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次はないよ?

「やっぱり狙ってきたね」


 私が姿を見せると、生き残った魔術師が唖然としていた。地面には部下らしき人達が転がっている。

 ラキの聴力をもってすれば、人間がどんなに気配を消して忍び足で歩こうとほぼ捕捉される。

 おそらくこの人達は何が起こったのかすらわからずに殺されたんじゃないかな。

 魔術師達は麻痺と毒のコンボによる一撃必殺で、紫色で膨れ上がった顔のまま息絶えていた。


「ラキ、お疲れ様」

「なぁーお」


 ラキを肩に乗せてから、私は魔術師に近づいた。魔術師は後ずさりする気力すらなく顔が青ざめている。

 昼間、あの黒メガネの男を護衛していた魔術師の一人か。術騎隊に続いて、刺客を送り込んでくることなんてお見通しだ。

 まさか今夜に決行してくるとは思わなかったけど、思えば明日に出直すと言ってきたのも油断させるためかもしれない。

 残ったのはこの魔術師、色々と聞きたいことがある。


「これからいくつか質問するから答えてね。ズドック工業は国の命令でこんなことしてるの?」

「し、知らない……俺達は何も聞かされていない。ただ仕事だからやっているだけだ」

「殺しにきたの? 拉致?」

「拉致、になるかな……」


 拉致じゃなかったら何なの。目が泳いでいるし、助かりたくて必死なんだろうな。


「あの黒いメガネの人は誰? どこにいるの?」

「あの人はカスペル……ズドック工業のスカウト部だ。魔術師じゃないから俺達が護衛している。今は宿で寝ているはずだ」


 ラキに加えて、セイとオウが見張っている状況だ。ウソをつけばどうなるか、わかってるはず。

 今はミルアムちゃんとリトラちゃんだけがベッドで寝ている。

 ミルアムちゃんは連日のように夜遅くまで研究していたから、たまにはちゃんと寝てもらいたい。

 それなのにこんな安眠妨害未遂まで起こされちゃたまらないからね。


「じゃあ、そのスカウト部のカスペルさんのところへ行こうか」

「え? あ、案内すればいのか?」

「うん」


 宿にいるなら、そっちに転移すればいいだけだ。念のため、ラキを残して私達は転移した。

 魔術師は瞬きを繰り返して、周囲を確認している。


「や、宿なのか? なんで? いつの間に!?」

「部屋はどこ?」

「今のはどうやってやったんだ?」

「いいから案内してよ」


 私が語気を強めると、魔術師が萎縮して宿に入る。受付で居眠りをしている従業員を通り過ぎて、部屋のドアを開けた。

 昼間に会った黒メガネことカスペルが呑気に寝ている。護衛に仕事をさせて、自分はご就寝か。

 暗殺が失敗するなんて微塵も考えてないんだろうな。私はカスペルの布団をはいで叩き起こした。


「うわっ!? ディム! 何をす……は?」

「こんばんは。昼間ぶりだね」

「あ、え、お前、なんで……!」

「あなたの護衛がとんでもないことをしようとしたから、事情を聞きにきた」


 カスペルが猛ダッシュで逃げようとしたけど、部屋の出入り口に転移して塞いだ。

 軽く悲鳴を上げた後、カスペルが急停止して愕然としていた。護衛をつけているだけあって、この人には何の戦闘能力もなさそう。

 ようやく事態を理解したようで、魔術師ことディム以上に顔面蒼白だ。


「ディ、ディム! お前達、失敗したのか! 他の連中はどうした!」

「殺されました……」

「……ウソだろう?」

「カスペルさん、あの女の魔術を見たでしょ。得体の知れない攻撃で全員やられたんだ……」


 ラキがやったんだけど、あれも私の魔術だと思っているみたいだ。ディムが震えているのを見て、カスペルは舌打ちをした。

 護衛をつけるのはいいけど、あの程度の魔術師なら何もいないのと同じだ。

 魔物というのは出会い頭に首を刎ねてきたり、骨も残らないほどの熱を帯びたブレスを吐く。ゴブリンやキングリザードなんてのは魔物の中でも下級もいいところだ。

 私達の家を襲撃した魔術師はブラッドバニーにすら勝てないと思う。百回殺されても勝てない。 

 あの中で一番強いディムですら魔力の練りが甘く、あれじゃ突然の事態に発動できなかった。

 おまけに魔力をだだ漏らしで、自分の居場所を教えているようなものだ。カスペルは頼りにしていたみたいだけど、本当にすごい魔術師なの?


「ディム、こいつを片付けろ。俺が上層部に掛け合えば、魔道術撃隊入りを果たせるぞ」

「い、いや。俺は、もういい……」

「どういうことだ?」

「俺……ズドック工業を辞める」

「はぁ!? お前、バカを言うな! せっかく何百人といる魔術師の中から選ばれて術戦部に入ったものを!」


 カスペルが唾を飛ばしてディムに怒っている。ディムは血の気が引いた顔だ。


「よ、世の中には、上には上がいる。魔術学院を卒業した俺なんて……ちっぽけだった。もし、このまま仕事を続けていたら、あの少女みたいな化け物と戦うはめになるかもしれない……」

「この腰抜けがッ!」

「ぐぅッ!」


 カスペルがディムを殴った。腰抜けねぇ。果たしてそれは誰かな?

 少なくともディムは自分の力量を理解した上で私に勝てないと判断した。

 天獄の魔宮でもそれはとても大切で、現時点でどうあがいても勝てない相手を見極めないと一瞬で死ぬ。

 ここはあそこと違って死ねばそれで終わりだ。私なんかよりも、ディムのほうがそれはわかっている。だからこそ危機に対する意識には敏感なんだ。

 対してカスペルは誰かに守られなければここに辿りつくこともできない。

 そんなにも無力のくせに口と態度だけは大きい。ズドック工業ではカスペルのほうが立場が上かもしれないけど、本当に腐った構造だ。

 口を出すなら最低限の説得力をもたせないと、誰かを動かすことなんてできない。フェリルはその辺、優しく丁寧で力強く納得させてくれた。

 

「あんな小娘に勝てないというのか! もういい! 本部に帰ったら、お前の処遇をゆっくりと決めてもらうよ!」

「うん。ディムさんと一緒に本部に帰ってもらってね」

「あぁ!?」


 私はカスペルの横に立つ。まだ私を睨んでいるけど、それはこの人が魔術師じゃないからだ。

 そんなに私を小娘扱いするなら、かかってくればいいのに。こんなにも近くにいるんだからさ。と、思っていたらカスペルが棚の引き出しから小型の何かを取り出した。


「死ねぇッ!」


 小型の魔道具から小さい玉が私に放たれたみたいだ。だけど遅すぎて、その玉はすでにカスペルに向けて転移させていた。

 玉はカスペルの左腕に命中して、呻いて倒れてしまう。あの魔道具は何だろう? L字型で変わった形をしている。

 L字の先から放たれた玉は魔力を帯びていたから、ちょっと仕組みが気になるな。


「う、うあぁぁッ! 痛い、痛いよぉ!」

「その痛みを知らないくせに、よくも偉そうな口を利けたね」

「なんで! う、撃ったのに!」

「次に抵抗したら七倍くらいの痛みを味わってもらうよ。嫌なら言うことを聞いてね」


 脂汗と涙を流したカスペルが腕を押さえている。床に転がったまま、亀みたいに丸くなって震えていた。

 まさかここまで情けないとは。外に出れば魔物がウヨウヨいるような世界で、よく生きてこられたなと思う。

 痛みで悶えるカスペルをディムがずっと見下ろしていた。


「俺達は、どうすれば……」

「ディムさんだっけ? 朝になったら、この人を連れてズドック工業に帰って。そして、ありのままの報告をして」

「そ、そ、それだけでいいのか……?」

「うん。大人しくしてくれるならいいけどさ。どうせ諦めずに二の矢、三の矢を放ってくるでしょ。くるなら待ってるよ」


 私が笑いかけるとディムがヒッと悲鳴をあげる。それからカスペルの腕に包帯を巻いて、小さくわかったとだけ答えた。


「今回はあえてあなたを生かしたけど、次に何かしてきたら皆殺しにする。ズドック工業の偉い人達も、いつまでもおいしいものを食べられるとは思わないでね」

「う……」


 私が少しだけ魔力を解放すると、ディムは耐え切れずに嘔吐した。四つん這いになったまま、静かに泣き始める。ディムを放置して私は家に転移した。

 翌日、宿の従業員に聞くとディム達は町を出たという。

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