病葉
妖精の歌9
【静止軌道】方舟
方舟と呼ばれる五艦の超巨大艦は、展開を終え、ポイントに向かっていた。静止軌道上に等間隔で並び、惑星全域を視野に納める。
しかし、巨大質量だ。軌道を修正する度に、あれだけ蓄えられていた、情報子がみるみる減っていく。
「後二週間程で軌道に乗る見込みです」JIN
「作戦のカウントは軌道に乗ってから始める感じだね」オリジナル
「御意」
【悪い勇者】カーシャ
『只今、会議中でございます。此方でお待ちください』
ウッディに通されたのは、土塁の外の建物の大きな一室だった。
「喋れる様になったんだ」部屋の中を見渡しながらカーシャ
『木目様のおかげです』
人数が増え、手狭になった土塁は、アリスとオルファの居室になっている。中央に植えられた魔法の木は、やはり魔法の木なだけあって成長が早い。そろそろ外に引っ越すのだと、アリスに聞いた。
「おー、ドワーフの美少女、おひさ!」B
会議が終わったらしい隣室のドアが開いて、ぞろぞろと人が出て来た。美女揃いのエルフの三人組の一人が声を掛ける。
確かシャオ老師の弟子達だ。なら、あたしの姉妹弟子だ。
挨拶を返そうと口を開いた所に、少女が飛び着いて来て噎せた。
「カーシャ!」もうすぐカーシャに背の追い付くアリス
「お久しぶりです、カーシャ様」優雅なカーテシーのオルファ
「今日は何を持って来たんだい?行商の美少女」A
三娘もカーシャがグル師の内弟子である事は知っている。これは軽口。
「芋と燻製さ、だけど良いのかな?もう食料賄えるだけの魔素は出るんだろ?」
「此処は要重点開発ダンジョン。魔素はいくらあっても足りない。湯石や魔石で手に入るのは有難い筈」当たらずとも遠からずなC
「ねーねー、カーシャ、悪い勇者が来るんだって!」アリス
「アリス様、それはまだ機密ですわ」オルファ
「キミツってなに?」
「お身内以外には秘密って事ですわ」
「なら大丈夫、カーシャだもの」
「勇者ってより、魔王だねー」迂闊すぎるぞ!B
「倒すの無理だから、和平に持ち込む路線かなー」先取りし過ぎA
「シーシーシー」手遅れなC
【デスステップ】歪なダンジョン
早いもので、鏑矢虎治君は、トウの立ったショタから、美青年に進化していた。今年の末には二十歳になる。
「お酒も煙草も解禁だー」軽やかにステップを踏みながら虎治
「お酒は適量なら構いませんが、煙草は禁止です」監視のコア
「えー、あいた!」
不平を洩らしたタイミングで人形の突きを交わし損なって、頬から血を流す虎治。おや?なにか変だぞ?
人形が突いた槍を引く拍子に、
「メーーーン!!」
鋭く、飛び込み片手面を決めた。
但し、持っている得物は、人形を傷めぬ様、竹刀ではなく布をグルグルに巻いたゴム棒である。
人形の持っているのは短槍、二メートル位の短い槍。
「一本!それまで!」コア
見物の嫁達が黄色い声を上げる。
そう、とても変だ。
こんなかっこいい虎治は虎治じゃない。
読者からクレームが付くではないか。
「これでは、死に戻り上げに為りませんね。三十センチ程槍を長くしましょうか」
「五十センチ長くても良いよー」
一対一であるなら、槍は長ければ良いと言う物でもない。
コアは、得物を変える事にした。
「次からは細剣にしましょう」
「極端だ」
【空中戦】キオト円盤機
出撃したのは変則中隊の二個小隊八機である。
高度五千で現地上空を周回した後、
一個小隊が三千まで高度を落とす。
鷲型の操舵手が、これを視ていれば意外に思っただろう。
降下速度が、円盤機にしては速い。
気室の圧縮を変える事に成功したのだろうか。
『エネミー三機、新型機です。低空を周回中』
「上には敵はいなさそうだ。ちょっかい掛けてやれ」
中隊長は命令した。
ここに来ているのは、
イバーラク空軍、水軍との死闘を生き延びた者ばかりだ。
上から被られ無い限り落とされることは無いだろう。
イバーラク機は下ばかりを視ている様だった。
太陽を背にしての背面急降下で二機落とされて、
残った一機は漸く敵襲に気付いた。
しかし、高度を上げようとしている。
『なんだ?こいつら初心者か?』
速度差があるのだ。減衰の無い浮力での上昇とは言え、
敵の機動に制限の無くなる上空に上がってどうするつもりだ?
編隊長は、
後ろの死角に潜り込み
敵と同じく浮力での上昇で、
優速のまま接近し、
撃墜した。
【レポート】トムオスとクォタ
「デマイオス他一名、入ります」
同行しているトムオスの方が、席次は上なのだが名乗りはクォタがした。今回の主役はクォタなのでトムオスが譲った形だ。
場所は学長室、グル師は滑走板の報酬を渡すとして二人を呼び出した。
カーシャは小さなダンジョンへ出向いていて、今は居ない。
アマーリは滑走板に関わっていない。
「キチンとしたレポートを提出して貰う必要が出て来た」
ニヤリとグル師
「え?ただの遊びですよ!」クォタ
トムオスは、提出すれば評価に繋がるのを知っている。なのでクォタが抗議するのを面白がっている。
グル師は空中に、式の一部を展開して
「この部分が、神樹の森の軍事機密らしい。放って置くとどうなるんだろうね?」
再びシャオの朱筆で真っ赤に成るクォタのレポートを想像して、ニヤニヤが止まらないグル師
「トムオス君、手伝うのは無しね。クォタ君もそろそろ一人で書ける様に成らないとね」
クォタは泣きそうだ。
件の慣性制御部分を書いたのは、クォタだった。というより、斥力だけで書いてバランスが取れずにすってんころりを繰り返して、何とかしようと、ぐだぐだ書き込んだのがその部分だ。
経緯はグル師も知っている。
理屈も何も無しの式で、あちらこちらに散らばっていたのを、トムオスが一つに整理してやっとまともに動く様になったのだ。
クォタにレポートが書けるか怪しい。
「先生、その部分は僕も関わっています。その部分は共同で書かせて頂けませんか」
残念そうにグル師は、許可を与えた。
トムオスの手が入れば、朱筆は大幅に減るだろう。
因みに、魔石に刻んだのはカーシャ。安定度がまるで違う。
【閉じた罠】ツァロータ王
思ったより早く義勇軍の先頭と合流した。だが様子が変だ。
「只今本隊は強力な敵集団と戦闘中であります」
報告した兵長は足を負傷していて、兵二人に支えられて移動していた。他の兵達も同様で敵の居ない筈の[後方]へ移送されている処だっのだ。
「兵力は!どれくらいだ!」王が鋭く訊く
「連隊規模と思われます」
合流しても勝ち目はない。が、戻れば罠が閉じる。いや、既に閉じたのだろうか。
・・・
王は援軍達を視やり
「ご苦労だった、原隊に復帰したまえ」
そして、前を向き
「前進だ!勇者達を見棄てて、何の武人ぞ!」
「お供しますとも、守りの将と呼ばれる所以を御見せしなければ甲斐がありませんので」カンウー軍小隊長
「我等に命令出来るのは、キーナン公お一人。その命令は王の護衛であります」ロックバグ小隊長
・・・
此れは、後にツァロータサーガと呼ばれる、一連の戯曲の一節からの引きである。
【新人?】漂泊のダンジョン
三娘は漂白のダンジョンに戻っていた。
あの後、ドロシーがやって来て、機密漏洩の罰に仕事を言い付けられそうに為ったので、大急ぎで逃げ出した。
カラスの仮面持ってて良かったよ。
「思ったんだけどさー」B
「?」AC
「アタシラの召喚リストって[歪]の奴の完全版何じゃね?」B
「あのダンジョン、アーカイブ化した三番艦が素に為ってるぽい」C
「三番艦?あー、あれかー」思い出したAB
「てか、乗ってた記憶ないし」A
「てか、三艦しか覚えてない」B
「四番艦作る前にパージされたっぽい」C
「なんで?」AB
「さあ?」C
気になる事があると仕事にならない。うっかり、森とかのデュプリに訊きに行ったりすると、仕事を言い付けられそうだ。
三娘は、歪の虎治にデュプリを一個貰うことにした。
「色仕掛けで楽勝!」
だが、
『ごめん、小さなダンジョンに二珠作ったから、余裕ない』
サスケラに頼んで、と虎治
『すまぬな、此方も[歪]と同じ状況だ。小さなダンジョンに分けを話して・・・』
頼んでみればどうだ?との示唆に、
「ほとぼり醒めるまで、あっち方面は・・・」
正直に都合が悪いと、白状するA
『ふははははは』
一頻り笑った後、妾に任せろとサスケラ
「あらあらあらあら」
わたわたしながら、キャシーがやって来た。
【円筒】じさま
じさまから、遠話が入った。
『あのままじゃ駄目じゃな。一周分しか纏まった式が書けん』
繊維の目が有って、それに沿って刻まないと式が繋がらないのだと言う。極短い式を、一行づつ刻んで運用する様になるが、式同士の連絡も悪い。術者が一行づつ実行せざるを得ない羽目になる。
シャオは唇を噛んだ。各層に簡単な式を刻んだだけで、完成したと錯覚してしまった。最初期の噴進発動機と同じ失敗だ。
帯状では無く布状に編めば良かったのだろうか。だがそれでは、芯材の形に合わせて立体的に編む必要がある。毎層毎層微妙に変わる大きさに会わせていく事にもなる。
四つ足用の術式が複雑に為る。
『で、提案だが』じさま
『芯を中空の円筒型にしてはどうじゃ?』
繊維構造体リボンのコーティングも、コストは高くなるが魔力の通りの良い貴金属の薄箔にする。
リボンは螺旋状に巻き付け、端で折り返し巻き上げて層を作っていく。
最後はシリコンを厚くコーティングして箔の剥がれ止めにする。
芯を中空にするのは中に魔素充填用の魔石を容れる為である。
「じさま!感謝!」
熟練技師なだけ在って、四つ足での量産も視野に入れた改善方だった。
ただ、じさまは、繊維構造体のバリエーションを知らない。魔石では無く円筒に巻くのであれば、何も細い帯状で無くても良いのだ。
三娘なら、こう言っただろう、
『トイレットペーパーで良いんじゃね?』
【接敵、戦闘、のち合流(予定)】騎兵隊とロックバグ
「ちと、やばいな」
ロックバグ中隊が隠蔽頼みに、移動中の敵に接近中、ウーシャラークの騎馬隊が姿を現した。地響きがある。敵は一個小隊程、気付くと寸暇を入れず、横隊を敷いた。
騎馬隊も数百メートル手前で一旦止まり、横隊に切り替える。
「間を開けろ!固まってると殺られるぞ!」
ウーシャラークはイバーラクの銃器の性能を知らない。
単発式の十メートルも離れたら、まず当たらない黒色火薬銃しか知らないのだ。数は倍程もいるが、このままでは全滅だろう。
今仕掛けるしかない!
「全騎、隠蔽を解け!突撃!」
お誂えむけに、敵の隊列はほぼ真横を向いている。
距離は百メートル程。
運が良ければ、遠話缶を取る暇を与えずに倒せる。
【病葉】アリス
カーシャはその晩、土塁に泊まる事になった。
土塁の前には兵士達や、作業員、四つ足二本足の人形達が集まっていた。アリスの歌を聴くためである。
アリスは気になっていた。会議が長引いた為、病葉の所に行けなかったのだ。その分、大きな声で歌おう、病の小さな木に届くように。
「すごいな」
歌が終わった時、カーシャが呟いた。虚空を見上げている。
「カーシャにも、視えるの?」アリス
オルファには視えない、木目様にも視えない。ウッディは、見えてるかも知れない。プロシーには見えるけど、ドロシー達には視えない。
「光の粉が舞ってる」
「妖精さんだよ!」アリスは嬉しくなって、叫んだ。
その夜更け、土塁のドアを叩く者があった。
ウッディがドアを開けた。
病葉が、のっそりと立っていた。
小さなダンジョンに眷族が一本増えた。