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災厄は呑む

「手筈は整ってるー?」


 シャモンはグオウルムの部隊と共同戦線を張っている。

 グオウルムのゴーレム部隊がアリエッタを引きつけている間、シャモンの部隊が魔術の準備を進めていた。

 クリプタ平原を囲むように、至る所にシャモンの部下が小隊を組んで作業を分担している。

 魔術に必要な触媒、魔法陣、魔術詠唱。手間がかかるだけではなく、触媒一つとっても庶民の数年分の年収ほどの値打ちものだ。

 しかしそれも軍の予算で賄えるため、シャモンにとっては何の痛手にもならない。


「シャモン隊長、こっちは整いました!」

「ケール、さっすがー! 頑張ったから浮気は許してあげるー」


 年齢が三十を目前に控えているシャモンは十歳も年下の副隊長ケールと付き合っていた。

 ケールはいわゆるハンサムであり、伯爵家の息子とあってシャモンのお気に入りだ。

 そんなケールだが、以前は婚約者がいた。シャモンはその事実を知っていたが、彼女は隊長という立場を利用して連日のようにケールを誘惑する。

 その甲斐があって、ケールはすっかりシャモンに依存してしまった。いわゆる寝取りだ。

 これにはさすがに部隊内でも物議を醸しだしたが、口答えなどできるはずもない。

 家同士どころか国を巻き込む騒動になるかと誰もが思ったが、シャモンが魔術一つで収めてしまった。


「シャモン隊長、これが終わったら久しぶりにデートいきませんか?」

「そうねぇー。どこがいいー?」

「王都の『ドラゴンオーシャン』がいいです!」

「最高級ねぇー。あそこの最上階からの眺めは格別っていうしねー」


 公私混同も甚だしいが、誰も二人を咎めない。できるはずがなかった。

 常に隊長と副隊長によるのろけ話を聞かされている部下達はうんざりしていた。

 一方、シャモンはこれから起こる事態を想像してデートのモチベーションを高めている。


(グオウルムのバカ、今頃は張り切って戦ってるんだろうねー。この私が何をしようとしてるかも知らずにさー)


 シャモンは地面に描かれた魔法陣を見て笑みを浮かべる。

 グオウルムには大規模の攻撃魔術が発動すると伝えているが、実際はそうではなかった。

 シャモンが発動させようとしているのは殺界・瘴海陣。一定の範囲に有毒の霧を発生させる魔術だ。

 この世界とは違う魔界の瘴気を模したもので、吸えば体中のあらゆる機能が低下する。最後には思考力さえも奪われて逝くので、後手であれば対策の余地もない。

 これがゴーレムの操縦席に充満すれば、ゴーレム部隊ごと葬りさることができた。


(あのバカの部隊はそろそろ消えてほしいんだよねー。大体、魔術師がいればそれで充分でしょ? 無駄を省くのも私らエリートの仕事ってわけ)


 グオウルム達を殺した後は死体を焼却処分すれば証拠隠滅できる。

 ついでにターゲットであるアリエッタも葬り去ることができるのだから、シャモンはずっと口元を歪めていた。

 当然、この非人道的な作戦に全員が賛同しているわけではない。

 ただし異を唱えるという行為がどのような結果を生むのか、部下達はわかっていた。

 それに彼らの中に大きく反対している者は皆無で、全員がすぐに仕事を終わらせることしか考えていない。


「さぁ、準備はできた? そろそろ始めるよー?」

「各自、持ち場につけ! これより詠唱を開始する!」


 魔術師達が詠唱を始めた。魔法陣がぼんやりと光って、いよいよ殺界が発動する。

 殺界という文字の通り、内側にいる者達を極めて高い精度で殺害する結界の亜種だ。

 結界のように守るのではなく殺す。戦争において使用すれば、勝利しても各国から非人道国家として語り継がれると言われている。


「ふふっ! アハハハハッ! さぁー! やっちゃってよぉぉーーー!」


 シャモンが高らかに笑い、殺界が発動した。クリプタ平原を紫色の霧がドーム状に覆う。

 遠目では綺麗なスイーツに見えるため、シャモンは少しだけ涎を垂らした。


「終わったわぁー!」


 仕事を終えた。やり遂げた。邪魔なゴーレム部隊は消えた。

 術騎隊に続いてゴーレム部隊がいなくなれば、エイシェインは魔道術撃隊の一強となる。

 武者震いしたシャモンは部下と共に成功を分かち合おうとした時だった。


「う、うあぁぁぁッ!」

「ぐあぁ!」


 発動直前で魔術師達が次々と血を噴出して倒れた。次にシャモン達は上空からの風圧で吹っ飛んでしまう。


「な、なによぉ!」

「う、上に、ま、魔物がっ!」


 シャモンが見上げると、そこには上空を覆わんばかりの翼を広げた巨鳥がいた。

 シャモンは思考も動きも停止する。そこにいるものの存在が、シャモンの頭では理解できない。

 魔物、化け物、異形。身体の内側を何かに掴まれるような感覚を味わった。


「テ、テール! げ、げ、迎撃しなさいよー!」

「は、ハッ! 私の魔術式は『不響』! 奏でろッ! 狂音ッ!」


 テールの魔術式は、対象がもっとも受け入れがたい音を発生させるというものだ。

 制限時間はあるものの、音を脳が認識すれば無意識のうちに行動のずれを生じさせてしまう。

 例えば攻撃行動を取ろうとすれば防御行動をとったり、逃走であれば敵陣に突っ込む。

 行動を乱れさせることができるその魔術式は周囲にも影響を与えず、一対一では絶大な強さを誇った。


「これであの化け物もわだ、じ、の……」

「テール!?」


 テールの全身が切り刻まれて、体の各部位が地面に落ちた。

 シャモンの部下達も同じ末路を辿っており、同時に暴風で塵のように飛ばされる。

 巨鳥は羽ばたいただけだ。それが大量殺戮を実現させる疾風の刃となっていた。

 シャモンは思わず自分の身体を確認してしまった。無事であったものの、彼女以外は死体になっている。


「あ、あ、いい、いぃ……」


 歯の根が合わず、シャモンは生まれて初めて恐怖を感じた。

 これまで山ほど魔物を討伐してきたが、これほどの異形など遭遇したことがない。

 巨鳥の前では先ほどまで誇っていたプライドなど、ほとんどなくなっていた。

 そんな彼女の下に少女が現れる。もう一人は幼女で、猫と犬を連れていた。

 訳が分からず、シャモンは必死に恐怖を抑え込んで少女達と対峙する。


「な、なんなのよぉッ!」

「やってくれたよね。あれってあなたの仲間も巻き添えにするつもりだったんでしょ?」

「だったらどうするってぇー! まさか怒ってるわけぇ!?」

「いや、別に。ただ面白いなぁと思っただけ」


 シャモンは少女の言葉の意味がわからなかった。大がかりな準備をして用意した切り札が通用しなかっただけでも受け入れ難い。

 どのようにしてここに現れたのかもわからない。かすかにほほ笑む少女は余裕の態度であり、目の前にいるのは王国最強の魔術師である自分。

 このような状況などあってはならない。シャモンはそこにいるのが化け物だとわかっていても、魔術でねじ伏せたくなった。


「面白いってぇ? この私を誰だと思ってるのさぁ! 魔導術撃隊の隊長にして王国最強! あんたの魔術式が何であろうと、私には勝てないッ!」

「じゃあ、試してみればいいよ」

「サモンッ! シルフィニルッ!」


 シャモンを竜巻が覆って、真上に出現したのは翼を生やした胴体が長い竜だ。

 くるくると竜巻の流れに合わせて回転しながら登場したそれは別名妖精竜と呼ばれている。

 シャモンの魔術式は召精術。精霊と呼ばれる存在を使役して操ることができた。

 シルフィニルは精霊の中でも最上位に位置しており、多くの書物では神の類として扱われていることが多い。

 シャモンは他にも大小様々な精霊を呼び出して、周囲にはべらせた。


「アッハハハハハッ! 私の召精術なら神だろうが悪魔だろうが叩き潰せるのよぉ! 特にシルフィニルは風の神として知られているんだけど、知らなかったぁ!?」

「わぁ、すごいなぁ。私なんかラキとセイ、オウやリトラちゃんで四匹だっていうのにさ」

「アリエッタ。使役してるなどと思いあがるな。我はあくまで観測しているだけなのだ」


 アリエッタ達のゆるいやり取りを見て、シャモンは気づいた。ただのアホだ、と。

 恐怖を知らないのは無知だからだ。知らなければ、あまりに強大すぎる相手に臆することもない。

 そう考えた時、シャモンはやれるという自信がついた。


「シルフィニルと精霊達! そこのアホどもを殺しなさいッ!」


 シャモンがそう指示した後、ほんの数秒だった。

 アリエッタが連れていた猫や犬が大きくなって消える。精霊達が見えない何かに切り裂かれるようにして散っていく。

 数秒後にはほぼすべての精霊がいなくなる結果となっていた。唯一、シルフィニルがオウに挑んでブレスを吐いたが、羽ばたきですべて返されてしまう。

 シルフィニルが自分のブレスを浴びた後、オウがその胴体を鷲掴みにした。


「へ? あ、あっ、や、やめてぇーーー!」


 ようやくシャモンが状況を認識した時には遅い。シルフィニルがオウの足によって裂かれてしまった。

 その瞬間、シルフィニルは煙のように消えてしまう。精霊に死という概念はなく、一時的に消滅しただけだがシャモンにとっては一大事どころではない。

 一瞬で使役していた精霊すべてが全滅した上に、今はラキやセイが真の姿を現わしている。神獣が認めた世界の災厄がそこに揃っていた。


「後は?」

「あ、あと、は、ない、ない、わよっ……。なん、なんなの、何なのよぉっ!」

「えっとね、残念だけどあなたは殺さなきゃいけない」

「こ、ころっ、すって……」

「グオウルムさんとは話し合ってね。思ったほど悪い人じゃないってわかった。あのゴーレムの技術は私も好きだしね。でもあなたはダメ、最低なことをやってしまった」


 アリエッタはシャモンの卑劣な行為を激しく批難するつもりはない。

 アリエッタは正義の味方ではなく、正しいと思ったことをしているだけだ。

 天界に転移してからの五百年はアリエッタの倫理観や価値観を変化させるには十分すぎる年月だった。

 五百年前であれば、シャモンの行為に対して声を上げて批難していたのだから。


「い、いやぁ……」

「あなたみたいなのを放置したら、私が気に入った人達にまで害が及ぶ」

「や、やめてっ! 悪かったわぁ! 心を入れ替えるから!」

「ダーメ」


 壊転移でシャモンの上半身が破壊された。

 続いて下半身も消滅して、シャモンという人間が生きた痕跡がここから消える。かすかに地面に散って付着した血だけが残った。

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