工場平和になりました
「ミルアムさん! 工具、用意しました!」
「ありがと! エルカーシャさん!」
エルカーシャさんはズドック工業で私が勧誘した女性だ。ミルアムちゃんのところに転移させると、心臓が停止するほど驚いたみたいで少し反省。
落ち着いてから事情を話すと、ミルアムちゃんはエルカーシャさんを助手にすることを二つ返事で快諾した。
エルカーシャさんは田舎から出てきてズドック工業で働いていたけど、あんな扱いで心身とも疲弊していた。
だから一ヵ月間はこの町で休んでもらって、ようやく働き始めたのが今日だ。
その間の生活費は全部、私が出したんだけどエルカーシャさんは絶対にいつかお返しするだなんて張り切っている。
エルカーシャさんはミルアムちゃんよりも年上で、年齢は二十三歳。年上だとやりにくいかなと思ったけど、そんなことを気にする素振りがなかった。
ミルアムちゃんの言うことをよく聞くし、よく動く。助手ができたことで研究も捗り、魔道車の試作品完成が見えてきたみたいだ。
「エルカーシャさん。がんばってるみたいだね」
「はい! ミルアムさんは年下なのにすごい技術と知識をお持ちですし、勉強になります!」
「じゃあ、やっぱりお給料のほうも……こんな感じ?」
「そんな感じです!」
私が親指と人差し指で輪を作ると、エルカーシャさんが同じく輪を作った。
ミルアムちゃんの店はかなり繁盛しているから、一人分の給料くらい払える。詳細を聞くと私でも少し魅力に感じる給料だった。
錬金術師ってそんなに儲かるの!? と、思わず叫んだのが恥ずかしい。
「助手であの給料だとすれば……ふむふむ」
「アリエッタ。貴様ほどの者が欲に囚われるとはな」
「だって下手したら三級のハンターより儲かってるよ? 私の昇級試験はいつなのさ」
「また力を見せつけて強引に押し通せばよかろう」
それも何度か考えた。だけどこればかりはハンターギルド本部にきちんとした実績を認識されないとダメみたい。
一度、受付で聞いてみたけど最近はハンターギルド本部も慎重になっているらしい。
実績があっても意外とあっさり死ぬ人も少なくないせいで、様子見をしている節があると話してくれた。
心配しなくても私の活躍はきちんと本部へ伝えているらしく、辛抱強く活動を続けるしかないそうだ。
こうなると二級以上のハンターの顔が見てみたい。この町にはいないようだけど、どんな顔でどんな実績を積んでいるの?
ズドック工業を生まれ変わらせたのが実績になればいいんだけどな。
あそこはずいぶんと変わった。あのデルマンに改善案を考えさせても一向に何も変わらないから、ミルアムちゃんに頼んだ。
隣に私がいるものだからあのデルマン、かなり怯えていたな。
当初、生産効率が落ちるかなと思った。だけど意外にも落ちるどころか向上して、これにはデルマンも大はしゃぎだ。
「いやぁ! アリエッタ様とミルアム様のおかげで、ぎょーさん儲かってますわぁ!」
「ちゃんと給料を支払ってる? 定期的にチェックするからね?」
「それはもう! ワイのような卑しい豚がこれ以上、肥え太ってもしゃーないですわ!」
「あっ! この帳簿のお金、怪しいな?」
「ひぎぃっ!」
冗談で言ってみたら、デルマンがショックで倒れた。ちゃんとやってるならそこまで効くわけないと思ったけど、よっぽど怖かったみたいだ。
改善したのは従業員の残業なし、休憩と休暇の取得、無駄な製品の生産の中止。無能な従業員の解雇など、しっかりと徹底した。まず飼育課が一番の無駄だった。
ミルアムちゃんによれば、中には赤字になってるものもあったらしい。生産に使っていた魔道具の修理や開発とか、ミルアムちゃんが手を加えただけで驚くほど改善した。
更に従業員がしっかりと休んで、一定の時間内に作業をしてもらっただけで効率が上がる。
従業員は休憩が一時間あるだけで歓喜するわ、夕方には帰れるわで表情が明るくなった。
感謝するならミルアムちゃんにしてほしいけど、私がたまに行くと元気よく挨拶される。
「俺達を救った女神だ! こんにちは!」
「聖女様……今日もあなたのおかげで生きられます」
「ありがたや、ありがたや……」
悪い気はしないけど色々と勘弁してほしい。転移で工場内を見て回ってるものだから、余計にそう思わせちゃうのかな。
この工場では将来、ミルアムちゃんが開発した魔転車や魔道車を生産してもらおうと思っている。
まだ道の整備が進んでいないから先の話になると思うけど、そのほうがミルアムちゃんも喜ぶ。現に張り切って試作品の製作に取り掛かっているんだから。
私はそんな姿を見て元気をもらっている。これだけすべてが順調にいけばいいんだけど、まだすべてが解決したわけじゃない。
デルマンに私達を殺すように指示した奴が王都にいる。デルマンの話ではアザトゥスという魔術師の指示で動いたらしい。
王族直下の魔術開発局の局長にして四星の一人、噂ではこのアザトゥスがこの国の実質的な支配者だという。
王族を裏から操っているだとか、どこまで本当かはわからない。アザトゥスは滅多に工場にこないみたいで、接触するなら直接会いに行く必要がある。
あのデルマンがかなりびびっていて、私にすがりついてくるほどだった。
「あ、あの方にバレたらワイは殺されますわ! アリエッタ様! どないするんでっか!?」
「どないするも何も、そのアザトゥスが来たらこう言ってよ。『文句があるならクリプタ平原に来い』ってさ」
「クリプタ平原で?」
「堂々と迎え撃ってやるからかかってきなさいってこと」
「そ、そ、そのセリフを、ワイが、伝えるん、か……」
デルマンはまたショックで倒れたけど、私から接触なんてしてやらない。
言いたいこと、やりたいことがあるなら直接こいという話だ。と、いうのは建前でミルアムちゃんや町の皆を巻き込みたくないからだった。
私は当初の予定通り、向こうから仕掛けてくるのを待つことにした。
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