兄様
妖精の歌15
【神殿】神樹の森
神官長は、これをどう考えたらいいのだろうと、眉根を寄せた。彼女にとって三人娘は、あまり熱心でない巫女見習いに過ぎない。
それが、樹母だと言う。そもそもそんな称号は聞いた事もない。
しかし、その託宣は、神樹の全領域に発せられた。ただ事ではない。巫女様にお訊きして視よう。
【巫女様】神樹の森
得難い技官だと、思っていた。しかし、なぜあれだけの自由奔放さが、知的な技量に繋がるのか判り兼ねてもいた。論理は自由を縛る。知的な技量は己を律する処が有って初めて手に入る物の筈だ。
神託があって腑に落ちた。
寧ろ逆なのだ。絶対的な知の根源を知るからこその、自由奔放さであり、それは必然なのだ。
なので、神官長の問いに、こう答えた。
「三娘、いや、三魔女様は、紛れもなく神樹様の御母堂に在らせられる。今発現されたのは、恐らくは、この世界の危機に備えられての事」
『余りに未熟に見えます』
「御降臨が、少女のお姿で在られた事を忘れては為らない。鳳凰も殻を割出で、雛の産毛が取れ、初めて鳳凰となる」
『それでは、未だ産毛が取れぬまま、巣立たねば為らぬ程の危機であると?』
「将に」
『出来るだけ神殿へお出向き戴く様、お願い申し上げて下さい。修行の仕上げを急がねば為りません』
「了」
【目処】小さなダンジョン
わたわた度が増しているのに気付く。数人のキャシーの妹達が走り回っているのだ。結構な数の酒瓶が転がっていて、すってんころりの妹も散見される。
「人員は足りましたし、目処は立ちました。これ以上樹母様方のお手を煩わせるのも、心苦しゅう御座います」ドロシー
敬語と言うのは解り難い。
簡単に言うと、
「もう大丈夫だから帰って良いよ」
となる。
「ん、わかった、キャシー!帰るよ!」C
キャシーは漂泊でも、貴重な戦力になっている。置いていく積もりはない。
ドロシーは今一度、全体の作業状況を確認する。
目処が立ったとは言っても、まだ人員を帰還させるには早い。
一度、大きめのガンマバーストで様子を視てからになる。
【エーケー】森の工廠
じさまは三馬鹿から送られて来た小火器の一つに注目した。
実の処、どの一つを取っても、この世界での最先端である、イバーラクの銃器より優れている。
打ち出す弾体自体、これで直進性が確保出来るのかと不安になる程の単純な、小さな円筒形の片側をすぼめただけの物で、命中精度は寧ろ高い。生産性は圧倒的に優れているだろう。
「これは、なんと言う?」じさま
「AKです、じさま」パティー
「ふむ、エーケーか」じさま
性能自体は他の銃器と比べて、取り分け優れている訳では無いが、構造の単純さ、部品の少なさ、必要精度の低さ、詰まり生産と保守が容易であろう事に注目したのだ。大急ぎで普及しなければ為らない状況にピッタリの様に思えた。
「こいつを四つ足で量産する。魔石書いとけ」じさま
「あの、あの、炸薬が綿火薬だと・・・」パティ
「付与で誤魔化しとけ」
じさまは、一つの事に掛かりきりになる訳にはいかない。頭をはれる人材が不足している。外に出て、今度は奇妙な形の飛空艇の検分だ。三馬鹿の作った[みさいる]とか言う名前の自立ボルトが通用するか、性能試験をする。
「どんぶり!来い!」じさま
シャオ付きデュプリコアも工廠に貸し出されている。複雑な判断や、シャオや三馬鹿に連絡を取りながら作業も出来る。こう言うのが後五個欲しいと思う。
操舵用の二本足ゴーレムを伴って黒い球体がプカプカ浮きながらやって来た。
【修行】漂泊のダンジョン
帰ってカラスの仮面を仕舞うと同時に、シャオから念話が繋がった。遠話缶を使う遠話では、捕まらない事がある。
念話は詰まり、逃がす積もりは無いと言う、意思表示でもある。
「こちら三娘、ただ今留守にしております。ピーと言う略」ABC
「お戯れは後に願います」シャオ
「げっ、姉様が敬語!」事態が思ったより深刻と気付くABC
「状況が逼迫しております、日に一度神殿にお出で下さる様に」
「修行処じゃないんじゃ」B
「納期逼迫中」C
「理由お訊きしても?」A
「樹母様方の術は未だ熟したとは申せません。樹母様となられた今修行の結びを急がねば為りません」
「解りました。午前を修行に充てる事にしましょう」A
念話が切れると、パタリと机に伏すA。
椅子に座って足をパタパタさせるC。
「トップになったと思ったのに見習いのままだった罠」ぼやくB
「楽になるかなーとか、ちょっとは期待したんだけどねー」A
「寧ろ、しんどさ倍ぞー」C
「キャシー、後二体、妹作っといて」B
「あの、人族召喚もしなければならないんですけど」キャシー
「それ、雨天順延」C
「寧ろ、即戦力の独立人形だね、召喚するなら」A
「なんか、強いらしいよ。アーカイブとか経由無しだから反応速度が桁違い」B
「ほー、うちでも作る?」C
「むりぽ」AB
そんな時間はない。
デュプリを増強した処で、肝心な部分は自分達で遣らなければ為らないのだが、煩わしいだけの部分なら、十分役に立つ。幾らかでも時間を縮めたい。
【公布】シャオ
勇者が艦隊を伴って出現した事、それは宇宙空間の何れかの一点であり、旬日を経ずしてこの世界に到達するであろう事、そしてこの世界に対し敵対の意思を持っているであろう事は、全世界に公布された。
この荒唐無稽な公布は、意外な事に受け入れられた。
頻発していた、不可思議な事象の説明とも為っていたし、
他ならぬ神樹の森からの発信であったからでもある。
また、森は、各国、各勢力の動向を制御する意思を持たないと声明した。強すぎる相手なのだ。降伏して民の安全を計るのも、立派な策だ。
ただ、夜空の観測は要望した。森の同盟諸勢力は未だにもう視えてい無ければ為らない筈の光点を見付けられずに居たからだ。
【観測】アマーリ
大学にも、公布と共に勇者関連の資料が届いていた。
「探す所が違うんじゃあ無いかなあ」アマーリ
「と、言うと?」カーシャ
「夜空だと宇宙の外側だろ、接近した時の速度が大きくなりすぎると思う」アマーリ
超巨大質量であるなら、それだけ、軌道の修正にエネルギーを必要とするだろう。
「じゃ何処なんだい?」クォタ
アマーリは紙に極端な楕円を描いて、焦点の一つに大きな円と、反対側の端に小さな円を、それぞれ描く。
「この軌道なら、丁度良い速度になると思わないかい?」
ならば、目標の光点は昼の側にある。
大学の天文台は、朝日が昇る直前に地平線を掠める複数の光点を見付けた。
【魔石】ユグダ郡工廠
サルーの所に、空中隠蔽と慣性制御をカップリングした飛空艇用の魔石が大量に届いた。但し、ロール魔石では無い。そっちの方は剥離防止ソケットの製造が間に合わない。
艦船用にはソケット込みでロール魔石が届く手筈には為っているが、やはり、間に合いそうもない。
大学が発見したオリジナル艦隊と思われる光点は、十日程でこの惑星に到達すると、見なされている。すぐに届いたとしても慣熟の時間が足りないだろう。
「急げ!もたもたするな!敵はそこまで来ているのだぞ!!」
工廠の辺りでは、整備兵達が走り回っている。大急ぎで取り付け無いと、飛空艇の慣熟も中途半端になる。恐らく、それでは相手にすら為らない敵だ。
【雌伏策】カンウー
居城に帰ると、森から護衛艦が空輸されて来ていた。母艦より二回り程小さい精悍な印象を受ける艦だ。
「ウーシャラークの物と同じ物なのだな」カンウー
「空中隠蔽が着いているそうです。なので、此方の方が優秀です」誇らしげに担当官
「ほう、見せてくれ」
「空に浮かす必要があります、暫く時間が掛かりますが」
これは担当官の思い違いではある。地上でも起動するが、今いる場所は至近すぎて効果が判らぬだけだ。ただ離れれば良い。
「構わぬ」
「では、彼方で、御見学下さい。此処では万が一が御座います」
操作法を覚えたばかりで、まだ一度も慣熟らしき物もしていない乗員の操作なのだ、墜落しないとも限らない。
建物の最上階の窓際の、大急ぎで設えたらしい、場違いに立派なテーブルと椅子に着くと、何処かで合図をしているらしく護衛艦がしずしずと浮揚しだした。
「おおっ!」
程良き処で、かき消えた護衛艦に思わず声を出すカンウー。
「母艦には着かないのか」
「後日、魔石が送られて来るそうです」
これは、降伏してくれても構わない、と言いながら防衛戦に参加せよ、との含みであるのでは無いか?
だが、カンウーは既に決めている。
強すぎる敵とは戦わない。必要な時に雌伏出来る者が勝者となるのだ。
【参加】キーナン
改良されたメイデンの最初の数機が帰って来た。試験飛行に立ち会った、キーナン公は、その自在な機動に興奮した。
「あの様に激しく動いて、乗る者は酔わぬのか?」キーナン
「自分で動かしているので、酔いません。同乗の者が居れば酔うかも知れませぬな」軍務卿
「そう言う物か」
実際の処、慣性に干渉しての機動なのだから搭乗者に掛かるGは、見かけより大分小さい。仮令同乗者が居たとしても、酔うとは限らない。ただ、目で看る景色の変化と体に掛かるGの強さが一致しない、と言う理由で酔う可能性はある。
なので、軍務卿の観測が間違っている訳では無い。
公は神樹同盟に参加する事に決めた。ウーシャラークとの同盟と調整する必要は有るが、森の魔術は凡そ次元が違っている。[侵略者]であろう[勇者]がどのような者であるか判らない以上、牙は研いで措かねばならない。
【ウィンドウ=ブル】天空の城
「すると、この城はイバーラクが造ったのだな」サスケラ
「はい、約三百年前ですから、停滞期のダメーナ王の治世の頃になります」マティ
伝説の大魔導師ウィンドウ=ブルの時代でもある。
一時期、イバーラクの筆頭魔導師を務めていた筈だ。或いは、彼がこれを造ったのだろうか。しかし、これ程の業績が何故歴史からかき消えてしまったのだろう。
「僅か、三百年程の過去であるのに、アーカイブの揮発が激しく、詳しい事は判りませんが、建造の前後に王と魔導師達の深刻な確執が始まっています」マティ
「と言うと?」
「王は、この城を使って世界を征服しようと考えていた様です」
「この城の主である妾が言う、戯言だ」鼻で笑うサスケラ
「その確執の為、九分通り仕上がっていた勇者召喚の術式共々、ブルが、封印したのだと思われます」マティ
ウィンドウ=ブルの術式が、殆んど残ってい無い理由でも在るのだろうか。
「召喚式とはイエドゥが使った術式か?」
「それは、ブルの修行時代のラフを基にリメイクした物でしょう」
謎は深い、人が造った物であるにも関わらず、何故ダンジョン化したのだろう。しかも、出来たのが三百年前とすれば、出来てから程無くダンジョン化した事になる。しかも、このダンジョンは数千年分の時を経ている様にも見える。そんな事が有り得るのか。
オリジナル出現に備えてのダンジョン強化の手掛かりに為るかと、マティに訊いてはみたが、結局何も解らなかった。
【兄様】アリス
ふと、気が付くとアリスは星空の中に浮いていた。
恐ろしくは無い。
虎治兄様が側に居るからだ。
その、兄様は大きい虎治兄様とも小さい虎治兄様とも
違っている。
大きいと言えば、家の土塁より
はるかに大きいし、
小さいと言えば、小さくなっちゃったプロシーより
とても、小さい。
兄様はなぜここにいるの?
訊いてみた。
アリスが居るからだよ
兄様は、にっこりと言った。
そして、大きな竜になった。
背中にお乗り、一緒にお散歩をしよう
兄様の背中に乗って、何かを訊こうとしたら
『アリスさま、重たいです』
プロシーだった。
「ごめん、夢見てたみたい」
『どのような?』
「んー、忘れちゃった!」
しかし、プロシーは知っている。アリスは今し方まで、強大な何かとリンクを繋いでいた。だが、危険は感じなかった。きっと良い事なのだろう。