第100話 無関心VS一貫性
凡太が仕事を終え、アパートに帰宅。
「ただいまー」
「おかえりなさい。待っていてください。今ご飯の支度をしますから」
「いいよ。毎回用意してもらっちゃ悪いし、今日は俺が作るよ」
「…。分かりました、お願いします」
レベッカは凡太から今朝もらった本を集中して読み続けており、よほど気にいってくれたようだ。そんなお楽しみ時間を邪魔しないように着替えてから、料理を作っていく。凡太が料理を作り終えるのと同時にレベッカの方も一冊読み終えたようで、揃っての食事となった。
食べ終えて、食器を洗っている際中に不安がよぎる。本によってレベッカの楽しみが増え、不安が多少解消されたのは良い事だが、今後またマリアが倒れた場合はどうなるのだろうか。そのときにマリアや本だけでなく別の精神的支えとなるものが必要だ。例えば友達。孤高のインドア派の彼女にとってはつくることは難しいと思うし、必要ないと答えるかもしれない。だが、そういう孤独な人間にこそ、一人でもそういう人物が見つかれば大きな安心感と幸福感を生むだろう。
インドア派をアウトドア派にするには誰かと一緒に運動することが一番効果的だ。特にやや強度の高い運動。これにより、脳内神経物質の動きが活発になり、セロトニンやアドレナリンも生成されやすくなる。気持ちに余裕が生まれた上で積極性が増すので行動するのが楽しくなる。そんな幸福感の中、近くに人がいて、同じ行動をしているなら、同調効果も助ける形となり、人と話しやすくなるし、話したくなる。コミュニケーションの回数が増えれば、親密度も増えていくので、そこまでくれば友達となる条件は満たしているだろう。
(いきなり朝練に誘っても断られるのがオチだな)
インドア派は興味がない事にはとことん興味がなく、無関心なものだ。そんな重たい腰を上げさせるにはどうすればよいだろうか?
どうやら、今からその問題に立ち向かう様だ。
「レベッカ、悪いんだけどここ教えてくれないか?授業で聞いていてもさっぱりだったんだ」
「どれどれ…。一般男性の強化のときに効果量をあげる為の方法と効果量の計算ですね。一般男性基準の強化の話はよく出てくるので、ここで覚えておくと楽ですよ。計算式はこの公式が使えるのでそのまま当てはめれば楽ですよ」
「なるほど…。授業より分かりやすかったよ、ありがとう。続け様ですまんが、こっちも教えてほしいです、先生」
「しょうがないですね…」
このときレベッカの表情は口調に反し、どこか嬉しそうだった
こうして、凡太は1時間ほどレベッカに教えてもらった。
「今日はありがとう。もし負担じゃなければ明日も教えてもらってもいいかな?」
「構いませんよ」
「ありがとう。でも、教えてもらってばかりじゃ悪いなぁ…。そうだ。早朝にトレーニングしているんだけど、よかったらレベッカも一緒にどうかな?確か就活を有利に進める為に、特待クラスを目指しているんだよね。だったら、トレーニングしておいて損はないと思うよ」
「うーん…。体をうごかすのは苦手ですし、そもそも運動センスがないんですよ」
「運動センスなんていらないよ。なくても特待クラスに入れるレベルにはなるさ。現にセンスのない俺でも入学できたからね」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。正直レベッカに助けてもらってばかりで、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。これを受けてくれればお互いに気分よく過ごせると思う。だから、哀れなおっさんを助けることだと思って、ここはひとつよろしく頼む」
「分かりましたよ。ただし、この1週間だけですからね」
「ありがとう、恩にきるよ」
こうして、凡太はレベッカの重たい腰をあげさせるのに成功した。レベッカの行動理念の“困っている人がいれば助けなくてはならない”が作動し、断りたくても断れない状態になったのだ。自分はこういう人間だからこういう行動をしないといけない。何かめんどくさい選択肢が目の前を転がって来た時に、脳はその処理を簡略化する様につとめる。そうやって一貫性を保つように考えるのが、面倒くさがりの脳にとって省エネになり、有益であると判断されるからだ。