第106話 ドンのリベンジ
ランキング戦、ドンと凡太の試合当日。闘技場前にドンとデンが立っていた。
「緊張はしてないみたいで良かったよ」
「やれるだけのことはやったから、後は出し切るだけだしな」
「頼もしいね。長引くことを期待しているよ」
「ああ、任せとけ」
グータッチをしてドンは選手控室へ、デンは観客席へ向かう。
控室内で入念にアップしつつ、1カ月練習してきた動作を頭の中で何度もイメージする。集中しているとあっという間に時間が過ぎて、自分の番が回ってくる。
「よし、行くか」
ドンは両頬をパンッと叩き、意気揚々と闘技場中央に向かう。既に凡太が来ていて、オドオドと礼をしてきたので、こちらも礼を返す。少し猫背で自信がない様な表情。これがあの圧倒的な瞬殺を披露した者だとは誰も思わないだろう。
(始まる前から相手の警戒心を下げて油断を誘っている。だから、初動の早さに焦って隙が生じるわけか。今回彼について事前に情報収集していたから気づいたものの、初見だったら俺もマルコ君の二の舞だったろうな)
凡太に悟られないように心の中で安堵するドン。心に余裕ができたところで観客席を見渡す。学園長が居たのでグッと右拳を掲げる。学園長はそれに応えるように笑顔で頷いた。
審判が大声を出す為、息を吸い込む。いよいよだ。
「はじめ!」
審判の開始合図と共に距離を詰めつつ、右拳から気弾を右肩に放ってくる。イメージと数ミリ違わぬ凡太の初動作に喜びと恐怖を感じつつ、気弾をかわす。もちろんわざと。
(こっちが本命だろ)
足からの気弾は右膝に向かって放たれていた。凡太はご丁寧に姿勢を低くして低い位置から右アッパーをうつ姿勢になっていた。このままいけば、ドンの右蹴りが凡太の下顎に当たる位置だ。ドンは気づいてない振りをしながら右膝に気弾をくらう。と、同時に凡太の下顎周辺に全力で強化魔法をかける。そして、下顎に右蹴りが命中する。
(どうだ、これが練習の成果だ!)
いつもならバトル漫画の雑魚敵のように吹っ飛ぶ彼の姿はなく、カウンターのように下顎に蹴りをくらっても無傷だった。ドンの対策が成功したのだ。これには、ドンも口元を緩める。だが、それがすぐに引き締まるものを見てしまう。目の前の男が不敵にニタリ顔をしていたからだ。
(どういうことだ?これでまた仕切り直しのはず――)
不意にどこからともなく強烈な衝撃破が飛んできて男に直撃する。
「そんな馬鹿な!一体どこから?」
ドンが衝撃破の出どころを確認する前に、男が衝撃波をもろに受け壁の方へ飛んでいき衝突する。今回ももの凄い音と共に壁へめり込んでいく。大体4mほどめり込んだところで停止。両腕をグッタリと垂れた状態で気絶していた。
「勝者、ドン・ガーシェ!」
歓声を上げる観客。ドンは勝者を称える審判の言葉がまるで聞こえていないかのように呆然と立ち尽くす。重傷を負い、気絶した凡太が救護班によって運ばれていく。それと共に精神的に重傷を負ったドンも審判に支えられながら闘技場を後にした。
ドンの右蹴りが凡太の腹に命中したすぐ後に衝撃破が飛んできた為、観客の目にはドンの蹴りが絶妙なタイミングでクリティカルヒットしたようにみえていた。だが、観客の中にもドンと同様、何が起きたか分からず言葉を失っていた者が数人いた。デンと友人である。
「ドンの強化魔法は成功していたはずだろ?それなのにどうして彼は吹っ飛んだんだ?」
「分からない。蹴りが当たった瞬間は特に変わった様子もなかったのにその1秒後飛んでいった。蹴りで飛んだというよりか、何か別のものに吹き飛ばされた感じだったような…」
「あー違和感の正体はそれかもね。蹴りが入ってから飛ばされるのに少し時間差があったし、間違いないと思う」
「誘導攻撃と強化魔法だけでも厄介なのにここにきて隠し技の登場ってことか?勘弁してほしいものだ」
「全くだよ…」
ため息をつくデン。対策をしたものの打ちのめされた挙句、新たな技の存在を知り、凡太の攻略がさらに難題になったからだ。
結局、衝撃破はどこから飛んできたのか?その答えを知る者が、観客席に一人だけいた。
学園長である。
彼は試合中、凡太とドン以外にも周囲に変わったところがないか広い視野で観戦していた。その甲斐あり、衝撃破の発生源をみつけることに成功した。
(まさか、対戦相手ではなく対戦外の人物も利用するとはな)
衝撃破の発生源は審判だった。
(マルコ君との試合の時もそうだったが、彼がわざわざ相手の後ろに審判が来るように位置取りし、最初の気弾を相手と審判が一直線上になるようなところで放つのを不思議に思っていた。かわされた気弾は審判の右肩に命中し、右手が少し上がる動作をする。前の時はそれだけで何も起こらず、謎のままだったが、今回その謎が解けた。彼が強化したのはドン君の右足ではなく、審判の右手。しかも、審判がちょっと腕を上げただけで衝撃波が発生するほどの高効力の強化。つまり、彼は自身が強化されることも考慮した上で保険として審判に気弾をあてていたのだ)
通常、試合が始まれば、観客は対戦者のみを見るもの。それ以外のものに注意を払っている余裕などない。だが、学園長は試合前からこれが起こることを予想していたからこそ、目視確認することができたのだ。
(自身が強化された瞬間、瞬時に計画を変更する切り替えの早さには恐れ入る。いや、これだけ用意周到に物事を行う人物だから当然と言えば当然か。こちらの考えることが全て見透かされている気になるのは、この異常な用意周到さが原因だろう。だとすると、彼はこれまでどれほどの修羅場をくぐってきたというのだ…)
人が用意周到になるのは不安を感じる時。事前に準備しておくことでその不安感を和らげることができる。過去に苦労してきた人やマイナス思考の人ほどこの傾向が強くなると学園長は理解していた。だからこそ、凡太の経験してきたものの辛さを感じ取ることができたのだ。
益々凡太に興味を持つことになったが、その手段が彼の用意周到さによって次々と遮断されていく現状をもどかしく感じる。そんな複雑な気分のまま闘技場を後にした。