第120話 虚しい全力
「はっ、スゥ、はっ、スゥ、はっ、スゥ」
制限時間が1分を切り、秒数が刻まれるたびに呼吸のピッチが速くなる。運動強度限界が近づいている証拠だ。分析・回避・反撃しながらの行動は凡太のスタミナを急激に奪っていく。しかし、この程度の追い込みは彼が毎日やっている朝練と同等なので、動作に影響はない。むしろ最後はビルド式と決めている彼の考えなら、ここからさらにピッチを上げてくるだろう。
先程より念動連弾の数が増えているが、相変わらずスライムにかわされ続ける。かわされながらも、当てる方法を模索する。自身もスライムの体当たりと水玉の攻撃をかわしながら。
そうこうしている間に制限時間は残り25秒となる。すると、凡太がセットしていた音声付タイマーが作動し始める。
(さぁて、今日の地獄の時間がやってくるよ)
これはいつものタバタ式が始まる前の儀式的なもの。
『5、4、3、2、1…』
『スタート』「体魔変換・全開!」
制限時間残り20秒で、維持限界20秒の魔力超増幅技を使用。タバタ式の全力運動時間も20秒。故に凡太オリジナルのこの技も制限時間が20秒となったのかもしれない。
全力運動として向いている動作は単純なもの。複雑な動作のものでは呼吸ピッチ数を稼げず、心拍数が上がり切らないからだ。単純な動作とは連続で素早くパンチしたり、スピンバイクを高負荷にして全力で漕いだり、ダッシュといったもの。
また、複雑なものでも自分が日頃からやりなれている動作であれば、大脳基底核が勝手に働いてくれるので動作は可能である。これにより、虚像探知・反射状態を常時発動させる。これはカウンター技なので凡太の心拍数には余力がまだまだあった。これに全力念動連弾を追加する。こうして全力動作を2種類同時に行う狂人が誕生した。全力慣れしているからこそできる前代未聞の全力動作の自動化。極限トレーニングを続けた人間だけが到達できる極地である。
凡太は全力で念動連弾を空中のスライムに向かって放つもかわされる。それでも空中への攻撃の勢いは緩めない。全力を出すことが無意識で動作化されているので、当たろうが当たるまいが関係ないのだ。彼の思考は“全力で念動連弾を放ち続ける”、“全力で虚像探知状態を維持する”だけだ。
スライム達は念動連弾の猛攻に怯み、回避を優先する為に体当たり・水玉攻撃を一端停止する。それでも、数十体のスライムが負けじと体当たりを畳みかけてくる。が、攻撃数が減ったことで連弾うちに集中しながらの反射回避に成功する。そして、その連弾をスライムも反射回避する。スライムが10%以下の実力で戦っている事を忘れてしまえば、非常に拮抗した白熱の試合展開になっていたことだろう。
残り10秒。
まるで体が覚えているかのように、勝手に追いこんでいる中でさらに先の限界点の追い込みを引き出そうともがき始める。ピッチ数を引き上げられるだけ引き出す。連弾を放つ腕の回転数が格段に増す。
残り6、5秒。
極限まで上げたピッチの維持と共にやってくる疲労に耐え、歯を食いしばって持ちこたえる。ここまでくると無酸素運動となり、呼吸による酸素交換はあってないようなもの。目の前の視界もぼやけて思考能力が格段に落ちる。が、凡太の攻撃と回避は続く。自動化されている動作に視覚は必要ないからだ。
残り4秒。
この時点で全力運動が成功したか、していないかがはっきりする。出し残しがあれば、この時点で意識が残っているもの。意識とは「疲れた」「きつい」「苦しい」などの休憩を促すための欲求。全力運動をやっているのだからそうなるのは当然の事なので、今更そのような脳からの制止命令を真に受けて回転数を落としているようであれば、全力運動に集中できずに失敗している証拠である。このとき、凡太の視界と頭の中は真っ白で、意識はなかったものの、動作は継続されていたおり、出し切りに成功していた。
ここで闘技場上部からの謎の攻撃が100匹のスライム達に降り注ぐ。それらの正体は先程から凡太が無心で空中に放っていた全力念動連弾だった。
まず、結界のゴムの様に伸びる性質を利用し、結界が破れんばかりに念動弾を結界で引き絞らせる形で待機させる。結界ゴムの弾力が念動弾を保ちきれないほど溜まったら、今まで溜めた反動がすべて速度に変換される形で、回避不能な多段連弾となってスライム達に降り注いだわけだ。
この試験の初めにスライムがこの結界の性質を利用して体当たりを仕掛けてきたことから、この性質を自分の技でも利用できないかを試合中ずっと考えていた。凡太の思考的には相手の気が最も緩んで隙ができるタイミングでこれを実行したかった。魔物に油断という思考概念が存在するかは謎だったが、現状をみて存在したと確信する。この奇襲でスライムが先程まで見事に反射回避していたにもかかわらず、不意をつかれたかのように命中したからだ。幸いにもスライムの反射技は未完成で、凡太の虚像探知のようにつねに発動しておけるものではなく、自身が認識したものにのみ反射が発動する技だったらしい。
こうして、上空から1万発以上の念動連弾をもろにくらい、次々とスライム達が消滅していく。
「ざまぁ…」
瞼がかろうじて開いたことで、相手が奇襲をくらっている瞬間を堪能し、ほくそ笑む。
残り3秒。
上空からの念動弾は全て降り注いだ為、地上は砂埃だけとなった。その砂埃の中からスライムが1匹だけ現れる。
「だよなぁ…。10%は何とかなると思ったんだけど、まだ修行がたり……」
最後まで言い終わるまでに気絶する。“全開”を使った際の反動だ。
凡太が気絶した瞬間に運営側が突入し、スライムに対して結界を張って拘束する。凡太は救護班により、そのまま病院に運ばれた。
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病室のベッドで目が覚めると、ミーラが見舞いに来てくれていた。
「どうでした?情けなかったでしょう?」
「…そんなことはない。大健闘だった」
「それはどうも…」
(そもそも俺みたいな雑魚なら、最弱の魔物にも瞬殺されると思っていたんだろうな。それ故の大健闘という言葉。さすがは強者、冷やかしの重みが違うぜ。要はもっと昇進しろよってことだよね。こんな俺でも見捨てないでいてくれてありがとう)
凡太はミーラなりの励ましの言葉に感謝した。
試験時間は59分59秒。制限時間を使い切るという目標は失敗。さらには相手に10%以下の実力しか出されないで終わるといった散々な結果で幕を閉じた。ある意味、現実は甘くないという当たり前の事を気づかせてくれるという点では良い結果であったが。