が増すという最悪・最恐の変化。しかもここまで追い込むのに大抵こちらの体力と魔力が削られている状態なので、余力が全くない状態で挑まないといけないんですよね。普通に考えたらこの時点で敗戦濃厚ですよ」
「確かに本当に余力がなければお終いだな」
「それはどういう意味です?」
「言葉の通り、余力があるという意味だよ」
まだ疑問が晴れないドンに学園長がヒントを与える。
「デン君と彼の試合を覚えているかね?」
「ええ。彼がいきなり負けを宣言した試合ですね」
「そう。だけど、注目すべきは結果ではなく、負けるまでに彼がした事だ」
「彼がした事…?まさか、開始早々に一瞬みせたあの凄まじい魔力上昇の事ですか?」
「その通りだ」
「ってことは、学園長もご存じだったのですね?では、見間違いじゃなかったという事か。あまりにも馬鹿げた魔力量だったのでつい見間違いとして記憶の中で封をしていました」
「分からんでもない。ルーキーがいきなり自分達を遥かに超える魔力量をみせれば、誰でも目の前の現実を受け入れるのを拒否したくなるものだ。君はいたって普通だよ。彼が普通じゃなさすぎるだけだ。ましてやほんの一瞬しか見せなかったのだから、見間違いとするには十分な理由だろう」
「そう言って頂けると助かります。それで話を戻しますと、学園長は彼のあの力を買っているという事でしょうか?」
「そうだね。彼が先程アクアニードルを消すために自身の魔力生成量を上げる技を使ったことで確信が持てたよ。用意周到な彼だからこそ、不足な事態が起こった用の非常策を必ず持ち合わせていると思ってね」
「あり得る…。非常策と考えるとあの馬鹿げた魔力量も納得できます。おそらくその魔力上昇が維持できるのは3秒ほど。緊急時の対応用だから、一瞬だけ魔力を劇的に高めるという条件を絞った状態だからこそ可能となるのでしょう。たった3秒でも、彼の得意とする念動弾が打ち放題になり、かなりの数のスライムを消滅させられるのではないでしょうか?いや、学園長のいうように彼が本当に用意周到の人物なら、それも計算しているはず。ということは、やはり勝つ見込みがやっぱりあるってことですよね?」
「そうなってくれるのが理想だけど、スライムも甘くはないだろうし、勝敗は5分とみている」
「ですよね。ですが、そもそも彼がスライムをここまで追い込むことは誰も予想できなかったことです。そんな予想外な事を平気で起こす彼だからこそ、やってくれると信じたい」
「私もだよ」
2人共、いつの間にか凡太に対する驚きが期待へと変化して、ファンの様な反応をするようになっていた。
人は格上の相手を倒す大番狂わせをみるのが好きな人が多い。日常的にそのようなことが起こることは滅多になく、大多数の人が格上の人と何らかの形で戦って、日々劣等感に苛まれている。だからこそ、それを払拭する大番狂わせが起こった時に熱狂したり、感動しやすいのだ。このようなエンターテイメントがこの試験でも丁度起きていたので、熱狂や興奮が2人の心を一時的に支配して、そのような反応をしたのであろう。
期待的な話をしている内にスライムが100匹に分裂する。
「いよい…っていきなり速い!」
小型化したスライムの速さに驚くドン。次のスライム達がお互いを弾き合う乱玉状態を見る頃には絶句していた。それは避ける隙間が全く見当たらない地獄絵図だったからだ。おまけに強烈な威力のある水玉まで飛ばしてくる。
当然、以下の反応をする。
「いくら彼でもこれは無理だ。というか、早く棄権しないと命が危ない」
凡太が大怪我するところ想像して、恐ろしくなって目をつむる。
「いや、案外そうはならないかもよ」
学園長の言葉を聞き、そっと目を開けると自分の予想にしない光景があった。
「ありえない…。なんであの乱戦状態の中、回避を続けられるんだ?えっ?今、スライムを強化しませんでした?なんでそんな不利になることを」
「まぁ見てなって」
「あっ、危ない!」
よけきれなかった水玉3発が凡太を襲うが、背後から飛んできた水玉により破壊される。
「まさか、相手の攻撃を自分の防御手段として利用するだなんて…」
「驚くことがもう一つあるよ」
「彼がこんな時でも自身に強化魔法をつかっていないということでしょ?ええ、分かっていますとも!」
凡太のありえない行動の数々に逆ギレしたような感じになるドン。その姿をみて学園長がちょっぴり笑う。その調子のまま、激しい攻撃とありえない回避を仲良く観戦した。
制限時間残り1分。
2人は凡太の呼吸が荒くなったことに気づいていたが、これも計算の内だとして何も心配していない様子で観戦を続け、凡太の奥の手の発動をワクワクしながら待っている。その発動は残り時間が5秒くらいになってからと推測していた。
しかし、その期待は良い意味で裏切られる。
残り20秒になった段階でその奥の手(全開)が発動したからだ。
「発動が早すぎませんか?」
「彼にとってはこの時間がちょうどということだよ」
「それって…。つまり、彼は20秒間あの状態を維持できるという事ですか?」
「おそらくな」 あまりの衝撃に最高の苦笑いをする学園長。
「なら、勝てるかも…いや、勝てる!」
珍しくフリーズすることなく希望に目を輝かせるドン。
その期待とは裏腹に念動連弾の数は過去一で多くなったものの、スライムにすべてかわされていた。不安になるドン。その不安を消すために必死で応援する。が、念動弾はあたることなく残り5秒となった。ドンが諦めかけた時、学園長が苦笑いしながら一言呟く。
「自分が勝つ為の手段をこの土壇場で用意しようというのか?これほどまでに用意を怠らない人間はみたことがない」
学園長の言葉が理解できなかったが、顔を見上げていたのでドンも上を向く。すると、闘技場上の結界に、所狭しと念動連弾が溜まっており、結界が引きちぎれんばかりに伸び切っていて、弾性力が最大限に溜まっている状態になっていた。
「ははは…。どうりで彼に手も足も出なかったわけだ」
ドンも学園長と同じく、苦笑い状態に。
結界の伸びる力が縮む力に反転。その力がさらに速度へと反転を果たして高速念動連弾がスライム達に降り注ぐ。衝撃的な光景に2人とも言葉を失う。
そして、スライムを1匹残したところで凡太が気絶し、試験は1秒残して終了となった。もう少しであのスライムに勝てたということで、2人ともガッカリしているかと思いきやそうでもなかった。
「あのタイミングで奇襲をしかける準備をするなんて誰が予想できる?やっぱり彼は最高だよ!」
「試験開始の時からスライムは結界の弾力を利用して攻撃していたので、彼はそのときからこの戦術を計画していたのでしょうね。戦場の条件を利用し、自身の力を高めつつ、相手が油断した最も攻撃が効果的に当たる瞬間で攻撃する。圧巻でした」
「ああ。思い出したらまた見たくなってきた。回復魔法をかけて回復したらもう一回やってくれないかな?」
「落ち着いてください。いくら彼でも戦術を練るのに頭をフル回転させて戦っていたので、精神的にかなり疲労しているはずです。おとなしくライブラリーセンターに今回の映像データが追加されるまでまってください」
「ちぇっ」
学園長が興奮のあまり立場を忘れたことで、聞き手兼解説役が入れ替わりはしたもののうまくハマったようだ。
こうして、この試験結果はドンや観戦に来ていた特待生の中で話題になって今回の映像データの観覧数が爆上がりしたのは言うまでもない。ちなみにその観覧数の6割は学園長である。