第1話
「おっはよ〜‼︎」
桜が元気よく直属部隊のフロアに入ってくる。
「いやー、朝起きたらさ。8時でびっくりしたよ。」
「よく間に合ったね。」
「一応、家が本部の近くだからさ。それが救いかな?」
凪帆が遅刻癖のある桜に対して呆れている。10前には出勤しておくのが一般的なんだろう。いつ、どこで何が起こるかわからないという点に置いて能力開発機構においては、フレックスタイム制を導入している。基本は、8時30分から17時30分の勤務である。事前に申請するか、1ヶ月のの勤務時間が160時間になればなんでもありな組織である。もちろん、残業代も出る。
「おはよう。」
私は、始業1分前に私は直属部隊のフロアへ入り、タイムカードを押した。
「琴葉さん、ギリギリに来すぎ。」
「ギリギリで悪かったな。」
フロアの壁にかけてあるホワイトボードを私は、確認する。京介以外は10時〜18時の勤務か。
「琴葉さん、各部署から報告書が上がってきてます。確認お願いです。」
「了解した。」
各部署から上がってくる報告書は膨大だ。予算の使い道から出動した時の報告書まで様々だ。直属部隊も要請が有れば、現場に行くものの特殊な場合が多い。
「京ちゃんが、10時出勤って珍しいね。」
「確かに。琴葉さん、知ってるんですか?」
凪帆の問いかけに、
「私に聞かれても理由はわかない。多分、子どもの事じゃないか?」
と私は答えた。京介には、4歳になる子どもがいる。
彼同様に、能力が使える。それが原因で別れ、京介が親権を取った。
「京ちゃんに子どもいるの?」
桜は、驚きを隠せない。
「京介に子どもいるってこと知らなかったのか?」
「全然、知らなかった。てか、京ちゃんいくつね。」
「25歳。20歳の時に、一般女性と結婚して子どもができた。でも、能力が使えるって事で離婚を突きつけられた。京介が能力使える事わかってて遺伝するかもしれないって伝え、それを了承した上で結婚して子どもができた。にもかかわらずだ。理不尽な世の中だな。」
どんよりとした空気感が広がり、各々、何事も無かったかのように仕事を始めた。いつもなら桜がふざけて場を和ますのだが、何かを察したのか静かだ。
「あ、凪帆。能力診断の結果が届いてたから目を通しておけ。」
「もう結果出たんですか?早いですね。」
能力開発機構では、年に一度の能力診断がある。能力の種類、強さなど様々な項目数がある。凪帆は、書類が入った茶封筒を開けて確認している。
「異常値は無しか……。」
そう呟き、安堵した表情をしている。そんな中、直属部隊のメンバーがつけている制御装置からアラームが鳴った。
"東京駅前にて爆弾を所持している男が女性1人を人質に占領している模様。警察が出動して封鎖は完了しているようです。直属部隊の皆さんは出動してください"
司令部からの連絡で我々は向かうことになった。
「えー!ここ大阪だよ。どんだけ時間かかるの!」
「この3人の中でテレポートが使えるのは私だけか。2人は念動力が使えるわけだし、頑張れば、マッハは出るだろ。」
桜は、無茶振りな要望にふざけるなと言わんばかりの顔をしている。しかし、出動要請が出ている中でそんなことは言ってられない。こまめに休憩を挟みながら直属部隊は、東京に向かった。
現場に着くと規制線が張られ多くのマスコミが集まっている。テレビ局のカメラもあり、中継も行われている。私たちは規制線の中に入って行く。
「琴葉さん、お疲れ様です。」
「京介、ここまで大変だったな。」
「本当に……。東京駅で大胆にやる行動だけは評価するしかないですね。」
「本当それな‼︎」
1人の警官が私たち直属部隊に近寄ってきた。
「能力開発機構理事長直属部隊の皆さんですよね?わざわざご足労ありがとうございます。状況説明させていただきます。」
警察官による状況説明は、
①能力者であること。
②爆弾を所持しており、人質を取っていること。
③要求は、理事長直属部隊の宮崎琴葉を呼ぶ事。
である。
「琴葉さん、どうします?」
「まずは、人質の解放。要求は、私なんだ。これだけのマスコミがいてテレビ局のカメラがあるんだ。穏便に済ませないとな。」
私は微笑みながら犯人のいる場所に向かった。
「お前の要望通りに来てやったぜ。」
「やっと来たか。宮崎琴葉。」
奴は、満足げな顔をしている。人質を突き放し、私に近寄ってくる。部下である3人が私の前に立ち、守る態勢をとる。
「さすがは、上司と部下の関係だな。」
「3人とも下がれ。」
「ですが……。」
「京介。下がれと言っているんだ。」
京介が心配する気持ちもわからなくもないが、私は穏便に済ませたい。
「わ、わかりました。」
「抑圧的な上司だと大変だな。俺なら殴りにかかってるぜ。」
「荒井和彦。能力は、幻術。その爆弾は、幻術で作った有幻覚。本物のようで本物ではない。でも、爆発すれば本物と同じ様に攻撃性がある。私は、有幻覚だと思うが桜はどう思う?」
「有幻覚なのは間違いないよ。」
やはりそうだ。私の記憶では、私は奴を知っている。数年前に直属部隊が結成される時にメンバーの候補者の1人として履歴書が含まれていた人物だ。候補の1人という事は、それなりの実力者だったのだが、落選してからというもの行方が分からなくなって人物だった。私は、透視能力を使って透視してみるが能力者というのもあってうまくいかない。特に相手が興奮状態だと尚更だ。
「これからが本番だ。」
地面が割れ、浮き上がってくる。視覚や感覚などに影響するため、慣れてないと吐き気などに襲われる。現場取材に来ているマスコミやテレビ局のカメラマンは、その場に立つことが出来ず、叫んでいる。
「結構、精度の高い幻術を使うのね。」
「それなりの実力者だからな。」
「ここは、1発。私がやっちゃおうかな?」
「穏便に済ませたいが、どんと暴れていいぞ。」
桜は、足元の悪い地面を利用して犯人に近づいていく。
「私もこう見えて幻術、使えるんだぁ!」
満面の笑みを浮かべながら攻撃を仕掛ける。
「幻影桜舞。」
桜の花が舞い、あらゆる角度や方向から攻撃を行う。しかし、相手も幻術が使える。正面に居たはずの犯人は、桜の後ろに回っている。
「幻術は、騙し騙されてあう。故に……。」
「幻術で幻術を返されるという事は、負けを意味するってことを言いたいんだよね。」
薄気味悪い笑顔でこう言った。
「チェックメイト。」
「な、何‼︎」
犯人の脇腹には、細い棒のようなものが刺さっており、出血している。
「この針は、幻術。その血は本物。」
犯人の男は、叫び声を上げた。
「見かけだけの幻術だけじゃ良くないよ。幻影桜舞は、攻撃だけじゃない。幻術にも本物にも有効な攻撃で私の分身でもある。今回は、別の幻術でとどめさしたけどね。」
犯人が作り出した幻覚は解け、元の景色に戻る。穏便に済ませるところか犯人に怪我を負わせてしまっている。あとは、警察に任せてマスコミとテレビ局のカメラをすり抜けて直属部隊は、その場から撤退する。
「琴葉さん、犯人に理由を聞かなくてよかったんですか?」
「そうだな。どうせ、直属部隊に入れなかった逆恨みだろ。」
「だと良いですけどね。」
「あ、そうだ。京ちゃん、子どもいるんでしょ?男の子?女の子?」
「桜、いきなりなんですか?」
「私、京ちゃんに子どもがいること知らなかった。それにこれだけみんなと一緒にいるのに何も知らない。」
「直属部隊は、訳ありの集団ですからね。ちなみに僕の子どもは、男の子です。」
「訳ありかぁ。今度、子どもちゃんに会わせてよね。」
この時は、誰も知らなかった。少しずつ、日常が変わっていくことを。