第105話 瞬殺させたくない!
ドンは自身が勝利する未来を変える為に映像分析を続けていた。
防ぐ方法は、凡太の気弾をかわしきること。これさえできればドンから攻撃が誘発されることはないので瞬殺は起こらない。単純で簡単そうにみえるが、これが難しいことにドンは気づいていた。凡太が最初に右手で放った気弾は誘導だったことから、相手の隙をつくり出すことに長けた人物であることが想像できたからだ。
「かわすことは既に彼の術中にはまったことになるのだろうか。だとすれば、かわしたところで次にかわす場所が誘導されている可能性が高い。分が悪いな…」
さらに、絶望的な事に気づく。
凡太の動き出しが異常に速い事だ。審判の開始合図が終わり、魔力増強から距離を詰められつつ気弾を放つという複数動作を終えるのに2秒もかかっていない。
脳の情報処理に0.2~0.3秒、体がそれを受け取って動くにも同じくらいの時間がかかるので、今回の複数動作なら2秒かかる。それを可能にしているのは脳の潜在機能(何度もやったことのある動作は特に意識せず簡単に素早くできること)。体魔変換から念動弾を放つまでの動作は何万回と繰り返してきた動作なので、情報処理が省略できたのだ。通常、人間の行っている運動は随意運動(自分の意思で体を動かす運動)なので、ほとんど無意識で動くこの動作は非随意運動といえる。
この世界では脳科学の情報がないので、それらの事をドンが知る由もなかったが、感覚的に鍛錬の量と質がそうさせているのだと推測していた。
「もはや打つ手がない…」
「そんなことはないよ」
諦めモードのドンの独り言に反応した声が視聴室ドア前から聞こえた。急いでドアを開けてみると学園長が笑顔で立っていた。
「学園長…?」
「君がタイラ君の映像データを借りたところみて、つい気になってね。私もあの試合以降何度も借りて、君みたいな反応をしたものだよ」
「ということは、学園長も彼の異様さに気づいたということですか…。仲間ができて少し安心しました。それより“そんなことない”の真意が気になります。もしや、彼の瞬殺阻止の方法がまだあるというのですか?」
「その通り。なぁに、簡単な方法だよ。彼がやったことをそのままお返しすればいいんだ」
「お返し…?」
数分熟考し、閃く。
「彼に強化魔法をかけるってことですね!」
「正解!彼の頭の中は瞬殺されることで一杯一杯。そんな状態で自分が強化されることに気が回るはずがないと思ってね」
「さすがです。鍛錬で自身が強化されることをわざわざ行う人はいないですからね。絶対に不意をつけますよ」
「まぁ今回一度限りの方法だがね」
「一度切りか…失敗しないように特訓しないと」
「頼んだよ。彼はあれだけ興味深い事をしているのに、戦闘時間が短いからデータが少なくて困っていたんだ」
「それでルール変更が迅速だったわけですか」
「ごめんね。ランキング戦を私物みたいにしてしまって」
「いえ、気にしていません。おかげで俺も彼の力を知れたわけですし。というか、ある意味私物化しているのは彼の方かも知れません」
「そうかもしれないね。今回はルール変更した甲斐もなくいいようにしてやられたし…。でも優劣を感じるような嫌な感覚ではないんだよね」
「それ、分かるような気がします。一歩先を行かれるというより、一歩下を行かれる感覚。遜っている感じだから嫌味がないのだと思います」
「それこそが彼の異様な力の根本だったりしてね」
その言葉に2人とも笑い合う。対戦相手に対し、遜る者の姿はあまりに滑稽だからだ。
「では、任せたよ」
「ご期待に応えられるよう頑張ります」
この日からドンの強化魔法の猛特訓が始まった。
演習場で友人2人と実戦。
「腹に強化魔法かけるぞ。そこに一撃を頼む」
「あいよ!」
ドンの強化魔法により強化された友人Aの腹にBの木刀の一撃が命中。
「うぐっ!」
「ごめん。強化効力がまだまだ弱いみたいだ」
「マジで強めにかけてくれ。腹筋がもたん。てか、B。もうちょい手加減してくれ」
「手加減したら練習にならないでしょ」
友人Aの要望通り、全力に近い形で強化魔法を腹にかける。
「頼む!」
「あいよ!」
「うげぇっ!」
「これでもダメか…」
「いや、今のは良い線いっていたと思うよ」
「何で?」
「僕も強化魔法を自分にかけて振っていたしね。それであの程度で済んでいるのはしっかり強化されている証拠だよ」
「ありがとう。だが、まだまだかけるのに時間がかかり過ぎているし、消耗も大きいから大分改善の余地は残っているよ」
「初日でこれは上出来だって」
そこへ痛がっていた友人Aが加わる。
「初日でそこまでするなって。俺を殺す気か!」
「手加減したら練習にならないでしょ」
「段階ってものがあるだろうが!これはもう3段飛ばしはしているレベルなの」
「覚えておくよ。でも、その段飛ばしに対抗したドンの魔法は凄いね」
「いや、まだまだだ」
「ドンは良くやった。問題はB。てめぇだ。次、代われよな」
「嫌だよ。僕は君ほど腹筋を鍛えていないから。君の鍛え抜かれた腹筋の素晴らしさを知っているからこそ段飛ばしに一撃の威力を上げることができたんだ。本当に凄いよね、君の腹筋って」
「やっぱり、分かっちゃう?確かにお前の貧弱な腹筋じゃ役不足だしな。しょうがねぇ、このまま続行してやるよ」
「ありがとう」
初日はドンの魔力がAの腹筋の耐久力より先に尽きたところで終了。自身の強化魔法を多用することが多かった為、他者へ使用することに苦戦していたものの、2週間ほどで慣れる。慣れてからの向上は凄まじく、Aの苦痛も大分軽減されるようになった。
こうして、あっという間に1カ月が過ぎた。