第122話 不憫な化け者
ドンは化け者の驚愕の事実を知り、混乱しながら落ち込むという器用な事をやっており、観戦できない状態になっていた。その事実を最初から知っていた学園長はワクワクしながら観戦を続ける。
試験開始から30分経過し、スライムが分裂して2匹になる。
「分裂はスライムの残り魔力が半分になったというサイン。なんの道具も使わずにここまで追い込んだことでも十分凄いのだが、彼はさらに無能で強化魔法なしという悪条件もプラスしている。称賛したいが、規格外過ぎて凄い以上の言葉が思い浮かばないな」
RPGでいうところの低レベル・装備無でラスボスクラスに挑むという鬼縛りプレイを実行する凡太に苦笑いする学園長。そんな中、凡太の足元に異変が生じる。
「土にスライムが特殊召喚されたみたいだな。さて、どうする?」
土スライムの攻撃を虚像探知によって反射的にかわす凡太。
「そもそも攻撃手段としか思えない液体に召喚魔法性質があるなど誰が予想できる?それが初見なら、なおさら気づきにくいはずだ。だが、彼はそれに気づいてみせた。しかもあっさりと回避まできめている。長時間体魔変換を使い、精神・肉体が疲労していく中で、相手が最強だからと考えて投げやりにならずに、30分経った今も隙をみせない集中力には恐れ入ったよ」
学園長が凡太を称賛する。同時に少し不安感もよぎる。体魔変換の酷使により、凡太の体力がそろそろ底を尽きるのではないかという不安だ。凡太の身体能力は一般人以下。体力を常時倍近く消費する技を使い続ければ、どう考えても体力切れになる頃合いだ。むしろ、今この瞬間に体力切れで倒れてもおかしくない状況なのだ。学園長は自身のお楽しみ時間がもっと続いてくれるように祈ると同時にハラハラしていた。
そんな中、3匹のスライムが集まって大量の魔力を放出し始め、特大サイズの円錐型水塊ができていく。その円錐の先は結界の方向を向いていた。
「あれはアクアニードル!」
その言葉を聞き、先程まで放心状態だったドンが立ち上がる。
「説明しよう。アクアニードルとは、スライム固有の水系攻撃スキルである。膨大な魔力とスライムを生贄にすることで放つことができ、その威力は厚さ5mの鋼鉄の壁を軽く貫通するほどの威力だ。当然、闘技場に張られた結界も貫通できる。さらに凶悪な事にこのスキルは物理技・魔法技の判定がされない為、物理・魔法無効化能力で無効にすることはできない。よってスライムをアクアニードルに投げつけても無駄だ。なお、生贄のスライムの数に比例して威力も上がる…あれ?俺は一体何を…」
「おかえり、ドン」
「ただいま…って、あれはアクアニードル!」
「おーい、どうした?」
どうやらドンの無意識下での説明本能が作動したようだ。学園長が馬をなだめる様にしてドンを落ち着かせた後、現状を話す。
「まずいじゃないですか!このままじゃスライムが逃げてしまいますよ!」
「ああ。一応運営側が既に危険性を察知して対策の為、アクアニードルがぶつかる辺りの結界付近に集まっている。皆、対スライム用の武器・防具・道具を身に着けているから、結界が破壊された瞬間に試験は中止してスライムの拘束を迅速に開始してくれるよ。一応非常訓練もしているしね」
運営側を見ると言い争っており、慌てている様子。これには学園長もドンも不安になり、顔を見合わせる。そしてお互い無言で頷き、助っ人に向かおうと運営側の方へ駆け出した時、見当違いの方向で異変が起こる。それを見て2人とも立ち止まった。
「彼の体力は尽きかけていたはず。本来ならその状態を維持するだけでも快挙なんだ。にもかかわらず、この期に及んでさらに魔力を上げるなんて…何なんでしょうね?この底力は」
「分からない。とにかく前よりも多く魔力を練り出せているようだ」
凡太がその魔力を活用し、念動連弾を放つ。
「魔力をさらに上げたのはこの為か。アクアニードルといっても所詮は魔力の塊。だから、念動弾の手数を増やして、技ごと消滅させる気なんだ」
「その様だね。本来ならスライム逃亡の件は試験者の責任じゃないからこちらに任せればいいんだけど、彼がかなりのお人好しだったおかげで助かったよ」
そう言って、学園長は今も言い争っている運営側をみてガッカリする。
運営側の会話内容は学園長の悪い期待通りのものだった。
「やばいよ!マニュアルではどうするんだっけ?あれ?マニュアルがないぞ?」
「慌てるなよ!こっちまで慌てるじゃんか!」
「そういうお前が一番慌てているだろ?少し黙れ」
「はぁ?お前こそ黙れ!」
「うるさい!」
「えっと…。まず、結界破壊前に強化魔法をかけておく。結界が破られたら、対スライム用の特殊薬品をかけにスライムまで高速移動する。次に…」
マニュアルがちがち人間や冷静さが皆無な人間が集まり、連携すれば何とか切り抜けられる対応もできそうにもなかった。そんな中、アクアニードルが徐々に結界との距離を縮めていく。
「おい、どんどん近づいてきているぞ?どうする?どうするよ?」
「“どうする?”じゃねーよ!俺達が何とかするんだろ!」
「分かってるよ!で、具体的に何をするんだ?いつ?どこで?誰が?何を?」
「うるさいな!何とかを何とかかんとかするんだよ!」
「わけわかんねーよ!」
「ほら、皆さん。騒いでないでまず強化魔法をかけ――」
「うるさい!」
「ひっ!」
全く進行しない事前準備。全員が内心『もう無理だ』と思い始めたその時、全員の目線が奇跡的に一致し、凡太の方を見た。そして、彼の笑顔を目撃する。これにより、全員が思考能力を取り戻す。同時に念動弾についての知識はなかったが、凡太が気弾を撃ち込んでアクサニードルを何とかしてくれようとしている事は理解できたので、試験者に気を遣わせているという状況に恥ずかしくなっていた。
「おい、このままでいいのか?」
「いいわけねーだろ!さっさと強化魔法かけるぞ!」
「皆さん、対スライム薬品の準備を急いでください」
「そういうお前は防具が外れかかっているぞ。ほら、ちゃんととめて」パチン
「ありがとうございます。これ、薬品です」
「ありがとよ!」
うるさい状況は変わらなかったが、事前準備は進んでいった。結界が破られるまでには間に合いそうだった。
「準備万端だ。これで慌てる必要はないよな?」
「ああ、いつでもきやがれってんだ!」
「頼もしいですね。頑張りましょう!」
準備は整い、スライム拘束に向けて士気が高まったその時である。
目の前にあった特大の水塊が急に消滅したのだ。
「一体、何が起きた?」
「分からない」
当然の出来事に驚き、沈黙する。またしても全員の視線が1人の男に向けて一致する。男は満面の笑みを浮かべていた。
「まさか、あのアクアニードルを消滅させるだなんて…。あれって無効化できない技だったはずだろ?それなのにどうやったら消滅させられるんだよ」
「分からない…。ただはっきりしているのは、我々が試験者に救われたという事実だよ」
「そうですね。彼には感謝しないと。いくら対策が整っているからといってあのスライムが相手だから100%成功させられるとはいえなかった。そんな中、彼はこちらに『無事でよかったです』と言わんばかりの笑顔を見せていた。笑顔を出せるという事は余裕があるという事。彼にとってこの技の消滅は100%成功させられることだったのではないでしょうか」
「だとすれば、彼の実力はとんでもなく高いってことにならないか?」
「その通りだ。というか、もう試験を続ける必要なくないか?これだけ強いってわかっているんだから」
「そう思うけど、一応規則は守らないといけないし。彼には悪いけど」
「うーむ。不憫だ…」
皮肉交じりのドヤ顔を気遣いのこもった愛ある笑顔と感じた彼らの方が、よっぽど不憫である。