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ポンコツ悪役令嬢、7歳



 フランツェスカ=クラウゼヴィッツ侯爵令嬢が自分の前世を思い出したのは、7歳の時。季節の変わり目に高熱を出した時だった。

 現代日本、ソシャゲ、乙女ゲー、攻略対象――全く聞き覚えのない言葉なのに、何故かしっかり理解できる。そして記憶の整理が終わった時、フランツェスカはそれが自分の『前世』だと唐突に理解した。


 フランツェスカ=クラウゼヴィッツ侯爵令嬢は、前世では『夕闇の学園と黄昏の君』というタイトルの乙女ゲームの登場人物だった。もっと詳しく言えば、悪役令嬢だった。


「――お嬢様、フランツェスカお嬢様! お目覚めになりましたか!?」


 ゆっくりと目を開けたフランツェスカのベッドには、メイド服姿の女性が張り付いて涙を浮かべていた。フランツェスカはその女性が自分の侍女であるベルタだと認識すると、頭をゆるく動かして口を開いた。


「ベルタ……わたくし、どのくらい眠っていたの?」

「お嬢様は二日前に高熱で倒れてから、丸一日は魘されておいででした。熱は昨晩下がりましたが、やはり半日ほどお目覚めにならず……」

「そう……もう大丈夫よ。でも、すごく喉が乾いたわ」

「お嬢様……こんなに声も掠れて……さぁ、お水をお飲みください。私は治癒師と奥様に報告してきます」


 ベルタは水差しからコップに水を注ぎフランツェスカに握らせると、一礼して部屋を出て行った。フランツェスカはおとなしくコップの水を飲みながら、今の状態について考え始める。


「7歳ってことは……物語の本編が始まるかなり前よね」


 『夕闇の学園と黄昏の君』というこのゲームはソーシャルゲーム――所謂ソシャゲとしてオンラインで配信されていたゲームだった。豪華な声優陣と美しいビジュアルで話題になったが、まだ配信されて日が浅かった。

 それ故に、フランツェスカには世界観やメインの登場人物はともかく、肝心の本編シナリオは第4章までの記憶しかないのである。そんな中で悪役令嬢が7歳で前世の記憶を思い出したところで、何をしたら都合の良い展開になるか、はたまた悪い展開になるかなど予測できるはずもない。


「――エルヴィン様」


 その記憶の中で、一人の貴公子の顔が思い浮かぶ。思わず呟いたその名は、『攻略対象』と呼ばれるイケメンの一人だった。

 エルヴィン=ラングハイム侯爵令息。冷たい冬の湖に浮かぶ薄氷のような淡いクリアブルーの髪と、深い金色の瞳を持つラングハイム侯爵家の次男。彼は、要領が良く出来の良い兄と常に比較され続けた結果、捻くれた性格になってしまった、所謂『ツンデレ』である。

 エルヴィンは孤独だった。少しでも兄に追い付こうと努力を続けても、父も母も兄のことしか見ない。常に努力していたエルヴィンにも決して才能が無かったわけではないというのに。実際、兄とエルヴィンの分かりやすい差は、今のところ得意属性の数くらいしかない。

 しかし、兄の方が要領も良く侯爵家の跡継ぎとして優秀だったのだろう。エルヴィンは家庭内では約立たずの次男というレッテルを貼られていたようだった。


 まだ配信されたばかりなので攻略は進んでいなかったが、フランツェスカの前世ではそんな彼をこよなく愛していた。つまり『推し』ということだ。自分のことよりも彼を真っ先に思い出してしまう辺り、余程推していたのだろう。


 ヒロインから真っ直ぐな好意を向けられると、動揺してすぐ赤くなってしまう顔を思い出した。捻くれた言い方だが、ヒロインを心から心配している言葉を思い出した。――その全てが、好きだった。そして、たった今フランツェスカも恋をした。自分の姿で、自分の声で、彼と交流したい。仲良くなりたい。その特別になりたい。そう叫ぶ心は、決して前世の影響だけではない。


「わたくしとエルヴィン様は同じ学年だったから、学園に入学すれば自然と会えるはずよね。……でも、悪役令嬢なのよね」


 フランツェスカ=クラウゼヴィッツ侯爵令嬢――まるで燃え上がる炎のようなオレンジから赤色にグラデーションしていくロングウェーブでくせっ毛の髪、つり目でキツそうな印象を与える赤い瞳を持つ美少女。炎属性の魔法に秀でており、学園内では『火炎令嬢』と渾名されるほどの魔法の腕前を持つ。

 しかしその性格は悪役令嬢役の例に漏れず高飛車かつ勝気――なのだが、このフランツェスカは悪役令嬢としては少し変わり種だった。


 フランツェスカは第三王子の婚約者だ。ぽっと出ながらその第三王子に目をかけられているヒロインへの対抗意識を燃やして何かと張り合おうとするものの、悪役としてはとんだポンコツなのである。


 ヒロインの行く先々に現れてネチネチと喋る小言や自慢は、全てヒロインたちへの忠告やヒントになったり。ヒロインとテストの点数を張り合う時も、「正々堂々勝負ですわ!」と言ってわざわざテスト範囲を正しく教えてくれた。同じ範囲の勉強をして純粋に点数勝負がしたかったらしい。

 しかも根が善良で真面目なので、他のモブ令嬢からヒロインを階段から突き落としたり足を引っ掛けて転ばせようなんて物騒な話を聞いた時は、自分の立場が悪くなるにも関わらず即座に止めに入ってしまう。

 このフランツェスカのポンコツ悪役令嬢っぷりに画面の向こう側のユーザーたちは悶絶し、イケメン攻略対象たちが霞むほどの人気が出た。本編シナリオだけでなくイベントシナリオでもフランツェスカが登場する度に、SNSのトレンド欄には『フランツェスカ』『ツェスカちゃま』等がランクインし、ユーザーからは「フランツェスカルートまだ?」「ツェスカちゃまと結婚したい」「ヒロインとツェスカちゃまの百合をメインルートにすべき」との文言が溢れるほど。


「学園でのわたくしってポンコツ悪役令嬢なんて言われてたのね……愛されるのは良いことだけど、この愛され方はちょっとどうなのかしら……?」


 15歳になった未来の自分を思い出して、フランツェスカは頭を抱えた。神視点で物語を覗く立ち位置のユーザーからは『ポンコツ』として愛されたとしても、実際に周りにいる人間からはどう思われていたのだろうか。エルヴィンにもポンコツだと思われていたら侯爵令嬢としては恥ずかしすぎる。


「とにかく、学園に入るまでの目標は……第三王子の婚約者にならない、魔法を磨く、それからポンコツにならない! そして、エルヴィン様に見初められるような完璧な令嬢になるのよ!」


 自分でポンコツにならないことを宣言している時点でその未来はかなり危ないと思う――と、仮にこの発言を画面の向こうのユーザーたちが聞いたなら誰もがそう思うだろうが、もうこのフランツェスカには思い至らないことなのであった。



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