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ここではない何処かで始めるオレの冒険者生活  作者: アップルジャック
第一章 出会いと別れは、目覚めから始まる
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覗いてくれてありがとうございます。

ゴミ捨て場と呼ばれる広場には、貧民街でも最下層の生活を送る者たちや、何らかの理由で世間から身を隠して暮らす者たちがひっそりと集う。


日が暮れると衛兵たちですら近寄るのを躊躇うような場所に、オレとコンラッドは水路から引き揚げたゴミを捨てにやって来ていた。


さっきから視線を感じるのは勘違いではない。そこかしこの粗大ゴミの陰から、みすぼらしい身なりの子供たちが覗いているのが見え隠れしている。いったい何処の子供たちだ。


「お前ら、出てきていいぞ」


コンラッドがそう声を上げると、一人、二人、やがて次々と子供たちが姿を現した。八人もの種族もまちまちな子供たちが、少し不安気な表情を浮かべながらゆっくりと近寄る。


「コ、コンラッドさん、この子たちは…」


「コイツらはここの住人さ」


ゴミ捨て場の住人。それは彼が孤児である事を意味していた。


「おかえり、コンラッド」


「ただいま、セオドア。何も問題はなかったか?」


「大丈夫。陽が高いうちは外には出ないようにしてるから」


子供たちの中で一番背の高い、セオドアと呼ばれた利発そうな男の子が、薄い笑みを浮かべて答える。


「コンラッドがお客さんを連れて来るなんて珍しいわね」


「そのお客そんに挨拶もしないのか、エマ?」


「あっ、いっけない。こんばんは」


セオドアの次に背の高い、エマと呼ばれた栗色の髪が愛らしい少女が、慌ててお辞儀をして、はにかみながらペロリと舌先を見せた。それを見て他の子供たちも一斉にお辞儀をする。


「コンラッド、ボクお腹空いたよぉ」


「そう。お腹空いたよぉ」


「悪いなハルト、飯はコイツらも一緒で構わないか?」


双子と思しき男子とも女子とも判別つかない幼い二人が、コンラッドの服の裾を摘み食事をせがむ。驚きはしたが断る理由もないので了承すると、セオドアとエマが手押し車からゴミを運び出すのを手伝ってくれた。


ゴミを捨て終えると子供たちに先導され、オレとコンラッドは広場の奥へと向う。そこには粗末な小屋が建っていた。ここはいったい。


「お前らは飯の支度が出来るまでもう少し遊んで来い」


コンラッドは子供たちにそう告げると、オレには樽を運ぶように指示し、自分はアシグロを掴まえて建物へと入る。


ゴミ捨て場ではかなりまともな建物と呼べるだろうが、荒屋と言って差し支えないようなその建物の中には、生活に必要な最低限の物だけが揃っていた。


「ようこそ、我が家へ」


「え、北地区のお屋敷なんじゃ!?」


「北地区のお屋敷? 何だそりゃ?」


慌てて口を押さえて苦笑いを浮かべたオレが、素直に理由を話すとコンラッドは腹を抱えて笑った。


きっと勘違いしているのはオレだけではない。コンラッドがゴミ捨て場の奥のこんな荒屋に住んでいるだなんて、ドブさらいの仲間たちに話しても信じないだろう。


彼はここで一人で暮し、日に一度は孤児たちに食事を提供している。後はセオドアとエマが幼い孤児たちの面倒を見ながら、助け合って生きているらしい。


日に二度の食事を与えないのは、孤児たちに独立して生きる力を付けさせるためだ。その代わりに彼らには金になるゴミの見分け方と、その売り先をちゃんと教えてある。面倒見の良さは流石と言える。


「さてと、ハルト、お前にはもう一仕事して欲しいんだが────」


そう言ってコンラッドが部屋の隅に敷かれた粗末な敷物を寄せると、地下へと下りる扉が姿を現した。


扉を開けるとそこには人が通れるくらいの縦穴が見える。薄暗く見た目から深さはわからないが、コンラッドの話に寄れば五メートルに満たない程度らしい。


「ここから先の事はオレとお前だけの秘密にしておいてくれるか?」


「はい。構いませんけど…」


そんな前置きをするとコンラッドはロープを柱に括り付け、片手には火を灯したカンテラを携えながら器用に穴を下りて行く。


カンテラの灯りで穴の中の様子が照らし出される。そこに見えたのは古びてはいるが人工的な石造りの建造物だ。オレの背筋を冷たい汗が一筋流れるのを感じた。この見た目はまさか。


いや、ありえない。街には高名な魔術師たちが施した魔物除けの結界があるのだから、こんな場所に地下迷宮(ダンジョン)が存在するだなんて。


「ハルト、ロープを括り付けてゆっくりと樽を下ろしてくれ」


「は、はい!」


コンラッドの言葉で我に返ったオレは、背嚢をその場に下ろすと言われた通りに樽をロープで括り、ゆっくりと穴の中へと下ろす。


無事に樽を下し終えた後はオレの番だ。コンラッドの様子を見る限り、何度も地下へ下りているに違いない。その上であれだけ冷静でいられるのは、魔物に襲われる心配はないはずだ。そう思いたい。


「何してんだハルト、大丈夫か? 樽を頼んだぞ?」


こんな事なら香袋の入った革袋を持っておくんだった。そんな後悔を胸にオレは樽を抱えてコンラッドの後を歩く。


薄暗い地下の石造りの通路をコンラッドは迷うことなく進む。酒の貯蔵には薄暗い地下室が良いのだと、以前にマイルズが言っていたのを思い出したが、どうやら蜂蜜酒の貯蔵が目的ではないらしい。


どこからともなく水の音が聞こえてくる。勘違いされがちだが地下迷宮(ダンジョン)と言っても、全域が迷路になっているわけではない。


階層によっては屋外かと勘違いするほど広い場所もあり、水路や沼地のある階層では緑も生い茂る。そのような場所には往々にして魔物も多く生息し、水場を求めて魔物同士が鉢合わせる事も度々だ。


そんな事を思うとオレの中である疑問が湧き上がる。仮にも冒険者の端くれであるオレが、己の身の安全を素人に委ねて良いものだろうか。こんな樽を持った状態では、コンラッドを庇うどころか、咄嗟に逃げることすらままならない。


「コンラッドさん、ここってひょっとして…」


「気付いたか。凄いだろ?」


確かに凄い。凄くヤバい。どうして街の下に地下迷宮(ダンジョン)が存在しているのだ。魔物除けの結界は眉唾なのか。


「コンラッドさん、まずくないですか?」


「大丈夫さ。この場所を知ってるヤツは他にいないからな」


大丈夫ではない。それこそ人知れず命を失う可能性だってある。


「ここへ来ると不思議とワクワクするな。冒険者ってのはこんな感じなんだろうな」


いや。オレはドキドキしかしない。そもそもコンラッドの根拠のない余裕はどこから来るんだろう。


まさかとは思うが、オレが冒険者である事に期待しているとか。いや、流石にそれはないはずだ。コンラッドもオレが万年白磁等級の、ダメ冒険者なのは承知のはずだし、今のオレが樽を運ぶので精一杯なのは見ればわかるはず。


「随分前に焼き払われた古城跡からの、脱出路にもなっていたらしい」


「脱出路に…」


脱出したはずが更に危険な地下迷宮(ダンジョン)へ。きっとその城主はかなりの狂人だったのだろう。


コンラッドの後を警戒しながら進むと、やがて何本かの水路が交わる広い貯水槽のような場所へ出た。


「地上の水路が分岐してこの地下水路に繋がってる。工事の際に意図せず繋げてしまったみたいだが、奇跡的にそのお陰でマルナの水は清浄を保ってる」


「これ水路なんですか? 地下迷宮(ダンジョン)なんじゃ?」


「お前、発想がぶっ飛んでるな…」


どうりでコンラッドが落ち着いてるわけだ。言われてみると壁や床の煉瓦の質感も、いつもドブさらいしている水路に似ているし同じ臭いがする。


「ところでコンラッドさん、この蜂蜜酒は…」


「おお、その辺に下ろしてくれ」


床に蜂蜜酒の樽を下しようやく重さから開放されたオレは、改めて辺りを見回す。地下迷宮(ダンジョン)ではないにしろ、街の地下にこんなものがあったとは驚きだ。


コンラッドはその場にカンテラとアシグロを置き、蜂蜜酒の樽を斜めにして器用に水路の側まで移動させる。カンテラとアシグロを取りに戻ったコンラッドは、オレと視線が合うと口元に人差し指を立てた。


物音を立てるなと。言いたい事はわかったが、その意味は全く理解できないまま、コンラッドが何をしようとしているのか見守る。


慣れた手付きで樽に楔を打ち込み蓋をこじ開けた。湿った地下の空気に、ロックビル自慢の蜂蜜酒の香りが入り交じる。その余韻を楽しむ間もなく、コンラッドはアシグロの首元を掴んで樽の上にかざす。


オレが何をするつもりかを問うより早く、コンラッドは取り出した小さなナイフでアシグロの首元を掻き切る。


その瞬間にアシグロは折れた翼をバタつかせ、最後の抵抗をしてみせた。何度か鮮血が飛び散らせ、やがて大人しくなると、あとはボタボタと樽の中へと滴り落ちる。


「な、何をしてるんですか!?」


「飯の準備さ」


飯。コンラッドは確かにそう言った。こんな場所で飯の準備とは、いったい何の冗談だと言うのか。カンテラの灯りが逆光となり、コンラッドの表情は読み取れない。


嫌な感じがする。冒険者の経験などと呼べる大層なものではなく、ただ単にオレの直感だ。そう思った矢先に、地下水路に甲高い音が幾重にも反響した。コンラッドが口笛を吹いたのだ。


何かの合図か。でも、いったい誰に。オレの思考がまとまるより早く、近くの水面に大きな黒い影が現れ、自らの存在を誇示するが如くグルグルと水中を泳ぎ回る。


やがてバシャバシャと水音を立出てて、ヌラヌラと黒色に輝く何かが水路の岸に姿を現した。僅かにこちらを警戒する素振りを見せながらも、ペタペタと足音を立てて近付いて来たのは、大型犬ほどの大きさで魚類とも爬虫類とも哺乳類ともつかない奇怪な生物だ。


「ハルト、落ち着け」


咄嗟に生活ナイフを手にして身構えていたオレを、諌めるようにコンラッドが静かな声で話す。


全身を覆う短い毛は水辺に巣食う哺乳類の特徴に合致するが、所々に怪しく輝く飾り鱗と、ユラユラと蠢く床に着きそうなくらいに長い二本の髭が、先の所見を強く否定した。


太い尻尾はまるで魚類のように発達し、水掻きのある短い四肢は陸上での生活より、むしろ水中での生活に特化しているように見える。


あまり視力は良くないのか、謎の生物はしきりに周囲の匂いを探りながら、ゆっくりとした歩みで樽まで近付く。そして、樽に寄り掛かるようにして、器用に後脚で立ち上がると、顔を樽に突っ込むようにしてアシグロの血が入った蜂蜜酒をピチャピチャと飲み始めた。


「コ、コンラッドさん、この生物は…」


「ヴォジャニさ。一部の村じゃあ土着信仰の対象になってるらしい。水と清浄を司る聖獣なんだとよ」


「聖獣…ですか…」


「まあ、お前たち冒険者風に言えば魔物ってことになるのかもな」


小さな村々にはその土地特有の信仰があると聞いたことがあるが、ヴォジャニという名は初めて耳にする。聖獣と呼べば聞こえは良いが、コンラッドの言うようにオレからすれば魔物そのものだ。


それでもコンラッドが警戒していないせいか、ヴォジャニが襲い掛かる素振りを見せないせいか、嬉しそうに喉を鳴らしながら蜂蜜酒を堪能する姿は、まるで猫科の動物のようで可愛く思える。


「コンラッドさんが飼ってるんですか?」


「おいおい、冗談だろ。相手は聖獣と呼ばれていても魔物だぞ、水路の清掃しか脳の無いオレに、そんな事が出来るはずねえだろ」


街の地下に魔物が存在するなんて。聖獣と呼ばれるヴォジャニの特別な力によるものか。それとも魔物除けの効力も地下にまでは及ばないのか。いずれにしろ結界も絶対ではないらしい。


自分の事を話してるのが理解できるのだろう。ヴォジャニが小首を傾げて、オレたちの話に聞き耳を立てる。その姿に禍々しさはなく、むしろ愛玩動物の愛らしさすら彷彿とさせる。


もともと魔物と野生の獣の違いは曖昧なもので、外見だけで判断することは不可能に近い。実際のところどちらも食用に用いられる事がある上に、一部の魔物は飼いならされ、使役動物や旅の伴として用いられている。唯一、決定的な違いを挙げるとすれば、魔物にあって一般の動物にはない特別な臓器の存在だ。


魔晶胞(ましょうほう)と呼ばれるその器官は、胃に付随して存在する魔物特有の臓器で、体内に溜め込んだ魔素をコントロールする働きを持つ。


魔素とは我々の身の回りに普通に存在する、無味無臭の空気のようなものだが、場所によりその濃度が大きく異なる。例えば地下迷宮(ダンジョン)が良い例で、地上とは桁違いの魔素が常に充満している地下迷宮(ダンジョン)に魔物が多いのはそのためだ。


余剰に魔晶胞に蓄積した魔素は、結晶化して魔晶石(ましょうせき)という一種の結石を作る。この質や大きさが彼らの生存競争に直結するわけではないが、冒険者にとってはこの魔晶石(ましょうせき)が魔物を狩る理由の一つと言える。


魔素の結晶である魔晶石には様々な用途がある。大きなものや質の良いものは、魔法具や魔装具の材料に使われ、小さなものや質の落ちるものは魔法具を起動する際の燃料や魔法薬(ポーション)の材料にも使われる。つまり魔晶石は、いくらあっても無駄になることがない。


あっと言う間に樽を空にしたヴォジャニは、細長い舌で名残惜しそうに口元りを舐め回し、スンスンと周囲の匂いを嗅ぎまわる。


他に蜂蜜酒の樽がない事を理解したのだろう。ペタペタと足音を立てて水路へと帰って行く背中に哀愁が漂う。途中で何度か立ち止まって振り返るその姿は、蜂蜜酒の礼を言ってるようにも、もっと酒を要求しているようにも見えた。


やがて滑り込むように水に入ったヴォジャニは、スイスイと辺りを泳ぎ周っていたかと思うと、水面に顔だけを出して奇妙な鳴き声を上げる。その刹那、辺りは不思議な光に包まれた。


「コンラッドさん、今のって…」


「ヴォジャニの仕業さ。言っただろ、マルナの水が奇跡的に清浄を保ってるのはここのお陰だって。気付かねえか、ほとんど臭わなくなっただろ?」


言われてみると、水路の臭いがかなり和らいでいる。さっきの不思議な光のせいか。


「アイツは強力な浄化の力を持ってるらしい。流石は聖獣様ってわけだ」


水を浄化する固有能力(アビリティ)か。いや、むしろ空間全体を清浄したようにも感じられる。いずれにしてもさっき目にしたのは現実で、コンラッドの言うように、ヴォジャニがマルナの水を浄化してくれているのは間違いなさそうだ。


その後、空になった樽を担ぎ、オレたちは地上へと戻った。

読んでくれてありがとうございます。

お時間あればまたよろしくお願いします。

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