命を狙った代償は大きい
ここ一週間、ズドック工業の魔術師は私を監視するだけで何もしてこない。
いつ動くのかと待っているんだけど、私の魔術の正体がわからずに手をこまねいているみたいだ。その証拠にラキの聴覚でこんな会話を拾った。
――あの少女の魔術式がまったく解析できん……
――このままだと部長のボルフラントさんにドヤされるどころじゃないぞ
――気のせいかもしれないが、あの少女が連れている猫にめっちゃ見られたわ
うちのラキは正直だ。ラキだけじゃなく、セイやオウもとっくに捕捉している。
私が指示を出せば秒でこの世から消えてなくなるけど、今はまだ泳がせていた。
成果が出せなくて焦っているのか、監視している魔術師が距離を詰めてきて最初の時よりかなり迂闊な動きをしている。
そろそろボロを出すはずだと思い、私はわざと町の外れにある原っぱで寝っ転がった。
「気持ちいいねぇ、皆」
「ガウ!」
「にゃあん」
「くあっ!」
「お昼寝しようか」
太陽の光と温かさ、適度なそよ風が気持ちいい。私達はここで寝ることにした。
ハッキリ言って隙だらけだ。狙ってくださいと言ってるようなもの。目を閉じて少し経つと、遠くの魔力反応が大きくなった。
監視している三人が私に向けて総攻撃を開始したみたいだ。
一つ、金属で出来た無数の針。一つ、数匹の蛇が原っぱを這う。一つ、真上に鉄球。
高速で放たれる針、蛇、鉄球の落下。それぞれが私に対して逃げ場なく一点集中した。
「なるほど。変わった魔術だね」
「は!?」
針と蛇は明後日の方向へ、鉄球は魔術師の隣に転移させて落下した。まるで幻でも見たかのように魔術師達が狼狽えている。
私はこの魔術師達の魔術に感心した。てっきり炎だの氷を放つ魔術かと思いきや、なかなか個性溢れるものだったからだ。
針は金属生成だから地属性が土台になっているのかな? 鋭利で小さい分、魔力消費も小さく済む。ただ殺すだけなら突き刺せばいいだけだからね。
蛇は実体があるから本物だね。何らかの方法で蛇型の魔物を使役して、必要に応じて放つことができる。
弱い蛇でも魔力で手を加えれば、立派な戦闘要員になってくれるはずだ。
鉄球は一見してシンプルだけど見た感じ、頭上に落とすという条件ならある程度のものは生成できる魔術かな?
ただしあまり複雑なものは生成できず、個数も限られているように見えた。
「クソッ! 逃げるぞ!」
「待ってよ」
逃げ足は速そうだけど、しっかりと私の前に転移してもらった。
魔術師達は面食らいつつもまた私から逃げ出そうとする。だけど何度やっても同じだ。
数回目の逃亡失敗で、魔術師の一人が息を切らして原っぱに膝をついた。
「なんだよ、訳がわかんねぇ……。どんな魔術式だよ……」
「魔術式? なんか久しぶりに聞いたなぁ」
「逃げてダメなら戦うしかッ!」
「また?」
魔術師の一人が私に向けて針を放ってきた。何度やっても同じで、今度は二本を残して上空に転移させた。
遥か上空に放たれた針が落ちてきて、残りの二本は魔術師の足に一本ずつお返しだ。
「ぎゃあぁぁぁ! ぐぅぅ……!」
「貫通しちゃったか。街中で騒ぎを起こすわけにいかないから場所を変えるよ」
私達と魔術師三人は町から遥かに離れた森の中に転移した。ここならいくら叫んでも、どこにも聞こえない。
場所が変わったことに気づいた魔術師達は、唇を震わせて足腰を崩しそうになっている。
命を狙っておいて今更、怖気づいて後悔しても遅い。殺すなら殺す、無理なら無理で逃げる算段を立てておかないからこうなる。
今までこうして訳の分からない理由で人の命を奪ってきたとすら思えた。そして今日まで生き残ってこられたから、こんなことになっている。
なんて思ったけど、そんなものは死ななきゃわからないか。本来、命は一つしかない。
天獄の魔宮ではフェリルのおかげで何度でもチャレンジできたからこそ、私は危機というものに対して敏感になって命に刻むことができた。
いわば私の命は幾多の死を乗り越えて完成されている。完成された命だからこそ、簡単に削ることはできない。
半端な魔術で奇襲した程度で削れるような命なんて、ここにはない。そう、ここに危機はない。
「あなた達はズドック工業の魔術師でしょ。他に仲間は?」
「い、いない……」
「そう。とりあえず一人以外はいらない」
「え……」
魔術師三人のうち、二人に壊転移した。それぞれ半身と頭が神剛の宝玉で消失。残った亡骸が森の地に落ちた。
一人になった魔術師が口を大きく開けてたまま、木に寄りかかる。足腰がついに立たなくなって、ずるずると座り込んだ。
「あ、あひ、あ、あっ……」
「あなた達ね、自分達が何をしようとしたかわかってる? ミルアムちゃんはね、私が守っている子なの。ここまではわかる?」
「は、あ、い、あ……」
「誰が指示を出して得をしているのかなんて知らないけどね。私とミルアムちゃんを狙うたびに、こうやって誰か死ぬ。数が多いほどにね」
私が言い聞かせるように魔術師に優しく話す。魔術師が涙を流して、地面に何かが漏れていた。
いわゆる失禁というやつだ。漏らすほど怖がってくれたなら、きっとわかってくれるはずだ。
「前回はディムさん以外、全員殺した。今回はあなた以外、殺した。次は何人、犠牲にするの?」
「たす、けて、ください……」
「助けてあげるよ。だからあなたは自分の足で仲間のところに行って、ありのまま起こったことを報告するの。あ、そうだ。紙に書いてあげようか?」
私はメモ用紙を取り出して、ペンでさらさらっと伝えたいことを書いた。魔術師の手を取って、これを握らせる。
どこかにいる仲間のところへ逃げ帰って、これを読んでもらえばいい。その後、この人がどうなるかはわからない。
私としてはズドック工業なんて辞めて、どこかの田舎で自給自足の暮らしでもすればいいと思っている。命をかけた任務で殺されずに済んだ幸運は大切にすべきだ。
「さ、わかったらさっさと逃げて?」
「は、い、あっ……」
「危ない、危ない。ちゃんと立たないと……」
「ひっ! ひぃぃーーっ!」
魔術師が半狂乱になって叫びながら逃げていく。ひとまずこれでメッセンジャーの役割を果たしてくれると信じている。
これでやめてくれたら私としては万々歳、とはならないんだよね。これだけちょっかいをかけてきておいて今更、ごめんなさいで終わらせるわけがない。
あちらが反省をしてようが、もう遅い。私は魔術師の後を追うようにして小刻みに転移を繰り返した。
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