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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
第5章 ラコン王国編
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第107話 当然の誤解

 今日はマリアの退院日。凡太とレベッカがマリアの病室前に来ていた。レベッカは笑顔だが、凡太の方は浮かない顔だった。

 

 その理由を知る為に昨夜の夕食後へ時を遡る。



~~~



「明日でお母さん退院かぁ。毎日お見舞いに行っていたけど、家に帰って来てくれるのはうれしいなぁ」

「そういう子供らしい台詞も言えるんだな。なんか少しホッとしたよ」

「どういう意味よ」

「ほら、この一週間ずっと授業の分からないところを教えてもらっていただろ?だから俺の中ではレベッカは子供じゃなくて先生のイメージだったんだよ」

「勝手に大人のイメージを持っていたわけね…。いい迷惑だわ」


レベッカは深いため息をつき、凡太が腰をかけているソファの隣に座った。凡太の膝の上にレベッカの右足が置かれ、凡太はそれをマッサージする。この1週間ずっとやっている筋肉痛のケアだ。そのままレベッカが日頃の不満を漏らす。


「この際だからはっきり言わせてもらうけど、私だって誰かに甘えたいの。でも、私の周りに甘えられる人がいない。だから、仕方なく大人を演じているだけなの。分かる?」

「存じておりますとも、先生」

「本当?だったらもっと私に頼らずに自分で理解する様に努めたらどうなの?」

「先生の教え方がうまいので自分で勉強するより先生に聞いた方が効率的かと思いまして」

「その考え方が駄目なのよ。人に甘え過ぎよ。もっと自分で何とかしなさい」

「すみません、善処します」


 右足の筋肉の張りが解消され、レベッカの顔が少し緩む。今度は右足と左足を入れ替え、左足のマッサージが始まる。


「ところで、明日の午後は一緒に病院に行くよね?」 

「すみません。午後は仕事がありまして」

(あの聖人様に会うのは危険だ。なにせ数時間一緒に居ただけで気遣いによる恩で精神崩壊しかけたからな…。彼女のことだ。1週間レベッカの面倒をみてくれたお礼がしたいとか言って夕飯に誘ってくるに決まっている。そもそも俺がレベッカに面倒をみてもらっていたというのが正しい解釈だが、彼女の聖人フィルターが働き、聞き入れてくれないだろう。つまり、病院に行ったら最後。気遣いによる恩の圧迫攻撃を受け続け、夕飯を食べ終わる頃には圧死する。俺はこんなところで…こんな死因で死ぬわけにはいかんのだ!でなければ、勝手に飛び出してきたガンバール村やサムウライ村の人達に申し訳が立たん。何としても拒否してやる)


 そんな歴戦をくぐり抜けてきたような気迫を発する男に少女がやんわりと問う。


「でも、明日は仕事休みのはずだよね?」

(何で知ってんの!?)


 レベッカは人を誘う時、相手のスケジュールが空いていることを必ず確認する癖がついていた。そうすることで、相手が誘いを断る時に発生する居心地の悪い気遣いを未然に防げるからだ。凡太の仕事が休みなのを知っていたのは、マリアの娘ということで研究所に見学に行った際に研究員達に確認していたからだ。


 凡太は冷や汗タラタラの状態で言葉をなんとか絞り出そうとする。


「言い間違えた。本当はよ、ようじ…」

「…?」

(まずい!仕事があると嘘をついた奴が、次に用事があると言えば嘘をついていると思われるに決まっているじゃないか。こうなりゃ、あれしかない!)


「ようじょだーい好き!」

「行けるって事ね?よかった。明日が楽しみだなぁ」

(嘘だろ…)


 全力嫌悪を狙った変態発言。それに対しドン引き、もしくはスルーされるどこか、承認したことにされてしまう。幸せそうな表情の少女に今更承認を取り消してもらう事等頼めず、男はそのままマッサージを続けるしかなかった。



~~~


 時は戻り現在。マリアの病室前。

ノックをし、返事が聞こえたのを確認してからスライド式ドアを開けた瞬間。


「こんにちは、元気そうで何よりです!ではっ!」

「待てや」


 挨拶ミッションを最速でこなし、自然な流れで退場しようとしたが、レベッカに右腕を掴まれ阻止される。そのままドアがスライドして閉まっていき、逃げ道が塞がれた。


(これまでですね)


 これから起こるであろう壮絶な未来を受け入れ、現実と向き合うことにした。


「この度はレベッカの面倒をみてくださってありがとうございました」

「いえ、面倒をみてもらったのはこっちの方ですよ。毎日勉強も教えてもらいましたし、ご飯も作ってもらっていましたから」

「レベッカからその話は聞いています。人に教えることでより一層知識が深まって勉強が楽しくなったって喜んでいましたよ。それと、食事のとき毎回『おいしい』と言ってくれたり、料理での細かい気配りを褒めてくれるから嬉しいって言っていましたよ」

「お母さん、それ言わないでよ!恥ずかしいじゃん」

「いいじゃない、本当の事なんだから。タイラさん、レベッカに優しく接してくださってありがとうございました」


 ペコリと頭を下げるマリア。凡太は自身の迷惑アピールがスルーされたことに加え、礼まで言われているこの現状に面をくらっていた。


(何か良い人間にされてないか?)


 マリアの聖人フィルターが発動し、自身の迷惑な行為が全て善良なものに書き換えられたと思った凡太は手遅れになる前に訂正に入る。


「レベッカの勉強が楽しくなった云々は、大人が子供に勉強を教わるという俺の醜態を隠すために言ってくれた心使い的なものでしょう。こちらはレベッカの勉強時間を削っているただの邪魔者なんで。その悪いイメージを自身の成長と結びつけることで好転させたんです。まだ、子供なのにここまで気遣いできるのは大したものですよ。あと、食事の時に毎回『おいしい』と言うのは当たり前です。本当においしかったのですから。気配りを褒めるのも当たり前です。手を抜いていいのに手を抜かずに他人をもてなそうとする心や行動は人として尊敬されるべきことですから。こんな感じでレベッカは褒められて当然の事をやっているので、褒められるのは当たり前の事です。よって、俺が優しいから褒めたということはそちらの勘違いなので、誤解のないようにお願いします」


 小難しい屁理屈を言う人間は嫌われるものだ。凡太はその社会的常識を利用し、自身の評価の低下を狙う。その狙い通り、先程までの和やかな雰囲気が一変。レベッカは急に俯き、マリアは黙ったまま真顔になる。当たり前である。レベッカの大人な心遣いをわざわざ口に出して言うことで、台無しにしたのだ。隠しておいた方が良いものを露わにする羞恥プレーの実行により、案の定レベッカの顔が赤面した。そして、娘を羞恥させ、さらし者にした人間には、当然怒りが芽生えるだろう。あの聖人マリアからなんのフォローの言葉が出てこないくらいとなると、よほどの怒りをため込んでいるに違いない。

 その様子をみて、2人にバレないように俯き、お馴染みのゲス顔になる凡太。


(この反応を待っていた。誰がどう見てもKYおっさんがやらかしたクソ気まずい状況にしかみえん。ククク…この自身が嫌悪されていくヒンヤリ感はたまらんな)


 人から嫌われることは好みじゃないが、自分から嫌われるべくして嫌われたことに関しては快感を覚える変態が満足そうな顔をする。


(これで俺を切り捨てるしかなくなったはずだし、夕食に誘われるという最悪の流れは断った。後はとっとと帰るだけだ。最初はレベッカに止められたが、今や嫌われの身。むしろ『出ていけ』と背を押されるだろう。最初はどうなる事かと思ったが、案外ちょろかったな)


 凡太が沈黙を続ける2人を背に、ドアを開き出ていこうとすると右腕を掴まれる。今度はレベッカではなくマリアだ。

 ビンタでもされるのかと思い衝撃に備えていると、


「よろしければ、夕食をご馳走させてください」

「えっ?」


 肉体的衝撃ではなく、精神的衝撃により足を止めさせられることとなった。

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