第12話 無能の本能
槍は確かに鋭く刺さった。
地面に。
槍が当たる瞬間に誰かがアイを押し、槍から遠ざけたのだ。
「馬鹿な…なぜあの男が」
ノーキンほどの男がこうして驚愕するのも無理はない。“強乱圧迫”の前では自分より弱いものは絶対動けないと思っていた。ところが動けるものが一人いたのだ。
それは、歴代最強の勇者でもなく異世界最強スキル持ちでもなく、
ただの無能おっさんだった。
ノーキンが驚いている様にアイもまた驚いていた。目の前に一番いるはずのない男が目の前に立っていたからだ。
「何で…でも。 あ、ありが…?」
礼を言おうとするアイの言葉が途中で一時停止するぐらい奇妙な現象が目の前で起きていた。
「ニゲタイ…ラクニナリタイ…コワイ…カエリタイ…」
ぶつぶつ白目でそうつぶやきながら、フラフラとしている男。
(意識がないの?じゃあどうして―――)
「ニゲタイ…ラクニナリタイ…コワイ…カエリタイ……タスケタイ!」
アイが疑問を吐き出しきる前に男が急に走り出す。
~~~
ノーキンはまだ現実に戻れないでいた。
(なぜ動けた?恐怖状態では脳が混乱し、筋肉が正常に動かなくなるはず。つまり完全硬直。それに奴は早急に気絶していたはずだ。それがどうして…スキルが破られたのか?いや、あの男の力の無さは確認しただろ、それはありえない。では、どうして…)
ノーキンは自身の脳内で疑問が膨張し、思考の渦から逃げ出せなくなっていた。
そんな中、
コツン
音が聞こえる。
コツン
音は自分から鳴っている
ハッと現実に戻ってくるノーキン。何事かと思ってみてみると自分に小石が当てられている。小石を当てているのは自分がつまらぬ存在と見下したあの男だ。
コツン
男は小石を投げ、何かをつぶやきながら、ノーキンの様子を伺い、少し移動をしてまた小石を投げ、ブツブツ言う。それを繰り返している。
(完全に行動しているじゃないか…そして何をブツブツ言っているんだ?)
ノーキンは耳を澄ましブツブツを解読する。
「ニゲタイ…コワイ…カエリタイ…」
(恐怖している?ではスキルは破られていない。“ニゲタイ“…そうか無意識下での逃走本能か)
逃走本能であれば、無意識でも危険(敵)から離れる為に行動する可能性がある。生存本能からくる条件反射ともいえる。ノーキンはようやく答えに辿り着き戦闘に戻ろうとした。
しかし、次なる疑問が彼を襲う。
あの不思議な男が、小石を投げて遠ざかるどころか、少しずつ…少しずつだが、ノーキン(危険)に近づいてきていたからだ。
(なぜだ、なぜ近づいてくる。これでは逃走本能と真逆ではないか!真逆…まさか闘争本能の方か!?)
ノーキンが驚くのも無理はない。その男は無能で何の魅力もない闘争とはまるで縁のない人物だったからだ。さらに不思議なことに、その闘争心を持った男が「ニゲタイ…コワイ…」と恐怖しながら近づいてきているのだ。行動と言動が全く嚙み合っていない。ますます混乱する脳を気力で強引に抑え込み、もう一度男とその周りの状況を注意深く観察する。さっきの殺し損ねた女が呆然とその男の様子を見ているのを見た。
違和感
…そうだ、女との距離。さっきよりこの男と女の距離が離れている。同様にバンガル達との距離も離れていた。そして、石を投げ、ノーキンに近づき、離れていく。仲間から。
「そうか、囮だな。石を投げ、私を挑発することで注意を引き付けようとしていたんだ。仲間を守るために」
投げられた小石の威力は弱すぎてノーキンを微塵も挑発できなかったが、仲間を守るために小石を投げる行動そのものがこの挑発を成立させた。
仲間を。誰かを助けたいという無意識下の本能。
「助力本能」
もちろんそんなものが本当にあるか分からないが、言葉にするならだ。
ノーキンは自分の中で答えがまとまり、スッキリした。
「そういえば、貴様のことを、つまらぬものと言ってしまったな。すまなかった」
囮を続ける男に向かって頭を下げた。
「訂正しよう、貴様はつまらなくはない」
こうして、囮男が時間を稼いでいた甲斐もあり、バンガルの脳が混乱から脱出した。
そして凡太を含む仲間全員を対象とする魔法を放った。
「闘志陣!!」
魔法の発動と共に今まで無口だったモーブが急にしゃべりだす。
「説明しよう。闘志陣とは自分の半径50m以内の仲間と認識している者に対して恐怖緩和と精神高揚を与える精神改善魔法である。なお魔法名を言えば効力は1.2倍である」
「モーブ、おまえどこ向いてしゃべってるんだ?というか説明しようってなんだ」
「説明しよう。”説明しよう”とは自然な流れでフェードインする技法で主に技――」
「おーい、みんな。こいつを土に埋めよう」
余計な説明が入る中で6人の恐怖状態は緩和され動けるようになった。
「アイ!無事か?」
心配だった妹に真っ先に近づくレオ。他の3人も集まってくる。
「ええ…」
動揺しているようだ。無理もない。現在の戦力で最も戦力にならない男に自分達が救われたからだ。
「いったい、何だったんじゃ。さっきのあの小僧の動きは?」
「分からない。恐怖状態で動ける人間なんて見たことも聞いたことないしな。隠しスキルとかは?」
「それはない。奴のスキルを見ていたが変わらずだった」
レオはアン、バンガル、スグニでも分からないなら自分にも分からないだろうと会話に参加せず、凡太を見た。どうやらバンガルの魔法で気絶(?)から立ち直り今はなにやらあたふたしている。他の4人もそれを目視確認した。そしてノーキンが彼に近づき何かを言っているようだった。
~~~
(ん、ここは…えーと、そうだ!ノーキンが強乱圧迫!って言った辺りから記憶ないから、気絶してたんだ俺。…えっなんで小石握ってんの?まさかこれでノーキンと戦おうとしてたの?もしかして無能をこじらせすぎるとこうなるってこと?末期だな…)
いつものようにあたふたやっている凡太のもとに、さっきまで小石の標的だった大男がやってくる。
「やぁ、お目覚めかな。気分はどうだい?」
怖いくらいの混じりっけなしの笑顔だ。
(なるほど。気絶中に夢遊病みたいに勝手に動いてマジで小石当てた可能性あるわ、これ)
「おかげ様で最悪ですよ。先ほどはどうも失礼致しました」
一応謝っておく。確証はないが何かやらかしたであろうことはこの空気で分かったから。
「そうか、それは気の毒に。では最悪のお詫びに一つ、君にとって最高の提案をしたいんだがいかがかな?」
嫌な予感しかしない。
「お心遣い感謝いたします。それでどういったご提案で?」
「私の本気の一撃を君に受けてもらおうと思ってね。その一撃に君が死なずに堪えたら私たちは即撤退。君が死んだら、ガンバール村は我が村の配下になってもらう、どうだい?」
「む…仕方ない。その提案承諾しましょう」
「それはよかった。では双方、長にこのことを報告してから始めるとしようか」
「はい…」
とぼとぼと仲間の方へ歩いていく凡太。絶対的強者の本気の一撃は死を意味する。普通ならその恐怖に押しつぶされそうになるはずだ。しかし、この男は違った。
(よっしゃー!!これで自然な流れで死ねるし、村も守れる。配下になった後はアークの陰謀潰すだけだ。それにしても、承認するとき敢えて不本意感出した時の演技は上出来だったな)
かつて、自分が死ぬことをこれほど喜んだ男がいただろうか。
そうとは知らず駆け寄って心配してくれる仲間達。
「おまえよく生きてたなぁ」
「小僧にしてはよくやったのぅ」
「ソノママシンデモヨカッタノニ」
(本当に嫌いだわ、この人…)
凡太は先ほどのノーキンの提案について話した。
「なんで承認したんだよ、確実に死ぬぞ」
「そうじゃわい、若僧のくせに命をはるでないわ」
「私もそう思います。こんな提案馬鹿げています」
「僕もあなたには死んでほしくない。妹の恩人だから」
「俺は良いと思―――」
「じゃーこのまま全滅するか!?」
凡太の大声に皆がたじろぐ。
「誰かがやらないといけない事なんです。その誰かが今回は私だった。ただそれだけのことです。後は頼みましたよ」
そう言い、決闘の場へ向かう漢になった凡太を誰も止められなかった。
(最後に一言いいですか?俺、今超かっこよくね?)
アホが調子に乗ってかっこつけている間にノーキン達も話をまとめに入っていた。
~~~
「勝手すぎるわ!なぜ貴様一人に今回の戦の勝敗を握らせんといかんのだ!」
アークがいつものようにごねている。
「先ほどから言っているではありませんか。ノーキンの全力に耐えれるのはこの私だけだと。これは既に我が村の勝利が確定しているということではござらんか?」
「ムサシマル殿の言う通りです。まさか、アーク殿は私が弱いとあの者より劣るとお考えですかな?」
「む・・・それはない。ないと思うが、万が一があるかもしれんだろ」
「アーク殿!」
ムサシマルとノーキンが威圧する。
「…仕方がない。絶対に勝って来いよ。それと手を抜いたら…分かっておるな」
「…御意」
こうして両陣営の話し合いが終わった。