第121話 認知バイアス
ドンは凡太が魔物討伐試験の申請をしたとき、近くをたまたま通りかかっていた。
(タイラさんだ。今日は討伐試験を受けるのか。何を選ぶんだろう?初戦だから無難にドラゴンかな?)
“無難にドラゴン”というパワーワードをドンが残す中、凡太は魔物を選択中。ドンは凡太がどの魔物を選ぶか興味がわき、こっそり近づいて観察することにした。そして凡太はスライムを選ぶ。
(スライムだって?)
この後に現れるノッポ達と同じ反応である。
やはり、スライムというのは最――
(何で初戦から最強の魔物を選んだんだ?彼はイカレていると思ったけどやっぱりそうだった!)
スライムは最弱ではなく最強だった。
申請書の魔物名の横に書かれていた数字は魔物の強さ基準値ではなく、過去の討伐試験合格者の数だったのだ(合格者数は昨年までの数で、今年の合格者数は加算されていない)。よく見ると“魔物名”の横にきちんと“合格者数”と書かれている。つまり、その数が多いほど合格者の人数が多いから魔物の強さ的には弱い部類で、人数が少なければ強い部類となる。凡太は自身の世界でスライムが最弱の魔物と認識していたので、その先入観が脳の情報処理の省略の為、合格者数という文字を省略していたのだ。
(いくら彼でもスライムが相手では分が悪すぎる。…待てよ?何か勝算があるから選んだという事か?だとしたら…)
見るしかない!
脳内の行動会議が満場一致でその行動を優先させた。
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闘技場観客席。
「やぁ、ドン君」
「学園長、お久しぶりです。せっかく情報を頂いたのに粘れずにすみませんでした」
「大丈夫、気にしてはいないよ。私の情報以上の行動をされたのだから仕方がなしことだ」
前回のドンと凡太のランキング戦の話である。
「ところで、ここに来たという事は君も彼の情報収集かい?」
「ええ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきませんから。それに、彼があのスライムとどのような戦いを繰り広げるのか非常に興味があります」
「私もだよ。未だ彼の強さは底が知れない。そんな彼がわざわざあのスライムを選んだのには何か理由があってのことだろう。これはいつもの瞬殺パターン以外の展開が期待できるぞ」
最強の魔物が相手だからこそ、底知れない強さと拮抗がとれて良い戦いが見られるかもしれない。2人はそう考えていた。そんな2人の期待をのせて凡太の試験が始まった。
「はじめ!」
審判の開始合図と共にスライムの初手・体当たりが凡太を襲う。それを難なくかわす。
「凄い…。あの高速攻撃をかわすなんて」
「しかも簡単にね。どうやら今回はしっかり戦ってくれるみたいでよかった」
凡太が攻撃を回避する姿を初めて見て驚くドン。瞬殺パターンが消え、安堵する学園長。2人が反応する中で、スライムの液体攻撃を凡太がかわす。
「さすがだ。本能的にあの液体の危険性に気づいているってことですかね?」
「そのようだ。あの液体は当たれば皮膚を溶かす性質(強アルカリ性)があって危険だからね。しかも一定量以上が合わさればスライムが1匹特殊召喚されるという厄介な技だよ」
2人が関心している間にスライムが結界を利用し、反動で跳ね返ってくる。不意打ちのような攻撃を凡太がかわす。
「あれをかわすか…。しかも後ろを向きながらじゃなかったですか?確信があったような動きだったし、勘ではなさそうだけど」
「おそらく探知系の技を使ったのだろう。それにより、後ろからの攻撃にも対応したことが考えられる」
「なるほど。彼は多彩な技を持ってそうですね」
「ああ。だからこそ、1秒でも長く彼の戦っている姿が見たいのだ」若干睨むようにドンを見る。
「面目ない。あ、もう5秒経過している。これで、スライムは俺以上の実力であることは確定したってわけだ」 ため息を吐き、肩を落とすドン。
「まぁ、そう落ち込むな。君は若いんだから、まだ伸びしろはあるさ」
学園長に励まされたところで、ドンが何かに気づき質問する。
「ところで、彼は攻撃手段を持っているのでしょうか?スライムは魔法攻撃も物理攻撃も効かないからスキルや特殊技の攻撃しか通らないはずですよね?」
「その通り。用意周到の彼の事だ。何かしらの攻撃手段は持っていると思うよ。でなければ、わざわざスライムを選択しないだろ?」
「そうですね。試験でなければ対スライム用の無効能力解除薬をかけることで攻撃を通すことができて接戦にもっていけるんですけど、道具なしではお手上げですよ」
「全くだ」
物理・魔法攻撃無効能力。これこそスライムが最強の魔物たる所以である。対抗道具があるようだが、試合での道具の使用は禁止されている為、スライムの最強は揺るがない。
そのまま凡太が回避する姿を眺めていると、凡太の体から魔力が発生する。学園長とドンは強者の部類だった為、その探知に成功する。
「今まで魔力を感じなかったのに急に見え始めた。デンとの試合の時と同じで油断させるために、今まではわざと隠していたのか?」
「その線は薄い。最強の魔物相手に油断を誘っても意味が無いだろ?それに彼の経歴を調べてみて分かった事なんだが、彼には魔力が無いんだ」
「どういうことです?今の彼には魔力を感じるじゃないですか?」
「うむ。それについてだが、古い文献を漁ってみるとサムウライ村に伝わる奥義習得の際に合わせて教えられる“体魔変換”という技があって、それを習得することで自身の体力を使って魔力を生成できるらしい」
「サムウライ村ってあの村人全員が恐ろしく強いっていう伝説の村ですか?その村の技を持っているという事は彼がそこで修行したということですよね?道理で強いわけだ…。とにかく、彼が魔力を持っている件に関しては納得です。しかし、そんな便利な技があるなら俺も覚えて使ってみたいな」
「やめておいた方がいいと思うよ。この技のデメリットで魔力生成の際に自身の体力が倍近くもっていかれるんだ」
「燃費が悪いですね。それなら普通に魔法を使った方がよさそうだ」
その間に凡太が反撃に出て、拳から半透明の気弾を放つ。
「あの気弾だ。あれ?スライムに当たっても無効化されないってことは物理技じゃなかったのか?高速動作して発生させた衝撃波の一種だと思っていたんだけど。無効化されないという事は魔法技でもないってことだし」
「あれこそがサムウライ村の奥義“念動弾”だよ。技の威力は自身の魔力潜在量に比例して上がり、被弾した相手の魔力を削る効果もある」
「残念ですね。彼の魔力潜在量に比例するなら威力はずっと低いままだ」
「いや、逆にそれが功を期しているのかもしれない。威力が高く気弾扱いされれば無効化される可能性もある、しかし、威力が極小なら気弾扱いされず、攻撃が通って魔力を削ることができる」
「なるほど。この攻撃はスライムにとっての天敵的な技という事ですか」
25分経過。凡太とスライムが攻防を続け、ドンと学園長も飽きることなく真剣に観戦を続けていた。
「彼は体魔変換を使いながら、回避を続けているんですよね?大したスタミナだ。それに全く息が切れていない」
「それだけ過酷な修行をしたんだろうな。おそらく現在も続けていると思う」
「頭が下がります。そうだ、念動弾をうちながら自身に強化魔法を使っているからさらに魔力を使っているって事か。本当に凄いスタミナだ」
「いや、彼は自身に強化魔法を使っていないよ。この試験中、一度もね」
学園長は自身が着けていたサングラスを指さす。魔法研究所製・魔力探知機だ。かけることで魔力はもちろんバフ効果も識別・分析することができる。
「嘘でしょ…。あの速さの攻撃を強化魔法無しでかわしきるなんて不可能だ。…そうか!彼は生まれつき、身体能力がものすごく高いんだ。だから、強化無しでもかわせるんだ!」
「残念ながら違う。彼の経歴を調べた時に彼の身体能力の数値も見たのだが、一般人以下の数値だったよ」
「そんな…。では、なぜ彼はあの攻撃をかわせるんですか?かわせる能力が無いのに何で…どうして…ありえない…こんなことがあるか…なんで……」
強敵相手にありえない能力で挑んでいる男に対し、疑問を吐き出し続けて消沈していくドン。そんな彼が最後の疑問を絞り出す。
「一体…彼は何者なんですか?」
「化け者だよ」
頭を抱え込むドンを見て学園長が力なく笑う。ドンが頭を悩ます元凶は、今もスライムと戦っていた。