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工場見学に来ました 1

 ズドック工業は王都から西にある工業都市の中にあった。大小様々な工場が立ち並ぶ中、ズドック工業の敷地は端が見えないほど広い。

 数本の煙突から煙が出ていて、何棟かに分かれた建物にはそれぞれ警備の魔術師がいる。その広大な工場は灰色の国と呼ぶに相応しい外観だ。

 入口にも当然、警備の魔術師が立っているけど私には関係ない。敷地内に転移してから、まずは製造課を目指した。

 工場内には人がいるけど、魔力感知を駆使すれば一般の人には見つからずに動ける。

 この国で使われている魔道具の製造工程が気になるわけじゃない。単純にどんなことをやっている組織なのか、知っておく必要があった。

 小刻みに転移をして工場内を移動して見て回ると、各部品がガタガタと揺れながらベルトに運ばれている場所がある。

 その先で作業員らしき人が手で何かを確認して部品を仕分けしていた。何の作業かさっぱりわからないけど、気になったのは作業員の様子だ。

 全体的に覇気がなくて、目が死んでいる。動きが一定で、生物感がまるでない。かと思えば、工場の天井近くに設置されている時計を見ては小さくため息をついていた。


「アリエッタ。あの人間からまるで生気が感じられんぞ。何者かに操られているのかもしれん」

「うん、まぁ当たらずとも遠からずってところだと思う」


 リトラちゃんが不思議そうに作業員を眺めている。ラインの上に乗ろうとしたから全力で止めた。お仕事の邪魔をしちゃいけません。

 それからしばらく経ってから別の作業員が足早にやってくる。


「よし! 30分の昼休憩だ! 作業終了まであと10時間! 気合い入れてやれよ!」


 偉そうに叫んだ作業員に対して誰も大きく返事をしない。よろよろと移動する作業員達はまるで生ける屍みたいだ。

 張り切ってるのはあの偉そうな人だけだ。あと10時間と言っていたけど、終わる頃には深夜に突入している。

 時間で言えばミルアムちゃんは朝から夜中まで作業をしているけど、あの子は楽しそうだ。対してこっちはまったくそう見えない。

 この違いは何だろうと考えたら、導き出される答えは一つ。やりたくないからだ。

 世の中にはハンターみたいに腕一つで稼げる人達ばかりじゃない。あの作業員達みたいに、食べていくために仕方なく仕事をやっている人達もいる。

 いくら生活のためとはいえ、そんなに長時間も作業を強制されたら嫌になるに決まっている。

 他の製造場所に転移して様子を見ると、どこもほとんど同じだった。ミルアムちゃんと同じ物作りなのに、ここまでの違いを見せつけられるとは。

 廊下を歩いていると、ドアの向こうから怒号が聞こえてきた。ドアを少しだけ開けて覗いてみると、中年の男が女性を叱り飛ばしている。


「てめぇ! 辞めたいだと! だったら違約金を払えよ!」

「そ、そんな!」

「契約書にも書いてあったよなぁ! 辞めるなら五十万ウォルを払え! てめぇを雇うのにこっちだって金使ってんだからよ!」

「契約書にそんなこと一言も書いてません!」

「あぁ!? てめぇが読んでねぇだけだろうが! ふざけてんじゃねぇぞ!」


 まぁひどい。本当にひどい。すこぶるひどい。女性は萎縮してひたすら罵声を浴びせられ続けている。そしてついに泣き出してしまった。


「す、すみま、せんっ……ぐすっ……。でも、もう限界なんです……。毎日、夜遅くて、休みも半年に一回あるかないかで……。遅いと、た、叩かれて……」

「あのなぁ、世の中には働き口すらなくて餓えて死ぬ奴もいるんだぞ? それに比べてお前はなんだ? 生きて稼ぐってのはそのくらいきついことなんだよ。

簡単に弱音を吐きやがってよ。田舎の母ちゃんは泣いてるぞ? いいのか? 送金してるんだろ? 母ちゃんが大切じゃないのか? ん?」

「それ、は……」

「わかったんならくだらねぇ泣き言はやめろや! まったく、これだから最近の若い奴はよッ!」


 私は勢いよくドアを開けた。ずかずかと入る私達に呆気に取られる中年男と女性。


「オイ、コラァ! なんだ、てめぇは!」

「黙っていろ。取るに足らん下衆の分際で、アリエッタのやることに口を出すな」

「うぅッ……! ひっ!」


 リトラちゃんが睨みを利かせると、男がすっかり怯えてしまった。

 邪神竜の覇気に、そこらの人間が怖気づかないわけがない。部屋の隅に移動して男がガタガタと震え出した。

 その様子を見届けた後、私は女性の肩に手を置く。


「つらいんだよね? だったら無理することないよ」

「え、あの。あなたは?」

「私はアリエッタ、あなたを救いにきた魔術師だよ。あなた、ここのお仕事は好き?」

「も、ものを、作るのは、好きです……」


 涙で頬を濡らした女性はそう言い切った。肌が荒れているし痩せている。あまりいい状態じゃない。

 私は涙を手で拭ってあげてから、マジックポートからカレーチキンサンドイッチを取り出す。


「これ、食べていいよ」

「え、でも……」

「まずは栄養をつけて。それから本当に物作りが好きなら、いいところを紹介してあげるよ」

「えっと、ちょっと、ついていけないんですが……」


 女性がカレーサンドイッチをかじる。一口、食べるとまた涙を流し始めた。


「お、おいしい、です……。こんなにおいしいもの、た、食べたことありません……」

「うんうん。落ち着いた? ところで、さっきの話だけどさ。こんなところより、いい仕事があるよ。お給料はそんなにあげられないかもしれないけど、休みだってあるしおいしいものも食べられる」」

「本当、ですか……?」

「向こうに着いたらさ。ミルアムちゃんっていう子がいるから、その子と話して。アリエッタの名前を出せばうまくいくから」

「向こうってどういう」


 私は女性をミルアムちゃんのところに転移させた。いきなり人が現れたらさぞかし驚くだろうけど、どうせ私の仕業だってわかってくれるはず。

 確か助手がほしいみたいなことを言っていたからちょうどいい。さて、と。


「アリエッタ。なぜあそこで震えている無能が尊大な態度を取っていられるのだ? それほどの強さを持つ人間なのか?」

「人間社会は複雑みたいだね。大した力がなくても、上に上がれちゃう場所もあるってこと」

「くだらん。いっそこんな工場とやらは滅ぼしてしまえばいい」

「それをやるのは簡単だけど、なくなったら大勢の国民が大変な目にあうからね」

「フン……」


 リトラちゃんが男の下へ近づく。髪を掴んでから、引っ張るようにして男を床に転がした。


「ぎゃあっ!」

「ここ最近、初めて人間界を近くで見たがお前のような人間ばかりならとっくに滅ぼしていたところだ」

「う、うぁっ! た、助けくれ! 誰かぁ!」

「黙れ、下衆が」

「ぐぎぃッ!」


 リトラちゃんに蹴りを入れられて男が悶絶した。あの子があんなことで怒るとはちょっと予想外かも。

 最近だとミルアムちゃんの研究に興味を持って、ちょくちょく仕事ぶりを見ている。

 剣術道場でも仲がいい後輩ができたのか、偉そうに先輩風を吹かせている。

 そんな生活をするうちにリトラちゃんの中で少しずつ何かが変わってきたのかもしれない。


「お前に上に立つ器があるならば実力で証明して見せろ。いいな?」

「は、はいぃ! 仰せのままにィ!」


 なんかすっかり恐怖で支配しちゃってる。男が床に這いつくばりながら、リトラちゃんを見上げていた。

 こんなことをやるために来たんじゃない。もう少し工場見学を続けた後は親玉のところへ行こう。

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