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宇宙の人

作者: 恋する力士


 星が朽ちていくのをただ眺めていた。

 私はコーヒーを啜ると、記録カメラのシャッターを押した。センサーに異常がないことを確認し、この星雲を去る準備を進める。この職について八年、慣れた操作だった。

 他に誰もいない静かな船内。まるでこの宇宙にたった一人でいるみたいだ。


 今しがた爆散したのは草木も育たない荒れ果てた惑星だ。私の業務記録上、今月で七件目となる小さな小さな星だ。

 故郷から伸びる輸送路は私のすぐ後ろまで迫っている。上司の命令はいつもギリギリに伝えられる。この仕事では妻や生まれたばかりの娘にもそう頻繁に会えないし、会社のノルマだって給料にはとても見合うものではない。しかし、やりがいはあった。

 私たちの運搬が故郷の人々の暮らしを豊かにすることはよくわかっていたし、何より星の終わりというこの美しい光景を間近で見られることは役得だと思っていた。

 なんだかんだ私はこの仕事が好きだった。


 うなるような警報音が船内中に低く響き、ハッとする。アームの一つが故障したようだ。

 瓦礫か何かがぶつかったのだろうかと、首をかしげる。しかしうちの船は決して安物ではないし、星の起爆前に地質調査は済ませてある。そう簡単には壊れないはずだった。

 今度はまた別のアラームが一気に二つも鳴り出した。その音色から酸素濃度の低下と、左舷通気口が破損したことを悟る。

 建設業において焦りは禁物だ。一つのミスが大きな事故に繋がりかねない。そう頭では理解していても、私は内心冷や汗をかいていた。


 念のため宇宙服に着替え、本社に緊急電話をかける。大きな船ではないのでコクピットから三十秒も早歩きをすれば、脱出ポッドに辿り着く。

「公共事業部、輸送路建設係です。どうされました?」

「もしもし? 起爆後、船が破損しました。これより船を脱出します。回収船の出動を願います」

「落ち着いてください。今しがた船の共有データを確認しましたが、船の破損レベルは最低基準です。回収船は送れませんし、そもそもご自身での修理が可能な範疇です」

「そんなことはわかっています……」

 心臓の鼓動が速くなり、宇宙服内装の柔らかいプレートに胸骨が繰り返しぶつかる。

「しかし事前調査を鑑みると、どう考えても船の破損は異常です。どうも嫌な予感がするんですよ」

「工事員の個人的な判断で高額な回収船出動はできません。どうしてもと言うなら、出動費は会社ではなく個人負担となりますが?」

 私はお役所気質なオペレーターに思わず舌打ちをする。悪寒がする。何かがおかしいと私の本能が告げていた。

 足先は既に脱出ポッドへ向かっていた。

 オペレーターが修理手順をマニュアル通り読み上げるのを無視して、廊下に無機質な足音を響かせる。

 ふと、異変に気づく。

 最初は埃か影だと思ったが、どうも違う。壁に何か筋のようなものが走っていたのだ。

 よく見るとそれは緑色で、わずかに動いていた。

 手でそれをなぞり、顔に近づけてよく見る。菌のようなものだろうか。微小な粒が集まっているらしい。

 そのときズシンと船が揺れた。また星のかけらが船にぶつかったのだろうか。私は理屈を考えることを放棄し、走ることにした。

 数秒して、扉についた円状のドアノブを両手でつかむ。何度か回したところで、扉が音を立てると共に感触を変え、ロックが外れたとわかる。その間数回船は揺れた。

 ポッドに接続された重い扉を開く。

 そこに棒立ちする人影があった。あたりは暗く、どこに顔があるのか、そもそもそれに顔があるのかもわからない。

 私が声をあげるよりもはやく、その影から一筋の緑色の何かが伸びてきて、鼻の中に入った。

 大きな針で突き刺されたような痛みと共に、頭部が激しく痙攣する。

 助けを求めたかった。しかし私の口からはうめき声すら出なかった。

「説明は以上になります。一時間もあれば修理は完了するでしょうし、その間残業手当も出ます。修理が終わっても警報音が鳴るようでしたら、また連絡をください。専門の修理班に向かってもらいます。よろしいですか?」

 沈黙。痙攣。

「もしもし? 聞いてますか?」

 沈黙。

「もしもし?」

「はい! 聞こえますよ!」


「他に何か不明な点はありますか?」

「これよりあなた方の星に向かいます!」


「はい? 本当に私の話を聞いてました?」

「妻子眷属、一族郎党! 一人残らず皆殺し!」

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