第103話 初見殺し
「…良い鍛錬になった」
「それはよかったです」
(どこが?息一つ乱してないし、瞬殺ならぬ瞬クリアでしたやん)
包帯男の言葉が、嫌味がふんだんに盛られた謙遜にしか聞こえない凡太。それもそうだ。彼は見事に初見殺し必須の魔改造的当てを初見でクリアしたのだ。まさに初見殺し殺しである。
(このままでは彼にとって無駄な時間になってしまう。かなり早い段階だけど、的当て2個にも挑戦してもらうか…)
凡太は、サイドバックから2個目の的を取り出す。
「今のはほんの準備運動に過ぎません。本番はこれから…、今度は2個で的当てをやってもらいます」
「…そうこなくては面白くない」
(こちらは一つも面白くないですがね)
凡太の精一杯の見栄張りが、圧倒的力量差をうかがわせる発言によりかき消され一気に肝を冷やす結果に。そして今から起こるであろう初見殺しデジャブによる精神的ショックに堪える態勢をとる。
「では、2個目いきますよ」
凡太が的2個を起動する。
(1個で20秒なら2個で40秒?まぁ1分以内には終わるでしょ。いや、さっきのが本気じゃなくて20秒を切る可能性もあるなぁ。ははっ、何カ月もかけてようやくクリアしたのが馬鹿馬鹿しく感じるよ)
さすがに学習し、包帯男の初見殺し行動に対応した想像をする。それでも努力が簡単になかったことにされる現実に対し、ショックは拭えなかった。
凡太は万全態勢で待つが、予想に反し時間が20秒、30秒と経過していく。何が起こっても驚かないように過大評価に次ぐ過大評価をしていたので、これには逆に驚く。そして1分経過。
(どうしたんだろう?調子崩したとか?でも、動き自体は前より悪いわけじゃないし、2個に対応しきれてないだけかな?)
凡太が包帯男を心配する。的当て前と豪く違う反応だ。
3分経過。包帯男の息がとうとう乱れ始める。
(良かった、人間だったんだ…)
激しい動作中に必ずする生命維持活動を目視確認し、安堵する。
残り10秒の段階で1個目をクリア。残る1個の命中数は52。
(ギリギリいけそう…。最後まで頑張れ!)
凡太の心の声が聞こえたかのようにスパートをかける。
そして、5分経過して的が止まる。結果は残り4発だった。
最初に過剰評価していた為、評価基準がおかしくなっていた為、がっかりする反応したが、すぐに冷静になり、基準を元に戻す。
(俺が2個に初挑戦したときは1秒以内に瞬殺されたっけ…。それに比べれば、初挑戦で5分を耐え抜くのは凄すぎるよ。それに1個はクリアしてるし、上出来じゃん)
凡太が包帯男を称賛する。彼は両膝に手を置いて息を整えていた。
「…良い鍛錬だった」
「それはよかったです」
「…君はこれをクリアできるのか?」
「できますけど…って毎日やっているからできるだけですからね?最初の頃なんて毎日のように瞬殺されていましたよ」
「…やってみせてほしい」
「あなたの参考になると思えないので、時間の無駄をさせる気がしてならんのです。それでもいいのですか?」
「…構わない」
「分かりました…」
どんなに難しい事も数をこなせばできるようになる。難しい事は絶対にできないことではないからだ。なので、今から包帯男に凡太が見せようとしている事はそんな当たり前のことであり、つまらない事。だから、やるのを断ろうとしたのだ。
「では、はじめます」
渋い表情をして、2個の的を起動させる。的の方は瞬間移動して消えるが、凡太は消えない。速さに猛烈な違いがあるものの見えない球体から飛んで切る半透明の拳サイズの弾を紙一重でかわしていく。かわしながら次に瞬間移動するであろう未来の移動地点に向かって念動弾を放ち命中させる。このように、かわしながら当てるを繰り返す。何の盛り上がりもないつまらない事象。
的は不規則な動きをするように改造されており、予想不能な動きをするようになっていた。しかし、不規則を繰り返していたことが問題だ。不規則を繰り返せば、いつしかそれは規則となる。つまり、パターン化可能になるのだ。これにより、凡太は魔改造的を攻略したのだ。
3分経過したところで、1個目をクリアする。息は乱れている。
そして4分がちょうど経過したところで2個目をクリアし、2個同時的当てを成功する。いつも通りの結果に何の感情もわかず無表情な凡太。包帯で顔は見えないが、きっと包帯男も同じような表情だろう。それぐらい何の盛り上がりもなく特筆することもない時間だった。
「…やはり凄いな」
「全然凄くありませんよ。あなたなら1カ月…いや、1週間練習するだけクリアできると思うし、私より早くクリアすることも可能でしょう」
「…それは当たり前だ、なぜなら――」
「今日はここまでにしましょう。それでは学園で会いましょう」
「…ああ、またな」
凡太は、褒めるところがないのに強引に褒めるところを引き延ばしてつくろうとする包帯男の優しさに惨めな気持ちになったので、話を早急に切り上げ、逃げるようにその場を後にした。
1人佇む包帯男。
「…強化魔法の質をもう少し上げないとな」
包帯男の超人的な動きは強化魔法によるものだった。騎士団員よりも彼の方が良い結果を出せたのは強化魔法の効力や魔力量が多かったからだ。
「…強化魔法を使わず、あれらの攻撃をかわすのは不可能だ」
的2個が瞬間移動からの攻撃を毎秒のように放つ場面を思い出しながら呟く。それを強化魔法なしで回避する凡人。超人でも理解できないことが目の前で繰り返し起これば、“つまらない”は“面白い”に変わる。
凡太の中で修行は素で挑むものだと認識しているので、自分のように包帯男や騎士団員も強化魔法を使用しないで的当てに挑んでいるものだと思い込んでいた。しかし、現実は違った。彼らはハンデ(強化魔法)を使って対抗していたのだ。ハンデというとズルをしている感じだが、決してルール違反でなくそうすることが普通である。
普通じゃないことも稀に起こる。今回のようにハンデが必要な難関にハンデ無しで挑んでクリアすることだ。しかもそれを毎日やっているということ。
「…本当に凄い」
包帯男が凡太の2個的当てを初めて見た時に言った感想は気を遣った優しさではなく本心からだった。こうして、初見殺し殺しの心酔を促した凡太は、初見殺し殺し殺しに昇格した。
包帯男とは朝練での一件以降、互いに話すことも多くなり親しくなった。ある時、授業で隣になった時、出欠簿の包帯男の氏名欄をみると“ミーラ・マン”と書いてあったので聞いてみた。
「この名前は本名なんですか」
「…偽名だ。学園側は能力重視の為、身元に重点をおいていないからな」
「なるほど…まぁ包帯男さんと呼ぶのもなんですし、ミーラさんと呼んでもいいですか?」
「…好きに呼ぶといい」
偽名を使わなければいけないということは危険から身を隠している証拠。急にミーラのことが心配になる。
「生活はどうされているのですか?」
「…宿を借り、貯金を切り崩して生活している」
「学費もあるのに大変でしょう。そうだ…。ちょっと着いてきてくれませんか?」
凡太はミーラを連れ、研究所のトマスの下へ向かった。
トマスの研究室に着くと、凡太達に背を向ける形で分析作業をしていた。
「おはようございます、トマスさん」
「おはよう。今日は早いな、どうした?」
トマスが背を向けたまま応答する。
「実はお願いしたいことがあって…。私達の寮部屋は1人分空いていましたよね?それを1人使わせていただくことはできませんか?」
「誰かを住まわすってことか?基本的に研究所の職員でないと無理だから諦めて――ん?」
断ろうとしたトマスだが、ミーラを見て急に言葉を止める。
「新しく入居するのは彼かい?」
「はい。ミーラ・マン(偽名)といいます」
「なら許可しよう。メアリー様に伝えておくよ」
「あ、ありがとうございます。さっき諦めろと言おうとしていた気がしたんですけど、急にどういった心境の変化があったのですか?」
「彼は友人なんだよ」
「そうなんですか」
(有能な人間の友達は大体有能って、類は友を呼ぶ説は顕在だな)
「…すまない。よろしく頼む」
「いいんだよ。困ったときはお互い様だろ」
この後、トマスはメアリーへこの件を報告しに行き、無事ミーラの寮への入居は認可された。さらに、学費面や生活面で困っている事を察してくれたのか、学園在学中は研究所で働いても良いこととなった。ミーラはトマスの部下として働くことに。正直分析作業に一杯一杯で動作実験ができていなかったので非常にありがたい人材追加だ。実験では加速シューズが誤作動し、音速を超える速さになりブレーキがきかなくなったときに、その衝撃に耐えうる耐久力とその速さを抑え込む身体能力が必要になる。身体能力の高いミーラならば適任だろう。
とんとん拍子で事が進み、最初こそ呆然とする凡太であったが、ミーラの経済不安が解消され、心の中がスッキリした。