第104話 リベンジ相手
デン・ガーシェがランキング戦で凡太に勝利した次の日の話。
「今日は学校を休むよ。悪いけどで先生に伝えておいてほしい」
「分かった」
弟の要望を聞き、ドンが1人で学園に向かう。
今日まで一度も休んだことのなかったデンの休みの知らせに教師・友人が驚く。デンはよほど勤勉だったようだ。
ドンの友人が質問する。
「何でデン君、休んだの?まさか病気?体は大丈夫なの?」
「体は元気なんだけど、ちょっと精神的な病かな…。ランキング戦でのショックを引きずっているっぽい」
「え?デン君勝ったはずだよね?勝ったのにショックを受けるって訳が分からない」
(詳細を話すと余計に訳が分からなくなるから話せないな)
「俺も訳が分からないよ」
この友人はデンと凡太の試合を観戦していなかったことが幸いし、これ以上混乱しなくて済んだ。ドンの様にデンと凡太の試合を観戦していた強者は、凡太の膨大な魔力量を察知していたので、それを使うことなく降参したことに大混乱した。第三者の立場だったので、凡太が何らかの方法でデンの力量を分析した結果、自身が圧倒的有利と判断し、デンを気遣う形で降参したと推測できた。降参した理由を見つけられた為、混乱から抜け出せた。
ドンは、もしこれがデンではなく自分の身に起きたらと考えるとゾッとした。圧倒的強者に力の差を見せつけられ、勝負すらしてもらえない。完全に舐プだ。この行為はデンが勤勉だからこそダメージをより与えた。今まで努力して培った実力や自信が、全て否定されたようなものだからだ。双子故にドンにはデンのこの気持ちが痛いほど分かった。
(この借りは必ず返す!)
弟の屈辱を晴らせるのは兄だけだ。ドンの決意と共にリベンジが始まる。
ランキング戦の予定表を確認するとドンと凡太の試合は1か月後。それまでに対策を完成させておかねばならない。
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それから1週間経過。
ドンは学園内ライブラリーセンターに来ていた。ここでは多くの書籍はもちろん、過去のランキング戦の映像や各生徒の実技試験の映像を自由に観覧することができる。他の人間から技術を盗み、自身の向上に役立ててほしいという学園長の願いからつくられたサービスだ。映像データはスマホサイズのメモリーに収められており、それを観覧専用モニター横にある特殊な四角形の読み取り機にはめ込むことで再生される。個人情報流出防止の為、撮影や持ち出しは禁止。
現在凡太のランキング戦メモリーは2つ。デン戦とマルコ戦である。デン戦は凡太が降参宣言をしただけなので除外し、マルコ戦メモリーを借りた
漫画喫茶の様に観覧用の個別部屋が10室用意されている。ドンは借りてきたメモリーを持ち、空いている観覧室に入った。メモリーを読み取り機にセットし観覧開始。
審判の開始の合図と同時に何かを呟いたところで一時停止。
「デンのときに見せた凄まじい魔力量増強と同じだ。どうやら彼の技のようだな」
理解したところで一時停止解除。
マルコとの距離を詰め、右手から半透明の気弾のようなものを右拳から放つ。マルコは急に距離を詰められて驚くもそれをかわす。ここで映像を一時停止。
「うまいな。いきなり気弾攻撃されれば誰でもそれに目がいく。それで注意がそらしている間に自身はなんなく至近距離まで接近することに成功したわけだ」
感心しながら一時停止解除。
至近距離まできた凡太にマルコが合わせるようにカウンターアッパーを放つ。もの凄い勢いで吹っ飛び、壁にめり込んで気絶する凡太。
「違和感だらけだが、何がその源か分からない」
傍から見れば、ただのカウンター成功映像なのだが、それにしては成功後のマルコの表情が暗かった。違和感はそこが終点。これはすでに何かが起こっていたことを意味する。
マルコがカウンターを決める場面を何度も巻き戻し再生を繰り返す。そして、アッパーを繰り出す直前に凡太が右足で気弾を蹴っている事に気づく。
「気弾は右肩関節のところに命中して、そこからアッパー…。反射運動みたいなものか?となると、彼はアッパーをくらったわけじゃない…。アッパーを出させたんだ!」
違和感の起点を特定し、脳から一気にアドレナリンが出る。ルール変更で、デン戦のときのように降参できなくなったから、自ら負ける状況を作り出したのだ。
「相当イカレている。なんでそこまでして負けたいんだろうか?」
新たな疑問が発生。考えるのが嫌になり、逃げるように映像分析に戻る。アッパーカウンターのシーンをスロー再生していると、さらに疑問が発生してとうとう退路を断たれる。
「マルコ君のアッパーにこんな威力あったか?強化魔法を使ったにしても強過ぎる気がする。それにタイラさんの奇襲に動揺している中、強化魔法を使えるだろうか?」
5秒沈黙。
複数の疑問が一直線上に並ぶとき、衝撃の答えが浮かぶ。
「彼が強化魔法を使ったんだ…」
先程の自分から相手の攻撃を誘発し、巻き込まれて負ける発想だけでも相当イカレていると思ったばかりなのに、それに追加トッピングまでしていたのだ。ドンは力なく笑う。脳の苦痛を和らげるための行動である。
先程は5秒の沈黙で済んだが、今度は5分沈黙する。思考が現実に戻ってきたところで、現状を整理する。
「彼は負けようとしている。それも最速で。こちらは何もさせてもらえず、ただただ彼の思惑通りの結果に誘導される。瞬殺されているのは彼だが、こちらは精神的に瞬殺されているようなものだ。こんな屈辱的なことあるか?」
舐めプに対する怒り。だが、その怒りは1カ月後の自分の姿を想像してしまったことですぐに消える。
「このままでは瞬勝ちしてしまう…」
決して抗えず、確定された未来。
ドンは生まれて初めて自身が勝利するところを想像して恐怖した。