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災厄は顕現する

「ガイラフ王、この度はお招きいただき至極恐悦の極みです」


 アリエッタの兄ゲリッツがガイラム王の前で跪いた。

 今の彼は父から領主の座を継いでおり、徹底した改革により国内でも上位に位置するほどの領地に仕上げていた。

 アリエッタを追放してからというもの、ゲリッツはすべてが上向いているので上機嫌だ。

 ガイラフ王はまずゲリッツに労いの言葉をかけた。


「ゲリッツ。フォルツランド領の統治、まことにご苦労であった」

「ハッ! ありがたきお言葉です!」

「今やフォルツランド領の治安と武力は国内でもトップクラスと聞き及んでおる。そなたの魔術式あってのものだな」

「【極氷】の魔術式をもってすれば理論上、どんな生物も生命活動を停止します。これは自慢ではなく、事実です」


 フッと国王が笑う。ガイラフ王が謁見の間に招待した者は間違いなく出世するという噂をゲリッツは信じていた。

 労いの言葉をかけてもらったことで、更に気分が高揚する。

 アリエッタを追放してから一年、ゲリッツは彼女が疫病神だったとさえ思っていた。

 アリエッタは最弱の魔術式が刻まれている。神からも嫌われている。

 それに比べて自分は最高といっても過言ではない魔術式が刻まれた。

 ゲリッツは思い返すほど、当然の帰結だと確信する。


「頼もしいな、ゲリッツ。我が国は魔道具技術の発展だけではなく、魔術師育成にも力を注いでいる。そんな中でそなたのような人材がいたことを嬉しく思う」

「身に余る光栄です!」

「そこで、だ。お前には……」


 ガイラフ王が何かを言いかけた時、謁見の間に急ぎ足で入ってくる重臣がいた。

 青ざめた表情で呼吸を整えてから口を開く。


「ハァ、ハァ、へ、陛下! お知らせします! グオウルム率いるゴーレム部隊とシャモン率いる魔道術撃隊が壊滅しました!」

「……なんと申した?」

「で、ですから、ゴーレム部隊と、魔道術、撃隊が……壊滅しました……」


 突然の報告にガイラフは眉を顰める。この場にいるゲリッツなど、夢の中にいる心地だ。

 たった今、自分は出世を確約されるところだった。非現実的な情報など受け入れられるはずがない。

 ゲリッツは唾を飲んで、成り行きを見ていた。


「敵の勢力は如何ほどか」

「そ、それが、たった一人の少女と……正体不明の魔物が数匹……」

「何日前だ」

「数日前、です……」


 たった一人の少女と魔物に自軍を壊滅させられた。そんな情報をガイラフ王は受け入れられずにいる。

 先日、王国会議で話し合った敵である少女がこれほどなどと誰も考えていない。

 議題に上がっていた少女はたった一人で魔物を率いて、そして王国の最高戦力を打ち破ってしまった。

 ガイラフ王は体の芯にジワリと何かが染みる感覚を覚える。

 その少女が魔術師であり、一人の人間であるとなぜ思い込んでいたか。人間ではない可能性をなぜ考えなかったか。

 かつて人間界は何度も危機に陥り、あるいは滅んだ。長い歴史を振り返れば人間など無力。

 人間を滅ぼせる災厄が再び顕現したとなぜ考えなかったのか。ガイラフ王は玉座に座ったまま目を泳がせている。

 そんなガイラフ王の様子を見たゲリッツがおそるおそる声をかけた。


「へ、陛下。あの……」

「アザトゥス」


 ガイラフ王の傍らにスゥっとアザトゥスが姿を現わした。

 思わぬ人物の登場にゲリッツは小さく悲鳴を上げる。


「陛下、すでに事態を把握しておりますぞ」

「うむ。ではあれを急がせろ。そこにいる者を使っても構わん」

「ハハーッ! 仰せのままに!」


 アザトゥスが近づくとさすがのゲリッツも警戒する。

 アザトゥスは浮いたまま、ゲリッツに直線的に近づいた。

 仮面の奥から覗くアザトゥスの瞳に恐怖しつつも毅然として立つ。


「何者だ!」

「ワシは四星の一人、王国魔術開発局長アザトゥス。名前くらいは聞いたことあるじゃろ?」

「あ、あぁ。あなたが……」

「おめでとう、お前は選ばれた。謁見の間に招かれた素材はお前が初めてじゃ」

「素材?」


 ゲリッツは言葉の意味を朧気ながら理解した。

 アザトゥスの異様な風貌とガイラフ王の自分に向ける冷たい眼差しで、何のために呼ばれたのか理解してしまう。


「へ、陛下!」

「ゲリッツ、お前のような逸材……いや。素材が手に入って嬉しく思う。喜べ、お前の魔術式は魔術式が刻まれなかった者達に平等に与えられる」

「い、意味が」

「魔術開発局では人工魔術式の研究を行っていてな。当初はゼロから魔術式を刻もうとしていたが、なかなかうまくいかなかった。それで思いついたのが魔術式の抽出だ。我が国の技術をもってすれば抽出した魔術式を多くの人間に刻み、多くの人間がそなたの魔術を使うことができる」


 ゲリッツはようやく自分が置かれている状況を明確に認識した。

 自分は決して出世のために呼ばれたのではない。そうとわかったゲリッツはいかに相手が国王といえど迷いはなかった。


「この、この私の魔術式を利用するというのですか! 国王だからといって、やっていいことと悪いことがある!」

「これこれ、陛下の御前であるぞ。おとなしくせい」

「貴様も貴様だ! 仮面なんぞしおってからに、私をどうこうできると思うな!」


 ゲリッツは魔術を発動した。自分を中心に放たれる凍てつく氷魔術は範囲内の生物の活動を停止させる。

 アブソリュート・ゼロ。永久凍土の世界すら構築できるこの魔術は理論上、相手が生物であれば負けない。

 ゲリッツは国王もろとも永久凍土の世界に閉じ込めるつもりだった。


「哀れな」


 アザトゥスがそう呟いた時には氷の世界が停止した。

 ゲリッツが見えない何かに吹っ飛ばされてしまったからだ。


「ガハッ!」

「勘違いするでないぞ。優秀と褒めたが、それはあくまで凡人の枠組みでのこと。三百年をかけたワシの魔術式に敵うはずがなかろう」

「さん、びゃくねん、だと……」

「小僧、よくも陛下とこのワシに危害を加えようとしたな」

「う……」


 ゲリッツは痛みを感じながらも立ち上がろうとした。しかし体が動かない。

 アザトゥスは悠々とゲリッツに近づいて、彼の身体を宙に浮かせた。


「う、動け、ない……」

「怖いじゃろう? お前にワシの魔術式の正体などわかるはずもない」

「何を、する気だ……」

「さっきも言ったじゃろう。お前の魔術式は抽出して有効利用する。お前は陛下に選ばれたのじゃ。こんなにも光栄なことなどなかろう?」


 ゲリッツは宙に浮かされてアザトゥスを見下ろした。

 これほどまでに圧倒されたことがかつてあっただろうか。歴代最強と言われて父親すらも超えていると持て囃された自分が、どうして。

 気に入らない人間はすべて叩き潰してきた自分が、どうして。

 ゲリッツは生まれて初めて屈辱を味わった。恐怖を味わった。


「うむ、今のうちに泣くがよい。それもすぐに」

「こんにちはー」


 謁見の間に少女の声が響いた。ガイラフ王とアザトゥスから離れたところにぽつんと少女が立っている。

 他には幼女と犬、猫、鳥。奇妙な取り合わせの上に突然、現れたその一味にアザトゥスもすぐに反応できずにいた。


「あれ? もしかしてお取込み中? 日を改めたほうが……いや。別にいいか」

「アリエッタ。とっとと殺して帰るぞ」


 何の苦もなくこの場に姿を現わすことができた少女を普通の人間と認識できる者はここにはいない。

 この時、ガイラフ王は確信した。そこにいる少女こそが自軍を打ち破った怪物なのだと。

 汗がドッと噴き出て玉座から立ち上がった。

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[気になる点] アリエッタを追放してから一年後? 時間軸どうなってるの?
[一言] お使いに来たようなのりで人殺そうとしてますね
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