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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
第5章 ラコン王国編
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第112話 大人の卒業

 ブレント王国、早朝の公園。早朝ということもあり、人は少ない。そんな少ない中におっさんと少女がいた。


「おはよう、レベッカ」

「おはよー逃走犯」

「その呼び名はやめて。誤解されるでしょ?せめてロリコンとか変態にしてくれないか」

「どう考えてもそっちの方が誤解されるでしょ。ていうか、そっちの方がしっくりくるから怖いんだけど…」

「まぁ、自覚はあるからな」

「あるんだ。顔と風貌がまさにそれだもんね」

「ありがとう」

「褒めてないよ。一応言っておくけど、さっきのは冗談だからね」

「そうなんだ…」

「なんでガッカリしているのよ。ていうか、悪口を言われて喜ぶとか、本当に変態じゃん」

「ありがとう」 満面の笑み。

「はぁ…朝からめんどくさいなぁ」


 レベッカが凡太の天邪鬼反応にいつも通りの反応を示す。


「あ、そうそう。お母さんのことなんだけど、朝起きたら気持ち悪そうにしていたから、置いていってくれた薬を飲んでもらったよ。ありがとね」


 満面の笑みで礼を言われた恥ずかしさから、男の防衛本能が作動し、謝礼回避を図る。


「薬?何のことかな?」

「この状況でしらばくれるとか、呆れるのを通り越して逆に尊敬するわ…。そもそもあなたの字で書かれた置き手紙があったのよ。これであなたが薬を置いていったことは確定じゃないかしら?」

「証拠は?」

「は?」

「俺が書いたという証拠がないじゃないか。人の字なんてどれも似たり寄ったりだろ?だから、見間違えることだって十分考えられる。よって、確定はできないんじゃないですかねぇ…。所詮は子供だな。詰めが甘い」


 凡太が大人の風貌を嫌みったらしくまき散らしながら、言い逃れを完了しようとしていた。そのとき、レベッカが折りたたんだ2枚の紙をズボンのポケットから取り出す。広げて左右の手で片方ずつ持ち、凡太にみせる。


「こっちがボンタが勉強中に書いていた字。こっちが手紙の字」


 左右を見比べると、筆跡が見事に一致した。レベッカは凡太のめんどくさい性質を熟知していた為、今回の様に不意に言い逃れてくるケースをあらかじめ想定して用意していたのだ。その緻密な用意周到さは凡太のそれを完全に上回る。こうして、探偵漫画で探偵に全トリックを見破られて自白し終えた犯人のように、力なく両膝を地面につく凡太であった。


 どうでもいい探偵劇場が数秒で終了し、朝練が始まる。マリアが退院した以降は任意参加になっていた為、強制参加ではなかったが、レベッカは来てくれた。凡太は。そのことを喜んでいた。


「いやー悪いね。練習に付き合ってもらっちゃって」

「めんどくさいけど、あなた一人でやっていたら華がなさ過ぎてかわいそうじゃない?仕方なくやっているだけなんだから、感謝しなさいよね」

「もちろんですとも、お嬢様」


 仕方なくやっている割に楽しそうに今日も走るレベッカ。彼女も凡太と同じく恥ずかしさを隠すために防衛本能が働いたのだろう。そんなレベッカの姿をみて、凡太は朝練の真意を思い出す。


 レベッカを最初に見た時、凡太は昔の自分とよく似ていると思った。周りに気を遣って自我が出るのを押し殺して我儘を言わず、つねに良い子であろうと心掛けているようだったからだ。そんな大人しくしていることを矯正されているような姿を見ていると苦しくなった。

レベッカは人との交流が少ない為、劣等感を味わうことに慣れていない。この後、社会に出た時に集団生活の中で嫌でもその精神的苦痛と戦うことになるだろう。性質が昔の自分と同じなので、自縄自縛状態になる危険性がある。レベッカにはそんな辛い思いをしてほしくなかったので、そうなる前にこの悪性質を改善する必要があると考えた。この悪性質こそ“大人しい”というメリットにもデメリットにも聞こえる魔法の言葉だ。


 小さい頃は、騒ぎたてるような行動を続けると注意される。大声を出して暴れると周りに迷惑がかかるから仕方がない事である。また、集団で遊ぶ中でルールを作るようになり、それを厳守するようになる。お互いにハブられないようにする為だ。ここで社会的規律を守る姿勢が地味に身に着く。

騒がないように大人しくしていると親に怒られないで済む。この時点で賢い子供の中では大人しくしている事が正解だとすりこまれる。子供の頃は“大人しい”が大活躍し、良い子扱いされて何の問題なく過ごせるが、成人になり、社会に出た時に足枷となる。

 社会に出てからは、多少は集団に合わせて大人しくしている受動的な行動が正解とされる場面があるものの、残りの大部分は自己責任による能動的で積極的な行動を余儀なくされる。人の主張も様々なので大人しくしているとあらぬ責任を擦り付けられたり、厄介事を押しつけられりとロクな事がない。この辺で大人しいを卒業し、一端卒業した子供らしい(社会的規律は守りつつ、自己主張を通す)を取り戻さなければならない。


 “大人しい”という言葉が流行り出したのは戦時中という説もある。大人とは上司の命令に騒ぎ立てずに絶対服従するもの。戦時中では命令が厳守されないと一人の間違った行動によって多くの犠牲が出てしまう事があるので、その考え方は正しかっただろう。しかし、今は戦時中ではない。上司の命令でも仕事上効率が悪いと判断できれば、意見してもっと効率の良い方法に改善するように反抗するのが正解だ。命令に背いたことで誰かが死ぬわけではないし、それが会社の利益貢献につながるからだ。

 

 あと、この“大人しい”の矯正は生き苦しい。上司や親の顔色を伺うことが大前提になれば、自身の夢(やりたい事)を諦めて、彼らの望む人間になる為に生きなければならないという謎の縛りが発生してしまう。現にレベッカは、マリアの顔色を伺って給料の良い就職先に就職することを夢としていた。本好きなのだから、それに携わる職に就くのが理想なのにも拘わらずだ。この凝り固まった思考をほぐす為には、自身が信じている“大人は正しい”という概念を破壊し、“大人しくしていなくてもなんとかなる”という楽観的感覚を身に着けさせる必要がある。


 まず、“大人は正しい”という概念の破壊について。これは凡太がレベッカに授業内容を質問し、教えてもらっている際に、わざと見当違いな解答をしたりして、大人も子供みたいに馬鹿なことを考えるものだと思い込ませる。あと、元々凡太がアホな行動を取る癖が幸いし、レベッカの中でこの概念の強固さが雪崩式に崩れていった。

 次に、“大人しくしていなくてもなんとかなる”という楽観的思考について。朝練によって、アドレナリン発生量が増加して行動意欲を向上、セロトニンの増加によりストレスが緩和したなどの効果により、レベッカの精神健康状態が大幅に改善された。それにより、精神的余裕も生まれ冗談を軽率に言えるようになった。それと何より、近くに信用できる人物(凡太)が居たことが大きい。自分が冗談やきつい事を言っても決して離れていかない友達のような存在のおかげで、豊かで自由な感情表現が再びできるようになったのだ。あと凡太が、自己評価が最低であることを体現しているような雰囲気を出していたこともあり、気を遣う必要はないと思わせた事で気兼ねなく話してくれるようになったことも多少貢献していた。合わせて、凡太の奇怪な行動・思考により、強制的にツッコミさせられ、興奮状態をつくらされていたことも関与している。

 これらにより、レベッカの“大人しい”の矯正は劇的に崩壊した。


 そして、現在。

 毎朝5kmのラン中。残り200m地点。


「レベッカ、だらしないぞ!あと200メートルだろ?もうちょい粘ろうぜ」

「本気できついんだから、無茶言わないでよ。先に行っていいよ」

「やなこった。それより、レベッカの苦しむ姿を見続ける事の方が百倍楽しいからな」

「超気持ち悪いんですけど。あと、そのニヤニヤはマジでむかつく。もう、頭にきた!その顔みたくないから、逆にぶっちぎってやるわ!」

「いいねぇ。その意気だ!」


 子供精神のおっさんに煽られ、ブチ切れる大人精神の少女。遠目から見ればどちらもただの子供である。

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