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戦う無能おっさん  作者: 成田力太
序章
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第1話 転移申請


深夜の高速道路。一人のおっさんが鼻歌交じりに運転していた。


おっさんの名は(たいら) 凡太(ぼんた)、35歳製造業。身長165㎝体重55kg黒髪坊主の独身だ。


出張帰りでこの後は会社に寄らず、家に帰るだけなので服装は上下黒ジャージ。出張先から家までは、休憩ほぼなしでも7~8時間かかる。憂鬱さと眠気を振り払いながら、ふと前を見るとフラフラ走行する黒いセダン車を発見。


(居眠り運転か?頼むから何も起きないでくれよ) 


その願いも空しく5分後、おっさんは死んだ。



~~~


「平さーん」


 清々しいほどの爽やかな声で気が付くと、市役所のようなところで茶色の長椅子に座っていた。


「平さーん」


もう一度呼ばれる。②と書かれている面談席のところで中年の眼鏡をかけたスーツ男が手招きしている。言ったら失礼かもしれないが、昭和のTHEサラリーマンである。とりあえず、その男の向かい席に座る。丁度横の仕切りには“転移課”と書かれている。 


(はいはい。あれね)


 生前、この手のラノベや漫画をよく読んでいた凡太は落ち着きを取り戻し、話に耳を傾ける。


「この度はご愁傷様です。先ほどの転落事故により、あなたの死亡が確認されたので転移のご案内をさせていただきます。なお、転生がご希望であれば、記憶を全て失ってしまうという条件付きですが、あちらの転生課で手続きが可能です」


 左後ろの“転生課”面談席群を左手で差している。


「転移でお願いします」 


 全記憶消失はさすがに厳しいのでそう答えた。


「畏まりました。なお、転移後の姿は死亡前の健康体となります。それでは、サービスとして転移後のスキルをこちらからお選びください。チェック記入欄にチェックが終わりましたらまたお呼びください」


 分厚い辞書のようなリストを渡される。


「分かりました。ところで皆さん忙しそうですが、いつもこのような様子なのですか?」


先程から数十名の職員達が駆け回り、客の対応に追われている。周りの忙しい雰囲気をあえて無視していたが、ついに我慢できなくなったので聞いてみた。


「ここ数年で異世界転移・転生者の増加により、神世界ではそれらの処理の為、神役所が設置されました。増加前までは転移後のスキル無限選択や記憶を維持したままでの転生などサービスが充実しておりましたが、昨今ではこちらの処理能力を大きく上回りまして――」

「ねぇ、まだなの!?」

「すみません、別のお客様の対応にいって参りますので、リストの記入が終わりましたらまたお呼びください。はーい、今伺います!」


 説明のお礼を伝える間もなく、次客の対応へ向かった。


(なるほど! これで彼の対応が事務的でテキパキしているのも合点がいく。しかし、需要供給のバランスが神側で崩れるとか、俺達どれだけ神頼みなんだよ…にしても、神様だいぶ気遣ってくれているのにあの態度はないわ…)


 心の中でぼやきつつ、リストの方に目を通す。

 注意事項がいくつか書かれている。


1.スキル選択は最大2個まで

2.上位スキルは面談官の評価によって習得の有無を決める

3…… パラパラとぺージをめくり続けていく。全部で1000項目もあった。


(読むのを諦めよう。おそらく全項目網羅しているスーツエリートな彼には「ちゃんと読みましたよね」と注意を受けて迷惑をかけるかもしれないけど、そのときは思い切り謝ろう)


そう決意し、今度はスキルリストを見る。

 

 最初は“身体能力・魔力量10倍強化”と魅力的なものが書いてある。その隣に“転移後から100万年待ち”と書かれていた。


(100万年待ち…。そもそも寿命が尽きるのが先だし、こんなもの誰が選ぶんだ? 永久寿命と合わせ技でいけそうだが、おそらくそれもこの膨大な待ち時間だろう。この待ち時間は神様がこの能力処理にかかる時間をそのまま表したものではないだろうか? だとすると、その時間量が多いスキルを選ぶほど、神様に負担が大きくかかるのかもな)


 次に書かれた“全属性魔法使用可”も同じ待ち時間になっていた。おそらくこれらサービスからくる負担の緩和策として注意事項が設けられたのだろう。特に事項1、2番で負担を大幅に減らせそうだ。2番の面談官の評価というのは、おそらく生前の行いについてだ。例えば、世界中の戦争を終結させ、平和をもたらし、世界統一させた実績が高評価となる可能性が高い。つまり、現世で誰もが尊敬するような凄いことを成し遂げていないと上位スキルの習得は認可されないという事。

 自分の人生を3秒で振り返り、自信を持って上位スキル習得は無理であることを悟った。ぶっちゃけ、蘇生させてくれるだけでもありがたい。あと、神様の負担のことも考えるとこのまま何も選ばず、白紙で提出しても良いくらいだ。


 だが、せっかく用意してくださったスキル習得という厚意(この分厚い選択リストというより辞書)を無下にできない。1つだけ選ぼうと渋々ペンを持ったとき、ドンッ!と背中を押された。さっきの彼とは別の事務神様が「忙しー忙しー」と言いつつ後を通過する。その仕事振りをみて、やっぱり負担のかかるものは選べないと再認しつつ目の前のリストに目をやると“身体能力・魔力量10倍強化”の項目にチェックマークがついていた。さっき押されたときにその拍子でマークをつけてしまったのだろう。


(やべー! 修正液とか修正テープはないの?)


 慌てる心を深呼吸して沈める。冷静になって考えてみると注意事項2番で絶対認可されないことが確定しているので、修正を諦めて再度リストに向き合った。最後の方に待ち時間の少ないスキルが並んでいるパターンの気がしたので、最後のページまで一気にめくった。すると“待ち時間なし”のスキルが並んでいた。

 その中から“翻訳能力(1国分のみ)”を選んだ。例の彼の仕事が落ち着いたころを身図り、そっと呼ぶ。


「お待たせしました。記入の確認お願いします」

「はい。では、確認させていただきますね。少々お待ちを…」


 そう言うと、リストをパラパラとめくり始めた。

 この時、不意に事故後のことが気になり、聞いてみた。


「そういえば、あの事故で私以外に死者はいましたか?」

「いませんでしたよ。もう一人衝突事故の方がいましたが、奇跡的に軽傷です」

「死んだのはついてなかったけど、そっちの方はついていたみたいで良かったです」


ニコっと凡太が笑い、つられてクスっと彼が笑う。


 数分後。


「以上で手続きは終了です。それでは、よい異世界生活を!」


いきなり手を振られ、見送られる。

円柱状の光に体が囲われ、転送されていく。

別れがあっさりしていることから、結局あの上位スキル習得の件も却下されたと予想する。


(さて、どうなることやら)


 凡太の姿が光と共に消えた。


「いっちゃいましたね」


どこか寂しそうに事務神様が言う。


「ああ、そうだな」


スーツの彼(事務神様の上司)も同じ気持ちで言う。



~~~



 神役所・休憩室にて。

 彼らは今、52インチスクリーンモニターで凡太の事故直前のシーンを見ている。


  フラフラ運転していた車のドライバーは案の定、居眠り運転をしていた。その数キロ先の出口分岐点奥で車が故障し止まっている。その車の運転手とレッカー車運転手が遠くから止まってくれと手を振っていた。このままだと居眠り車がぶつかる。凡太は咄嗟に自身の車を急加速させ、左横に並んで寄せた。そのまま居眠り車を押し、ショックプロテクターに衝突させる。自身は故障車一行をかわす為、ガードレールをつきやぶり、真下のコンクリートに落下し、圧死。ここで映像が途切れる。


「自分がただの人間だったとして、赤の他人を救う為にわざわざ自分の命を危険にさらす行動をとれるか?」

「死んでも嫌ですね。今回のように本当に死んじゃたら元も子もないですよ」

「確かにな。しかし、ガードレールからの落下地点が高所だったのはついてなかったな。そこまではアクション映画並みの活躍と運の良さだったのに」

「最後は他人の為に文字通り必死するとか、今時こんな馬鹿な人間がまだ世の中にいたのには驚きました」

「しかも他人のせいで死んだっていうのに、それを笑って済ますのも馬鹿だよなぁ」

  

「ははは…」


力なく笑う二人。目は全く笑っていない。


 彼らは神にも関わらず、人間に対して下手に接することで、優越感を刺激させてその人間の本質を評価していたのだ。


「しかし、面白い人間でしたね。心の中で私達に”迷惑をかけちゃいけない”って、ずっと気を遣っていたんですよ。スキル選択で悩んでいる時、じれったくなってつい背中を押しちゃいましたよ」

「あれ、やっぱりおまえだったのか。最後の書類確認時の彼の心、何かを受け入れたかのようにずっと無心だったから分からなかったぞ。考えてみれば彼がそんな選択しないわな」


「ははは!」


今度は豪快に笑う二人。


「で、そんな彼の評価結果はどうなんですか?」

「そりゃ、もちろん――」

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