第119話 続・模範的スライム
小型スライム達が動き出す。移動速度は凡太の予想通りかなり速くなっていて、線で動きが追えていた高速移動と違い、目で追えない速さになっていた。しかし、
(大分遅くないか?本当に10%以下で戦ってやがる…。ちくしょうめ!)
魔改造的の瞬間移動に近い高速移動に比べれば大したことのない速さだったので、相手の手加減を確信する。先程の分裂で少しは本気になってくれたと喜んでいたが、本当に“少し”だったようだ。ガッカリしつつ、反射反応を使い体当たり攻撃をかわそうとした時、周りを一瞬見て驚く。なんと、100匹が一斉に凡太に向かって体当たりを仕掛けていたのだ。
100匹に対し、対象は1人。攻撃可能面積が少ないので当然、
(ぶつかるだけなのに、気でも狂ったのか?いや、まさかな)
凡太に心配されるほどの愚行を賢い者がするわけがない。
定員もれで凡太に体当たりできなかったり、かわされたスライムが互いにぶつかり、互いの体を利用してはじき合う。ぶつかった後も減速せず、そのまま動き回っている。まるで無限運動エネルギーを持ったビリヤードの玉のように。凡太はそんな乱玉が行きかう交差点の中央でなんとかかわし続ける。先程までかわすときに余裕があったが今回はそれがなく、必死だった。
そんな中、さらなる追い打ちとして体からパチンコ玉サイズの水玉を飛ばしてくる。これは150キロくらいの速度で、目で追うことは可能だった。1つよけるとその水玉はどのスライムにあたることなく壁に飛んでいった。
ボゴッ!
壁に30㎝穴があくほどの威力。しかもきれいな丸型の穴だった。
(ただの水玉なら壁に当たったら水風船みたいに弾けて割れるはずだろ?それが原型をとどめたままだなんて、どういう強度だよ。水玉というより銃弾に近い。もともと当たるつもりはなかったけど、当たり続けたらハチの巣にされるな)
体内から水玉が発射されていたことから魔法ではなく、物理技だと判断した。つまり、念動弾での打ち消し不可。よけるしか選択肢がない厄介な技。液体攻撃と比べ、攻撃速度は遅いものの100匹のスライムから同時に放たれでもしたら逃げ場所がなくなる為、地獄である。移動速度の一件と違い、易しくない内容の攻撃にさっきガッカリしたことを後悔した。
当然のように100匹のスライムが水玉を同時に発射する。躊躇がない事からこれも仲間に当たれば吸収されたり、弾かれたりしてダメージが入らないようになっているのだと推測できる。
凡太は移動でかわせるものと周りのスライムを利用して相殺できるものをかわす。
残りのかわせなかった水玉は3発。それらが凡太の両足めがけて飛んでいく。致命傷にはならないが、負傷すれば動けなくなる為、試合は即終了である。目を閉じる凡太。諦めた様に動かない。
次の瞬間。
バチン!と3発の水玉が後ろから飛んできた別の水玉によって破裂し、飛んできた水玉は壁や地面にあたる。
賢いスライムが凡太を助けるような事はしないので、凡太が何かしたという事。その何かとは、スライムへの強化魔法である。凡太は後続に居たスライムを選別して強化。強化された状態で発射された水玉も予想通り強化されており、弾道上にある玉をすべて破壊した。
(咄嗟に思いついてやってみたけど、うまくいって良かった)
“自分の力が通じないときは相手の攻撃を利用して戦え”というバトル漫画の教訓を活かした防御策。これが見事にはまり、全弾回避に成功した。
スライムはそんな策の成功のことなどお構いなしに攻撃を続ける。ギリギリでかわし続ける凡太。さすがに呼吸が激しく乱れ始める。それでも日々の心肺トレーニングによって数十分ならその状態を維持することは可能だ。こうして、特に両者とも動きの方は鈍ることなく、スライムが激しく猛攻して凡太が粘りの防戦を続けた。
その攻防の最中でも最速最短でスライムの行動分析を続け、たった6分である程度の行動パターンの特定に成功した(この土壇場での分析速度は日頃、魔改造的当てによってもまれ続けた努力の結晶といえるだろう)。それにより生まれたわずかな有余時間を使い、念動連弾を放ってわずかながら反撃に転じる。が、スライムには一発も当てることができない。表面積が小さくなって当てづらくなったことと、移動速度も上がったので仕方がないことではあった。だが、それが要因というには不自然な点があった。
(俺が念動連弾を放つ姿勢になった時、こいつらの体が一瞬強張ったのを感じた。明らかに俺の攻撃を警戒した行動。その行動は嬉しかったんだが、問題はその後の行動だ。一応攻撃後のかわしにくいタイミングで連弾をうつようにしていたんだけど、今回はそれをかわされた。見てよけたというより、感じてよけた感じだったから、悪い予感通りなら俺の虚像反射と近い技を使った可能性がある。戦闘中に学習する魔物とか、模範的過ぎだろ。努力する強者とか大概にしてくれ…)
もはやそこに我々が想像する単純攻撃しかしない貧弱なスライムの姿はなかった。目の前にいるのは複雑で難回避な高威力の攻撃を継続しつつ、未だに力の10%以下しかだしていないという化け物。しかも学習能力まである。凡太の目的は制限時間60分をフルに使うことだった為、この実力差でショックを受けたわけではなかったが、このレベルで最弱の魔物となっているこの世界に改めてショックを受けた。この世界の人は自分が今、もの凄く手こずっているこの魔物を瞬殺してしまうのだ。
(ったく、どっちが化け物だよ…)
凡太は諦めずに連弾を放ち続けるも、すべてかわされてしまう。やはり、何らかの反射・反応技を確実に身につけているようだ。
制限時間は残り1分。凡太はいつものように理不尽な力量差に絶望しつつ、自動行動によって全力を発動させる。