第117話 模範的スライム
スライム2匹によるバウンド攻撃。互いが同種の位置を把握しているかのように衝突することなく高速で跳ね回り続けていた。跳ね返ってからの軌道が単純なので2匹に増えてからも体当たりをくらうことなく回避を続けられていた。そのまま2匹のスライムの攻撃をパターン化して楽をしようと考えていた時、急に1匹の跳ね返り方向が変わる。凡太方向ではなく、もう1匹のスライム方向になったのだ。スライム達が衝突した瞬間、跳ね返り方向を変えた方のスライムが反転し、凡太の方に向かってくる。しかも、今までの跳ね返り速度より速くなって。
(ですよねー)
衝突して相殺なんて甘いミスを起こす訳がない。スライムの実力を認めているからこそ、このスライム同士の衝突・反転攻撃に気づいていた。凡太が反転スライムの体当たりをひらりとかわす。速度が速くなろうが、自身を的確に狙っている事が分かっていれば、その軌道上から離れれば良い。なので、回避の初速が相手の攻撃速度を上回っている状態を維持できれば回避可能となる。虚像探知により、脳の処理能力を短縮させた超高速の反射動作は、今のところスライムの上をいく速度のようだ。
スライムの連携体当たり・液体攻撃がそのまま続く。互いの体をトランポリンのように利用し合いながら、まっすぐな反転、少し鋭角な反転など様々な軌道で体当たりを仕掛けてきたが、すべてかわされる。それどころか、念動弾をちまちまと浴びせられるくらいだ。スライムの攻撃は攻略されつつあったのだ。
そんな時。
急に凡太の足元の地面から地面と同色のスライムが飛び出し、体当たりを仕掛けてくる。緑色のスライムと同等の速度でかわすことは可能だが、突然現れた相手からの奇襲である。しかも攻撃を攻略して油断していた頃を狙ったもの。かわす余暇を与えない条件が揃っていた。最弱の魔物が知的な攻撃を仕掛けてくると誰が予想するだろうか。
普通の人間ならかわせない。
そう。“普通”なら――
(さすが!素晴らしいタイミングでの奇襲だ。俺も見習わないと)
心の中で相手を称賛ながら、奇襲体当たりをかわす。まるで、予想していたかのように。体当たりをかわされた土色スライムはそのままザブンと土の中にもぐり、再び姿をくらました。どうやら土の中を自由に移動できるスライムらしい。
(知的な生物は意味のない攻撃をしない。液体での攻撃は俺に当てる為ではなく、この土スライムを生み出すための召喚魔法のようなものだったんだ。その召喚による奇襲を成立させる為に、衝突・反転攻撃が俺に効かないと知り、敢えてその攻撃を続けた。そして、俺にわざと攻略させることで達成感を味合わせ、油断を誘ったところが見事過ぎる…)
凡太は液体攻撃の真意を考えて警戒を怠らなかった為、地中にスライムが召喚されたことを虚像探知によっていち早く知ることができた。
初めはスライムへの恐怖や最弱称号の対抗意識があったが、今は尊敬の念が強く出始めていた。戦術的に良い模範となるからだ。そんな自身を向上してくれるものが対戦相手。この場が鍛錬する上での好環境下であることを実感し、凡太は高揚していた。
奇襲攻撃がかわされてからもスライムたちの攻撃速度は落ちることがなかった。気持ちの切り替えが早いというより、対象を戦闘不能にするという1つの目的の為に行動しているようで、そこが魔物らしい思考だった。そんな魔物が次なる一手を披露する。
スライム3匹が集まり、魔力を体から放出し始める。すると水粒が集合していき、スライム達の頭上に巨大な円錐の形をした水の塊が現れる。大きさは2階建ての家一軒分相当で特大だ。
(俺に魔法が効くことに気づくとは…。攻撃の中で探っていたのだとしたら抜かりなさすぎだろ。なんにせよ、これからは魔法攻撃に切り替えるってことだな)
この世界の生物なら、あらゆる生物が魔法無効化能力を持っていると常識的に知っている。故に“魔法が効く”という常識外の生物に対しては盲目になるものだ。しかし、相手は自身が尊敬する存在。当然その盲点を見逃さず、弱点として捉え、すかさずそこをついてくるだろうと読んでいた。凡太は相手にとってより効果的な攻撃を仕掛けようとする模範的なスライムの行動に再び感心する。
スライムの魔力放出が終わると、いつの間にか分裂スライムと土スライムが消えており、残り1匹になっていた。それが攻撃開始の合図だったのか、特大サイズの水の塊が動き出す。ところが、円錐の頂点は凡太ではなく、結界の方だった。特大サイズが仇となったか水塊の速度は遅かった。だが、それが逆に不気味である。
(対象が俺でないという事は、結界にあたることで何か効果を発動したり変異する攻撃か?散弾…反転速度の大幅増加…分からん。とにかく結界に当てるのはまずい!魔法攻撃なら念動弾で消滅させられるはずだし、やれるだけやってやる!)
凡太が水塊消滅に向かおうとしていたところをスライムに攻撃される。水塊の方へ注意がいっているところで不意をついてくる攻撃は、相変わらず模範的だ。凡太はその攻撃が模範的だからこそ予想できた為、回避に成功する。
そして――
「体魔変換・開!」
スライムの攻撃をかわしながら、水塊消滅の為、自身の力を開放する。
制限時間は残り20分。“開”の使用限界も20分。残り時間をフルに使い、自身が出し切るために計算されたかのようなタイミングでの発動。スライムも模範的なら、この男も十分模範的である。