第102話 朝練仲間
早朝の王国内公園。きれいに舗装された街路樹の道。凡太がレベッカとの朝練の後、自分用のアップをしていた。いつも通り、ジョグからのビルド走ラスト3分を、醜苦しい顔でペースを上げて追い込んでいると、後ろから誰かが走って来る。包帯男だ。かなりのスピードだった為、あっさり抜かれる。凡太のラストはキロ3分(時速20㎞/hくらい)ペースだが、それを上回るキロ2分30秒ほどで走っているくらいの差の開き方だった。
この絶望感はガンバール村での修行で散々味わってきたことなので大して驚かず、平静状態を保つことに成功した。
基本的に早朝の運動は効率が悪いとされている。理由は内臓や筋肉が温まっておらず、多大な運動効果が得られる強度75%以上の運動がし辛いからだ。また、起きたばかりで血流が悪い状態では、代謝が活性化されにくくエネルギー生成量が減り、エネルギー不足になりやすい。この面だけみると早朝は筋分解も引き起こしやすいと考えられる。
だが、早朝に運動するメリットは大きい。朝起きてから血流を通常通りにするには3~4時間かかるらしい(朝特有のダルさが消えるまで)。起きてすぐに汗をかく運動をして内臓や筋肉を温めておけば、高強度ができる状態まで早く体の準備ができる。また、気分的にもやらないよりはやった時の方が確実にスッキリするのは事実なので、特に抵抗がなければやるべきだろう。
というわけで、凡太は早朝にちょいきつめの運動をする包帯男に少し好感を持った。
それから1週間。凡太は毎朝運動をするのだが、包帯男も毎日現れ、抜いて行った。これにより、仲間意識が芽生えた。
今日もいつものように抜かれた後、包帯男が公園の人気のない林の開けた場所で自己流の鍛錬をしている事は知っていたので、そこに行って話しかけてみることにした。
「おはようございます。毎朝の鍛錬、偉いですね」
「…君もじゃないか」
「質が違いすぎます。あなたの方が凄いですよ」
服の下からでも分かる膨れ上がった足の筋肉。それの見解だ。
「…この程度の事は誰でもできる。…君のように追い込むことは誰でもできない」
「追い込むことこそ誰でもできますよ。元々ある力を使うだけですからね」
「…それが難しい。…だから君の方が凄い」
「いや、凄くないですって。続けていれば嫌でもできるようになりますし」
凡太はほぼ初対面の相手と円滑にコミュニケーションを行う上で、まずは相手のやっている事を褒めるようにしていた。自分の努力していることが他人に高評価を受けて気分を害する人などいない。承認欲求は誰にでもあるからだ。
今回もそうやって、相手の懐に入ろうとしたのだが、見事にカウンターをくらう形になった。無口なのはコミュニケーション能力が低いことに直結しない。それを見事に証明するように包帯男が凡太の気分を晴れさせた。
「…続けていてもできない。…よければ教えてほしい」
「えっ…?あなたの方が強いですし、学ぶ事はないと思いますが…」
「…たくさんあると思う。…だから頼む」
「分かりました…。でも、期待しないでくださいね!」
「…ありがとう」
頭を下げられては断るにも断れない。こうして、弱者が強者に指導する奇妙な構図が出来上がる。
アップはお互い完了していたので、包帯男の実力測定がてら、的当てをやってもらうことにした。もちろん魔改造版で、1個からのスタート。
「この球体へ5分以内に100発攻撃を当てればクリアです。ただ、この球体は不規則に高速移動して、攻撃までしかけてくるのでご注意を。難しいので何度失敗しても気に病むことはありません。お恥ずかしい事に私なんかできるのに数カ月もかかりました」
「…分かった」
いきなり魔改造的をやってもらうのは、包帯男の実力に合わせての事。どうせ普通のレベルの的だと楽勝にクリアするので時間の無駄になると思ったからだ。それと初見殺しである魔改造版で強者に対して優越感を少し味わいたいという下らない魂胆もある。最近は騎士団員にもちょくちょく魔改造版を貸し出しており、そのときに彼らが手こずる姿を見ていた。これは強者にも魔改造版が通用するということ。つまり、結果の約束された初見殺しが今から始まろうとしているのだ。
「いきますよ」
凡太が対象を包帯男に設定し、的を起動させた。安全の為、緊急停止スイッチを握る。包帯男は右手の木刀を構える。
(さて、何秒もつかな?)
凡太が優越感にひたるべく、教師面して眺めようとした途端、その面が一気に青ざめる事象が発生する。
最初の1秒で包帯男と球体が高速移動(というより瞬間移動)して目の前から消えた後、どこからか激しい打撃が何度も聞こえる。5秒後に高速移動空間から戻ってきて、ようやく目視可能な状態に。凡太が球体の側部にある命中数が表示されるモニターを確認すると、25と表示されていた。
(ありえない…1秒に5発も当てたことになるぞ。それにちゃんと的の攻撃をかわしながら当てているし…)
魔改造的の攻撃は一発くらえば気絶するレベル。今の元気な包帯男の姿をみれば、当たっていないことは一目瞭然だ。騎士団員の初見時は平均5秒ほどで気絶している。しかも、反撃はできずにかわすことに集中していて、この秒数。反撃を成功し、かつ多量の手数をあてる包帯男が異常なのだ。
開始から20秒経過。100発当てられた球体が停止する。
初見殺しを見事にクリアする包帯男。その姿をみて、開いた口が塞がらない凡太。それはまさに、包帯男の圧倒的強さをみて初見殺しをくらった表情そのものだ。