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工場見学に来ました 2

 工場は製造棟と連結して事務や来客を受け付ける棟、廃棄物を処理する棟、従業員の宿舎がある。

 入口に当たる受付は綺麗にしていて一見して問題があるようには見えない。だけど宿舎は本当にひどかった。

 壁に亀裂が入って、床には黒い虫がカサカサと走っている。壁やドアが薄くて、一つの部屋に数人が押し込まれているから狭い。

 食事は割高な上に質素で粗末なものばかりだ。休憩が30分しかないものだから皆、急いで食事をとっている。私はその様子を廊下側から見ていた。


「あれじゃお腹いっぱいにならないよね」

「不満があるのであれば反逆すればよい」

「そうさせないための魔術師なんだろうね。一般人が敵うわけないし皆、フラフラだから戦う気力なんてないだろうし……」

「これが人間の支配のあり方か。いつぞやの魔王よりも悪質極まりない」


 リトラちゃんが見た魔王は人間を力と恐怖で支配したものの、最後には勇者に倒された。

 それも勇者が生まれて成長して、仲間を集めて戦いに挑む猶予と自由があったからこそだ。

 その点においては魔王の詰めが甘いとリトラちゃんはしたり顔で語る。確かにそう考えると規模こそ小さいものの、この工場の支配のほうがよっぽど性格が悪い。

 生かさず殺さず、限界まで利用する。利用価値がなくなった人はどうなるのか、想像に難しくない。

 ここも結局、一部の上層部だけが得をしているんじゃないかな? この工場は魔導王国エイシェインの縮図みたいなものか。


「あれ? あの黒メガネっていつかの……カスペルさん、だっけ?」

「少し見ないうちに随分と変わり果てたな」


 初めて会った時はパリっとした格好で丁寧語で話しかけてきたのに、今は無精ひげを生やして作業服を着ていた。

 ミルアムちゃんの勧誘に失敗して、別の仕事を与えられたのかな? なんだか組織って大変だなぁ。こんなことがあるなら、私は自由でいたい。

 カスペルに同情しつつ、私達は食堂を後にした。外に転移すると、見覚えのある人物が弱々しく歩いている。


「あれってディムさん?」

「いつぞやの襲撃犯か。そういえば止めを刺しそびれていたな」

「いや、あえて逃がしたんだって。すごいやつれてるなぁ。魔術師のはずなのに、あんな大きな袋を持ってどこへ行くんだろう?」

「放っておけ。奴になど何の価値もないだろう」


 リトラちゃんはそう言うけど、あの人はズドック工業を辞めたと言っていた。

 前言撤回したのか、それとも何か特別な事情があるのか。それにディムさんが入っていったあの建物が気になる。

 窓もない無機質な建物に何があるんだろう? こっそりとついていくと、ディムさんがなんだか怯えていた。

 階段を下りて地下に行くと、とんでもないものがいる。大きな鉄格子の奥に、頭が三つもある巨大な犬がいた。

 ディムさんが持ってきた袋から取り出したのは肉だ。色々な動物や魔物の肉が雑に入っている。

 その時、上から誰かが降りてくる気配がしたから私達は木箱の影に隠れた。リトラちゃんが堂々と立っていたから、抱え込んで引っ込める。


「アリエッタ。こそこそする理由があるのか?」

「面白そうでしょ」


 私がそう言うとリトラちゃんは呆れて黙った。地下に登場したのは顔にペイントを施した奇妙な男だ。

 手に鞭を持っていて、服装がカラフルで趣味が悪い。ペイント男はディムを見て鞭を振るった。


「まぁだ社長が大切にされているアンソニー様に食事を差し上げてないのか!」

「申し訳ありません!」

「アンソニー様はデリケートだからな! ちゃんと中に入って、食事を丁寧に与えるんだ! 間違っても投げ入れるんじゃないぞ!」

「で、でも、先週も一人、食われて……」

「それはお前達がアンソニー様の機嫌を損ねたからだっ!」


 ペイント男がピシっと鞭を振るう。ディムはおそるおそる鍵で牢の扉を開けて中に入る。

 震える手で肉をアンソニーとかいう犬の前に置いた。犬が勢いよく肉を食べ始めたところで、ディムが悲鳴を上げて出てくる。


「食事、ヨシ!」

「こ、これで今日の仕事は終わりです。では……」

「待て! 社長が言っていたがアンソニー様は最近、運動不足のようだ! お前! アンソニー様をお連れしろ!」

「い、いえ! さすがに無理ですよ! お、俺になついてない……いや、俺はそんなに好かれてませんし!」

「お前、それでも飼育課のエースか!」

「エースってもう俺一人ですよ!」


 なんだろう、この光景。地下で魔物を飼っていてその名前がアンソニー。明らかになつかなそうなのに、なんであんなものを飼っているのか。

 ちょっと理解が追いつかなくなってきた。私が頭を抱えているとまた一人、地下に下りてくる。

 登場したのはでっぷりとした体形の男と魔術師だ。でっぷり男はどうでもいいけど、あっちの魔術師はそこそこ強いかもしれない。

 でっぷり男の護衛なのか、常に魔力を尖らせてまったく揺らぎがない。あれを維持するのもかなり大変だろうに、涼しげな顔だ。


「ヒエロ、アンソニーちゃんはどうや?」

「はい! すこぶる体調も良好です! 今、アンソニー様をお連れさせようと考えていたところです!」

「そうか、そうか。散歩は体にええからな。たっぷりと運動させたらえぇ。さすが飼育課の課長、わかっとるな」

「ありがたきお言葉ァ!」


 あの様子からして、でっぷり男が社長か。想像とまったく違う。まずあの体型、何をどうやったらあんなことに?

 ペットに運動させるより自分がしたほうがいいんじゃ? それにあの喋り方は? なんであんなの飼ってるの?


「ディム! デルマン社長もお見えになっている! いいところを見せるチャンスだぞ!」

「さすがに勘弁してください! 俺、まだ死にたくないです!」

「貴様ァ!」

「ぎゃあぁッ!」


 ヒエロがディムを鞭で叩く。服が破れて皮膚がべろりと剥がれてしまった。ディムが泣きながら、ひぃひぃ言っている。

 私の見立てではディムの実力なら、あのヒエロに勝てなくもない。それなのに従っているということは単純に上下関係があるからかな?

 そもそもディムに反抗の意思がない。私の前でズドック工業を辞めるとまで言っていたけど、こんなところでこき使われていたわけか。

 社長のデルマンがしゃがんで、ディムの顎を掴んだ。


「ディム。それができんなら、お前に何ができるんや?」

「それは……」

「ワイはこのズドック工業の経営者で、お前は雇われや。経営者であるワイがお前に金を払っとるんや。ほな逆らうっちゅうことはな。ワイを軽んじてるっちゅうことやぞ」

「お、俺、辞めたい……お願いです、辞めさせてください……」

「あーん? まだほざきよるんか? お前がやらかした損失の補填をどないすんねん? なぁ?」


 そうか。ディムは私を殺せず、ミルアムちゃんの拉致もできなかったからここで罰を与えられているのか。

 損失の補填ね。確かに痛手だけどさ。なんか引っかかる。ディムは命令に従って仕事をした。でも失敗した。

 すべてがディムの責任? 違うよね。じゃあ、あの偉そうにしている経営者とかいうのは何をしてるの?

 口を出すだけでお金が儲かるの? 面倒なことは全部押し付けて?


「お前がここに入社したのも、金がほしいからやろ? 経営者であるワイの下で甘い汁を吸いたいからやろ?」

「う、う、ぅ……」

「悔しかったら己の体一つで稼いでみんかい! このダボスケが!」

「がはっ!」


 立ち上がったデルマンがディムの顔を蹴り飛ばした。なんかもう見ていられないな。

 人間界にこんなにも歪な集団がいるとは思わなかった。何よりこういうのはリトラちゃんの教育によくない。

 仕方ない。ここは――あれ? リトラちゃんがいない? あ。


「実にくだらん。不愉快な連中だ」


 あら? リトラちゃん? 私より先に出ていっちゃダメでしょ?

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