第113話 ご褒美系罰
凡太が午前中の授業を終え、ミーラと共に研究所に向かう。
研究所に到着し、作業着に着替えてからトマスの研究室へ。
「こんにちは!今日もよろしくお願いします」「…よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
挨拶は基本という仕事の鉄則を機械的にこなし、ミーラと共に加速靴の適正速度データの分析作業に入る。今日からマリア達が入社しているはずなので、一般人用分析データの収集がはかどり、分析作業が一気に進むだろう。
「ちょっとデータ収集の為、エケニスさんのところに行ってきます」
「いってらっしゃい」
そう言って、ミーラに別の分析作業を託してトマスの研究室を後にする。そして、マリアの居る一般総合部門の研究室へ向かう。“一般総合A”と書かれた部屋の前に着く。スライド式ドアを開けると、理科の実験室のような空間が目の間に飛び込む。机や用具・装置がピカピカで増築・新設された感がでていた。
中では既に研究所の研究員数名と元エライカ社の新入社員5名が作業していた。その中で金色の長髪女性を発見したので声をかける。
「エケニスさん、こんにちは!」
こちらを振り向くが、正面を向かれて無視される。挨拶は聞こえているようだったが、無視される理由が分からない。凡太はそのままマリアの正面まで歩いていき、
「エケニスさーん」
と、右手の掌を振る動作をするが無視される。この後、数回試すがすべて無視される。そんな中、マリアが何か小声でつぶやいていたので耳を澄ませて聞いてみると、
「名前で呼んでくれないと返事しません」
と、言っていたので恥ずかしかったが試しにそれで呼んでみる。
「こんにちは、マリアさん」
「こんにちは、タイラさん」
今度はしっかり返事をしてくれてホッとする凡太。ところが、挨拶してくれたにも拘わらず、表情は依然として不機嫌なままだった。凡太は昨日の夜の事を思い出し、慌てて謝罪する。
「昨日は勝手に帰ってすみませんでした。あと、勝手にお酒を盛ってしまってすみません」
「全くです。主催者に何の断りもなく帰るなんて失礼過ぎます。反省してください。お酒の件は私が間違えただけですし、気にしていません。あと、薬ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるマリアに合わせて、凡太も「いえ、いえ」と言って頭を下げる。
「とにかく、罰として正式なやり直しを要求します。次の休日にもう一度、夕食に来てください。分かりましたね?」
(何て圧だ。こりゃ断れないな。まてよ?逆に罰の定義が崩壊した状況を利用すればなんとか…)
「いいんですけど、それじゃ全然罰になりませんよ。美味しいものが食べられるのでむしろご褒美では?よって、罰の変更を要求します!」
「却下します!」
「変更を――」
「却下です!」
「分かりました…」
「では、決まりですね」
圧に押し負け、美味しい夕食に招待されるというご褒美系罰を承認させられた凡太。本来、普通の人間なら喜ぶ場面だが、この男にとっては屈辱の場面だった。それに加え、
せっかく前日に命拾いしたばかりなのに、またしても死地に赴くことになり、気が重くなる。
そんな中、ようやくこの部屋に来た当初の目的を思い出し、マリアに協力を依頼する。
「今、製品の動作試験のデータ収集をしているんですけど、一般人データが不足していて…。よろしければ手伝って頂けませんか?」
「それって私じゃなくてもできますよね?」
(なにぃ?)
まさかの拒否返答。とりあえず、現状整理の為、分析を開始する。まず、挨拶の時からやたらとマリアに無視をされる。そして、昨日の件でかなり怒っており、罰を与えようとしている。最後に協力を求めたのに拒否されているという現在の状況。
導き出したこと答えは、
(俺、めっちゃ嫌われてるって事じゃん)
脳が“無視される”と“怒っている”を拾って機械的に答えを出した。この答えを下に先程難題として挙がった次の夕食の拒否策も合わせて検討する。
その結果、
(もっと嫌われればいい)
という奇想天外な発想が導き出された。
助けを求めて嫌われるなら、もっと助けを求めればいい。内容はともかく、そうするべく凡太は嫌われるための行動に出る。
「マリアさんじゃないと駄目なんです!お願いします!どうか協力を!」
「はい!喜んで!」
(なんでだ!)
満面の笑顔でのまさかの承認。喜ばれる要素が皆無な状況でのこの反応に、凡太の脳はとうとう思考停止し、場の雰囲気に流されモードに移行する。
「ありがとうございます。では、試験室の方に移動しましょう」
「はい」
マリアの上司の研究員に了承を得てから、試験室へ向かう。
試験室はテニスコート2面分の広い部屋で動き回るのに適していた。そこで、実際に加速靴に魔力を適量こめて動いてもらい、予想される加速量と実際の加速量に誤差がないか試験する。試験は2時間程で終了。結果、誤差が大きく表れた。研究員のように魔力が高い人間とマリアの様に魔力の弱い人間では“適量”の密度が違う事が考えられる。よって誤差の少ない安全性の高い完成品にするには、完全に魔力が高い人・低い人用に分けて作った方が開発は手っ取り早いと結論を出した。
試験室を出たところで、
「今日はありがとうございました。おかげで良いデータが取れました」
「いえいえ、仕事ですから」 満面の笑み。
「それじゃ別の分析作業があるのでこの辺で」
(機嫌なおったみたいでよかったぁ。結局、原因は何だったんだろう?)
疑問を残しつつ、お互い手を振って別れた。