警報
妖精の歌13
【硫黄】小さなダンジョン
絶対防護圏で有る処の土塁の外側二十メートル範囲の地下には地下パイプを中心にお椀型の繊維構造体シールドがほぼ完成していた。その縁からは壁状に四つ足達がシールドを立ち上げているのだが、これはまだ、脆弱である。横からの放射線は然程強くないだろうから、これでも持つかも知れない。
しかし、これ程作業が進んだのには訳がある。
「お酒も持って来ましたー」キャシー
最後のピアスの箱と一升瓶二本を抱えている。
「ご苦労様、そこへ置いておいて下さい」ドロシー
例の[ツカレトール配合薬用酒]である。
飲み過ぎれば寝てしまうのだが、適度に服用すれば、作業効率は三倍にも四倍にも、場合によっては十倍にも上がるのだ。
ぜひ解析したい物だが、生憎そんな暇はない。
ドロシーは、余裕の出来た事で、木目と共に、パイプ内の硫黄取りの仕上げをしていた。
【空爆】連合艦隊
艦隊の母艦から計四個中隊約五十機が出撃した。
全ての円盤機が爆装している。
王の軍を取り囲んでいるイバーラク軍を空爆する。
「航空隊は何をしている!」
例え、迎撃に駆け付けたとしても、この敵の数では敵しえ無いと判っては居るが、イバーラク将校達は不満を洩らす。撤収命令が出たのを知らないのだ。
護衛艦が、ツァロータの薄い陣内に降り立った。
「王よ、お乗り下さい。そこに居られては皆が逃げられません」
ウーシャラーク士官の事とて、不敬に当たる物言いも適切な助言であれば、不問に伏されるだろう。が、この甲板士官には度胸がある。たかだか、下級士官の分際で、王に邪魔だと言い放ったのだ。
その場で首を跳ねられても可笑しくない程の不敬だろう。
不満気な顔で、生き残りの数名の近衛と共に乗艦する王。
但し、若い士官の不敬に対しての不満ではない。
生死を共にした部下達と引き離され、
自分だけが安全な艦に乗る。
それが不満なのだ。早死にが心配な王ではある。
護衛艦の上昇と入れ替わりで、キーナンの母艦が着地する。
イバーラク軍は、なけなしの自立ボルトを打ち放つのだが、全てはシールドに阻まれる。歩兵相手の移動が肝の、作戦だ。他に有効な兵器を持って来ていない。指揮官は歯軋りをする。
「怪我人から乗せろ!急げ!」
円盤機は低空に降り、巡る様に周辺を銃撃し始めた。
他の母艦も降りて来た。援護する積もりだ。
【提出】クォタ
「まあ、良いんじゃないか?」
何度かの書き直しに付き合った後、トムオスはそう言った。
これで完璧とは思わない。だが、件の式は、クォタには起動できるのに、トムオスには出来ない。これ以上詰めるのは、嘘に為る。
「よおーし」
顔を両の手でパチンと叩いて、クォタは言った。
「提出に行こうぜ」
「一人で行けよ」
レポート書きに付き合って、ますます此れはクォタの物だと言う思いが強くなっている。
「なに言ってんだ、此処に共著って書いてあんだろ?トムオス居なきゃ格好付かないじゃないか」
そうだった、先生にも一緒に書くと言ったのだった。
トムオスは重い腰を上げた。が、よろめいた。
「あれ?地震?」風も無いのに揺れている木々を見てクォタ
【奮闘】漂泊のダンジョン
「アタシ、バグ取り屋なんだけど」B
余計なコーディングを連続でしたせいで、時間に追われる事に為った、三娘達は、手分けしてコーディングをしている。
Bの受け持ったのは、超分子振動接着器の解析と四つ足用のコードだ。
「解析もバグ取りも似たような物でしょ」A
まあ、解析は得意だけどさ、とか呟くB
Aは、請け負った分けでは無いが、絶対に必要に為るだろう死に戻りアミュレットのコーディングにそのまま入った。Cの解析用のコーディングは、力で捩じ伏せるしかないタイプの物だ。物凄い勢いで書き飛ばしてはいるが、まだまだ掛かるだろう。バグ取り大変そう。
キャシーも、小さなダンジョン用の最後のピアスを配達した後、Cの手伝いに入っている。サブルーチンの内、ただただ、めんどくさいだけの部分を、これまた物凄い勢いで書いている。
ヤタスズメはお宝の上で寝ていたのだが、突然飛び起きた。
「カアーーー」
「あ、地震だ」A
「ほんとだ」B
Cとキャシーは気付いていない。
【降伏】サルー艦隊
ふと、後ろを振り返ったイバーラク軍指揮官は、固まった。
南イバーラクに降った筈の空軍艦隊がそこにいたからだ。
再びイバーラクに降ったのか?いやそれはあり得ない。
ならば、これは女王の艦隊だ。
全軍に戦闘停止を命じ、降伏の白旗を揚げさせた。
「あれれ?」
サルーは憮然としている。握り締めている、折角、徹夜で覚えた降伏勧告の演説の原稿が、無駄になった事を知ったからだ。
シャオに謝んなきゃな、旗艦をスクリーンにして映像付きのエンターテイメントにする魔石、貸して貰ったのに。
サルーは、この日一発も放たず、一言も発せず勝利した歴史上唯一の提督になった。
【会合】王とサルー、三か国軍首脳
いいよ、分かれば、もう悪さし無いって言うなら、そのまま帰っちゃって。あ、猟兵団とか戦争終わったの知らない部隊もいるみたいだから、気を付けてね。
と、何時ものサルー節に毒気を抜かれたのは、寧ろ三か国軍で、賠償は本国のイバーラクに要求すべき物でもあるし、そのまま、イバーラク軍の撤退を認めた。
「高名なサルー殿に会えて光栄だ」
ツァロータ王が話掛けて来た。
やべ、敬語練習して来て無いや。あ、今ダンジョンマスターだから、普通の丁寧語でも良いのか。
「ご無事な様で安心しました」
「気に掛けて頂けていたのかな?」
「陛下に、なにか有りましたら、戦は泥沼に為っていたでしょう」
「ほう・・・」
サスケラ女王は非戦主義と聞いていた。ならば、この出兵はこの男の献策か。関係無いのに株が上がるサルー。
・・・
「サルー卿であるな、余はカンウーと申す。お見知り置き願いたい」
恰幅の良い男だ。太守だっけ?イバーラクで言うと伯爵くらいかな?
「先の防衛戦の働きは聞いて居ります。知古を得て光栄に思います」
何故か、目下の筈のカンウーの方が偉そうだ。マスターサルー貫禄負け。
・・・
「ほほう、貴方がサルー卿ですか。公と言う事になっているキーナンです」
両手で握手を求めて来たのは、三十代半ばの引き締まった体のナイスガイ。
「騎乗ゴーレムの事は聞いてますよ。公爵様でなければうちに欲しい位の明をお持ちだ」
サルーも新技術を重視して大成した。それを知っている公はまだ何か話したいのだが、ウーシャラク首長が番を待っているのに気付いた。
・・・
「あ、失礼、艦から遠話が」
サルーは、旗艦艦長のどうでも良い問い合わせに、適当に応えると、首長に向き直った。こう言うのって失礼なんだよなー、とか思いながら。
・・・
首長は探る様に幾つかの質問をした後言った。
「娘がまだ五人居るのだが、一人貰ってはくれんか」
「勿体ないお申し出では御座いますが、既に愛妻が居ります」
「ふはは、神樹の巫女であろう?存じ上げて居る。冗談だ」
これが最後のテストだったらしく、キーナン公共々引き摺られて酒を呑む事になった。力の強いじい様だ。
カンウーも歩み寄って来た。参加する気だ。
・・・
「あ、地震」サルー
席に座った所で気が付いた。
【鷲型】ワクーラ
ワクーラはキーナン公の母船から外を観ていた。強敵であった、いや、未だ強敵であるだろう鷲型が空を飛んでいる。
「乗せて貰えないかな?」
「頼んで見たらどうです」
一度はワクーラを追い出そうとした甲板士官は、ワクーラの付き添いを命じられていた。
「うん、そうしよう」ワクーラ
「えっ・・・」冗談を真に受けられて絶句する甲板士官
母船の艦長は、公が艦橋に招いた高名な技師を、賓客と認識していた。なので、相談を受けた時、駄目とは思いつつ、神樹同盟艦隊旗艦の艦長に問い合わせた。
その艦長は、何の準備も無いままの出兵で、何処まで臨時の友軍である、三か国艦隊と親密にして良いか計りかね、艦を降りているサルーに問い合わせた。
「ワクーラさん?あー、有名な技士さんだね、良いんじゃない?乗せて上げて、三連続宙返りとか、八の字とか喜ぶと思うよ」
駄目元での御願いを聴いて貰える事になった、ワクーラは勇んで艦を降りた。
「!地震?」
降り立った所で地面が揺れた。
【虎治】歪なダンジョン
鋭い突きが連続で飛んで来る。虎治は深手に為るような物は交わしたりゴム棒で叩き落としたりしているが、血だらけだ。皮膚を掠める程度の物は交わすのを止めたようだ。
ギヤラリーからは虎治が傷を負う度に息を呑む様な小さな悲鳴が上がる。コアは、悲願の主殺しが達成出来るかと期待している。
人間には疲れと言う物がある。いつまでも交わし続けられる物ではない。
と、人形の動きが、ぎごちなくなった。虎治は様子を観ている。
人形の動きが止まった。虎治は慎重に近付き、
「こて」
軽く小手を打って飛び退いた。
人形はレイピアを取り落とすが、拾おうともしない。
「一本」溜め息を吐きながらコア
魔素切れにも見えるが、充填は十分なはずだ。
恐らく、問題の積層剥離だろう。
人形のコードは膨大だ。
十層分びっしりと書き込んで足りず、
取り敢えず不要な部分を大分削った。
僅かな剥離があっても、動作不良に繋がるだろう。
これでは、実戦には使えない。三魔女様のロール魔石を待つしか無いのだろうか。シャオ様にリンクを繋ぐ。何か当座の解決策を持っているかも知れない。
「人形故障?」虎治
「精密機械ですから、新機軸の試作だと、こう言う事も有ります」
相変わらず、適当に答えるコア
「シンキジクなんだ、どーりで強い訳だねー」ギヤラリーの声援に手を振って応えながら、虎治
「じさまの所で部品を手に入れれば、良いみたいですね。
明日には直るでしょう」情報を仕入れ終わったコア
小さく地面が揺れた事に、歪なダンジョンで気付いた者は、ごく少数だった。勿論コアは気付いていたさ。
【警報】小さなダンジョン
警報が、けたたましく鳴った。
『こちら、ドロシー、魔素値が、臨界値を、越えました。
各員、最寄りの、放射線、シールドまで、待避、してください』
『なお、各デュプリは、可能なら、シールド内からの、シールドの強化を、引き続き、お願い、します』
『繰り返します、・・・』
ゆっくりと、区切りながらされる緊急放送は、
その時が来た事を皆に知らせた。
四つ足達人形勢も強すぎるガンマ線には勝てない。
人間やプロシージャの避難するべき一つ外側に移動し、
シールドの強化を継続している。
土塁の中では、プロシーが体を広げ床に展開している。
次元構造を持つプロシーにも、放射線吸収能力がある。
地下パイプの強化を受け持っている四つ足達は、
引き続き作業を続けている。
木目はもう苗とは言えなくなった苗の根方で、
ひたすら硫黄の処理をしている。
一介の作業員であるかの様に・・・。
床面に若干の不安があるとは言え、今、最も放射線に強いのは土塁だ。なのでアリスは此処に居る。ぎゅうぎゅう詰めの土塁の外から出来るだけ人を中に入れた所で、最初のガンマバーストが有った。
それは、この宇宙の何処かに、オリジナルが出現した事を意味した。
【地震のちブレイク】イバーラク世界
そして、その影響は小さなダンジョンに留まらない。
強弱の差はあれど、全世界が揺れた。
日頃、地震とは縁の無い大陸の中程では、相応の被害が出た事だろう。
「ところでさぁ」B
一区切り付いた処で、未だ作業中の皆を無理矢理、机から引き剥がしコーラブレイクに持ち込んだBが、キャシーの方を向いて話しかけた。
「は、は、は、はい」
仕事が気になるのか、自分の机をチラチラ視ていたキャシーは、わたわたする。
「こないだ、訊き忘れちゃったんだけど、この世界にもJINっていたの?」B
「はい、居ました」キャシー
「ほー、どうなったんだろうね、十万年前だと解らないか」A
「神樹様か地竜様に進化したと推測」C
「はい、あ、厳密には融合したです、神樹様と」キャシー
「・・・」ABC
「まじかー!」同々々