第11話 圧倒的ノーキン
斬撃を飛ばす強い剣士が活躍する漫画を読んでいて、あることを誰しもが1回は考えたことがあるのではないだろうか。それは「剣を持たない方が強くね?」だ。斬撃を衝撃波とするなら少なくとも音速(秒速約340m/s)を超える速さで剣を振っていることになる。注目すべきは剣でなくこの“振る力”とその音速付近で発生する空気の壁との衝突に耐える“強靭な耐久力”である。振る力がそれだけ強ければ、斬撃をわざわざ飛ばすより、投てき系で何か堅いものを飛ばすだけでも殺傷力は充分ではないだろうか。そもそも腕を振るだけで衝撃波を出せる可能性もある。また、防御の面でも両手が持ち手に取られるため防御は剣の面積だけでしか行えず、防御範囲が狭い。“強靭な耐久力”があるので防御範囲の増える素手と“振る力”を活かした投てきの組み合わせの方が強いのではないだろうか。剣が剣士の足枷になっているのではないか。
凡太は皆に先ほどの剣士妄想を話した。そして結論を言った。
「強い剣士が剣なしに戦ったら、制限が消え、技種・防御・移動速度などが劇的に向上します。剣がないときこそ脅威なのです」
皆言葉を失った。それもそうである。武器を無力化し最弱化したと思っていたものが、今度は逆に最強化したからである。剣より素手の方が強いというのは納得がいかない者も多かったが、戦闘力の劇的低下がないことは事実である。
「どうすればいいんだ…」
さすがに途方にくれるバンガル。
「隙をみて降伏しましょう」
「は?」
凡太の一言に目を丸くするバンガル達を横目に話を続ける。
「もう充分な時間耐えて接戦を演じられているので、後はもうひとボコられして、ボロボロになれば仕方なく降伏せざるを得ない状況の完成です。わざわざこんな地獄に付き合うこともないでしょう」
一同は驚きの表情のあと、安堵の表情に変わる。そうだ、最後まで戦う必要はないんだ。逃げてもいいんだと。
「いや、最後のやつが一番きついし、痛いだろ」
「まぁもうひと踏ん張りです。頑張ってボコられよ―」
「その“おー”のノリはおかしい」
バンガルの拳が腹にガスっと入り、ボコられの初陣をきった凡太であった。
~30分後~
5人が歩いてくる。
ヤミモト、ノーキン、アーク、その護衛兵2人だ。こんな少人数で何のようだろうか。正直、全兵力で来ることを想像していたので呆気に取られた反面、少しホッとした。
こちら側は村人たちを安全な場所に一旦下がらせたので、バンガル、アン、スグニ、レオ、アイの5人とその他一名だ。
(あれがヤミモト・ムサシマルさんか。身長は俺と同じくらいで体系は普通。年齢は50代くらいか?丁髷と無精髭で濃い顔立ち。それにしても戦場に浴衣姿とか逆に貫禄あるな。その隣の身長170cmくらいの太っている人は間違いなくアークだろうな。話通りの悪そうな人相をしてやがる。こいつも服装は浴衣だがヤミモトさんと比べて全然貫禄ないぞ)
凡太が初めて見るムサシマルとアークを観察していると、ノーキンがいきなりこちらに近づいてきた。
「あなた方を正直舐めていました。すみませんでした」
頭を下げるノーキン。それと同時に他の4人がノーキンの後方に下がっていく。100mくらいは下がっただろうか。
「私は先ほど、武器を全て溶かされるといった失態を犯した。この責任はすべて隊長である私にあります。よって、ここからは私一人であなた方全員の相手をします。もちろん今回は本気でね」
さっきまでのが本気じゃなかっただと?とバトル漫画名台詞が頭をよぎったところで、本気じゃないのは明らかだったし全然驚かなかった。
そんなことより、この後使うであろうスキルに皆警戒していた。その発動間近を意味するように自分の100m後ろに味方4人を下がらせているわけだ。
一瞬の静寂
来る
「強乱圧迫!」
ノーキンの周りから目に見えない嫌な空気が漂い始めた。次の瞬間ガクンガクンと崩れ落ちる凡太達。恐怖によって足や手の自由が利かなくなり、立っていられなくなったからである。そして、脳の方も恐怖で支配され簡単に魔法が使えない状態になった。
「なんて圧だ!まったく動けない。それに…全く勝てる気がしない……」
あの村最強候補のレオですら、こんな弱音を吐いている。
そんな中ノーキンが口を開く。
「私はつまらぬものが嫌いだ」
(なんか俺の方向いてるー。てか本気モードになると口調変るのね。やっべ、もう意識もたん。気絶するわ。バイバイ皆…)
「だがそれ以上に女が嫌いだ」
ザッザッと歩き巨大な槍を手に取った
「戦場に女はいらぬ」
ギロっと目が動き、焦点をアイに合わせた。
「やめろ!狙うなら僕を狙え!僕と勝負しろ!それとも怖いのか!」
「勇ましいな。他人を守るために命を燃やす。結構。貴殿は面白い、だから後にしてやる」
レオの挑発は逆効果に。そして巨大な槍を振りかぶる。
「やめろー!!」
「死ね」
放たれた槍はアイをめがけて傾斜の低い放物線を描いて向かっていく。速度は速くないが、重さが乗っている為当たれば即死。
逃げなくては。もがくアイだが体が硬直して動くことができない。
「くそ!動け、動けぇ!」
やはり駄目だ。
他の有力者4人も同様にもがくが、動けない。そして、もがく間に空気の膜を突き抜けるように巨大槍が向かってくる。
(もうお仕舞いね。最後まで役立たずのままだったなぁ。せめて兄さんにあとほんの少しだけでも追いつきたかった…)
「アイ!早くよけろ!くそ何で動かない」
レオが動かないストレスをすべて吐き出すように叫ぶ。足を無理矢理起こすためにバンバン叩くが、ガクガク震えるだけで動く気配が全くない。
(ちくしょう。妹一人も守れないのかよ。あのとき絶対守るって決めたのに、なんだこの体たらくは。情けない。こんな俺じゃここまでだってことかよ…誰か、誰でもいいアイを助けてくれ!)
そんなレオの心の声も虚しく、残り5m、4mと近づいていく槍。
「まずは一人」
残り1m。目をつむるノーキン。
ドスッ!
聞こえてくる刺さる音に、必殺を確信したノーキンだった。