表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここではない何処かで始めるオレの冒険者生活  作者: アップルジャック
第一章 出会いと別れは、目覚めから始まる
8/44

8

覗いてくれてありがとうございます。

オレを()冒険者だと勘違いしたまま、それでも護身用に一本は持っていて損はないと、店主は奥の木箱の中からお勧めの品をいくつか出してきた。


確かにこのところ物騒な事件も起きているし、ギルドの定期依頼の期限も迫っている。()()の冒険者でありながら生活ナイフしか持ち歩かないのは、問題がないとは言えないだろう。


やがて店主は丁寧に布に包まれた品を持って来ると、目の前で一つずつ広げて見せる。


一つ目は、刃渡りが五〇センチ程度の両刃の短剣だ。短剣は取り回しの良さから、最も冒険者に好まれる武器の一つでもある。左右に大きく張り出した鍔と、いかにも頑丈そうな柄が印象的な品だ。


二つ目は、刃渡り三〇センチ程度の先端が鋭く、刺突性に優れた作りのナイフ。元の所有者が注文して作らせたものらしく、柄部分と鞘には手の込んだ意匠が施され、随所にこだわりを感じさせる品である。


三つ目は、刃渡り三〇センチ程度の分厚い刀身が特徴的な片刃の剣鉈だ。刃の付いた側にだけ、持ち手を保護するように鍔がせり出し、二つ目の細身のナイフとは打って変わり、一切の装飾がない無骨で簡素な作りだ。


「どれも悪くない品っス。良かったら手に取って見るっスよ」


買う気があるのかも知れない客に対し、品物に触れる事を勧めるのは珍しいことで、ましてや露店でそれを許すことなど滅多にない。


折角なので勧められるがままに短剣を手に取ってみる。自信あり気に勧めるだけあって悪くない作りの品だ。しかし、パンツ一枚すら買いあぐねるオレにとって武器を買うなど、まさに高嶺の花、別次元の話にすら感じる。


「この短剣は…おいくらですか?」


「三〇〇ラットっス」


出来るだけ冷静を装いながらも、微かに震える手で短剣を元の場所に置く。三〇〇ラットもあれば新品のパンツを買えるだけでなく、麦粥なら樽一杯ぶんも食えるだろう。


「ちなみに隣のナイフが三五〇ラット、その剣鉈は二〇〇ラットっス」


買えもしない二〇〇ラットの剣鉈が、お買い得に思えてくるから不思議なものだ。


「失礼ですが手持ちが不足するようなら、持ち物の買取りも可能っス。例えばその背嚢とか」


上手く話が途切れたところで退散しようとすると、店主が間髪入れずに買取り話を持ち出した。


「その背嚢はなかなかの品とお見受けしたっス。知り合いにその手の商品を扱うヤツが────」


「い、いや、これはダメです」


咄嗟にその申し出を断ると、オレはその場を逃げ去るように後にした。本当に困窮したときに、この背嚢を抱いたまま野垂れ死ぬ覚悟があるのか。そんな不安を払拭するように、背後から聞こえる店主の声に耳も貸さずに広場を横切った。


あの店主が言うように、この背嚢がそれなりに価値のある物であることは、オレも薄々は感じていたことだ。もしそうだとしても、これはジルから受け継いだ大切な背嚢で、例え食うに困ったとしても手放すわけにはいかない。


折角なので冒険者ギルドへと足を伸ばすことにした。オレは無駄な注目を集めないように、静かにギルドの扉を開けると足早に掲示板へと向う。


時間が少し遅かったせいか、併設された酒場にはいつもより冒険者がの数が少ない。


掲示板には今日貼り出された依頼書も見られるが、その中の一枚を見て思わず溜息が漏れた。グロンガの採取依頼だ。期日は明後日野夕刻の鐘まで。二つ以上が納品条件で、一〇〇グラムあたり五ラットが支払われる。


オレが東の森で落としてきたあのグロンガなら、一キロは優に超えるはず。もう一つ見付けなければいけないものの、あれ一つで五〇ラットは堅い。


一瞬だけ今からでも東の森へ向うべきか、と危険な考えが脳裏を過る。あの秘密の採取場所なら、くまなく探せばもう一つくらいグロンガがあっても不思議はない。


そんな思いも次の瞬間には霧散する。冷静に考えれば、そんな機会をあのとき出会った者たちにがみすみす逃すだろうか。それどころか欲をかいて命を危険に晒せば、今度こそ人知れず森の中で命を落とすことに。


五〇ラットは喉から手が出るほど惜しいが、命の代償としては流石に釣り合わない。


あの依頼書を目にしたせいで、一度は諦めたグロンガのことを無駄に思い出してしまった。


まだ陽は高い。コンラッドたちの様子でも見に行ってみるか。ドブさらいの作業は雨上がりが一番忙しい。ひょっとすると人手を必要としていて、今から手伝っても麦粥の一杯分くらいの給金なら期待できるかも。


オレはギルドを出ると、足早にコンラッドたちが作業をする水路へと向う。水路では案の定、ドブさらいの仲間たちが忙しそうに作業をしていた。


「お? ハルトじゃねえか。今日は荷下しの仕事じゃねえのか?」


「色々あって休みになりました」


「ちょうど良かった、手が空いてるならちょっと手伝ってくれよ。雨で水路が増水したせいでゴミの量も増えてやがるんだ。勿論、ちゃんと給金も払うからよぉ」


すぐに背嚢をコンラッドの側に下ろすと、上着と靴と穴の空いた靴下を脱ぎ、オレはドブさらいの作業へと向う。


雨で増水した水路はそれまで底に溜まっていたり、上流で引っ掛かっていたゴミが押し流されることで、特定の場所に集まりやすい。


ちょうど作業員たちが壊れた馬車の車輪を水路から引き揚げていたので、オレも駆け寄って加わる。既に引き揚げたゴミの中には、壊れた木桶や樽、椅子に机などがあり廃材には事欠かない。それだけではなく家畜の死骸や、時には先日の騒ぎのように死体が見付かることもある。


コンラッドの話に寄れば、水路の歴史はマルナが街としての活動を始めた当初にまで遡るらしく、これまでに幾度も増改築を繰り返しているらしい。


それによって表面的には何事もないように見えても、その内部は煩雑を極め正確な内容を記した資料すら存在しないのだとか。


「おい、ハルト、ちょっとこっちも手を貸してくれ」


結局そのまま夕刻の鐘がなるまで作業の手伝いを続けた。水路から引き揚げたゴミは手押し車に乗せられ、貧民街の最奥にあるゴミ捨て場へと運ばれる。いつもなら途中で一度ゴミ捨て場へ行けば、大した量は残らないのだが今日は手押し車に満載だ。


給金を受け取った仲間たちは、蜘蛛の子を散らすようにドブさらいの現場を去って行く。きっと酒でも飲みに行く気なのだろう。


「ハルト、悪いんだがこのゴミを運ぶのを手伝ってくれねえか? 代わりに飯を奢ってやるからよ」


とくに予定はなかったし飯代が浮くのはありがたい。それにこの量のゴミを、コンラッド一人に押し付けるのは忍びない。オレは二つ返事でゴミの運搬の手伝いを引き受けると、コンラッドの引く手押し車をうしろか押した。


貧民街の苔色の門を潜り、蛙の尻尾亭の前を素通りし、大通りとは比べ物にならないボロボロの石畳を進む。


「ハルト、ちょっとばかり寄り道させてくれ」


そう言うとコンラッドは通りを横に逸れ、何度か通りを折れ曲がると、大きな塗り壁の建物の前で手押し車を停めた。


何かの倉庫だろうか。建物には看板もなく人の気配も感じられない。コンラッドは倉庫を素通りすると、そのまま建物の端にある地下へと続く階段を下りて行く。


まるで初めて訪れる者を拒絶するかのように、存在を消し去るその階段を、彼は庭でも散歩するが如く軽い足取りで下りる。どうやら何度となくこの場所を訪れているらしい。


「いるか? オレだ、コンラッドだ」


階段の先にある頑丈な木の扉を、独特な節を付けてノックすると、コンラッドが大声で問い掛けた。返事はないが暫くすると扉が少しだけ開いて、中から血走った目の顎髭を三つに編み込んだ岩窟人族(ドワーフ)が覗く。


「よお、コンラッド…そいつは誰だ?」


「心配するなロックビル、ウチの作業員さ」


ロックビルと呼ばれた岩窟人族(ドワーフ)は、警戒心を露わにした鋭い視線を容赦なくオレに浴びせる。顔の半分が特徴的な入墨で被われ、薄暗い地下なのも相まって威圧感が半端じゃない。


オレへの嫌悪感を露わにするロックビルの様子などお構いなしの様子で、コンラッドは何食わぬ顔で大男に手を差し出し握手を交わす。手の大きさの違いは、まるで大人と子供だ。


「景気はどうだ、ロックビル?」


「こんな商売だからな、景気なんて変わりゃしねえさ」


「それは言えてるな。いつものヤツを一つ頼む」


「ちょっと待ってろ」


簡単な挨拶を交わすとロックビルは再び扉の奥へと姿を消した。コンラッドの口ぶりからすると何かを注文したようなのだが、こんな辺鄙な場所で商売が成り立つものなのだろうか。


コンラッドに促され階段を上り、しばらく手押し車の前で待っていると、辺りを警戒しながらロックビルが樽を担いで現れた。


ロックビルは何も言わずに視線だけで合図をし、そのまま樽をオレに手渡す。抱えた途端に腕に樽が食い込み、両膝が悲鳴を上げるように軋む。この樽を軽々と運ぶのだから、岩窟人族(ドワーフ)の膂力は半端ではない。


「一二〇ラットだ」


言われる前に既に準備していた金をコンラッドが差し出すと、ロックビルは当然だと言わんばかりにそれを受け取り、視線だけで挨拶を交わし再び地下へと下りて行った。


手押し車に樽を積み込み、出発の準備を整える。中身はどうやら液体らしい。樽から漂う独特な甘い香りと、一二〇ラットもの大金をつぎ込んだのを考えれば、だんだん察しが付いてきた。これはもしや。


「蜂蜜酒さ」


オレの視線に応えるようにコンラッドが言う。大きな体に似合わず人目を避け、コソコソと振る舞うロックビルが何者なのかがわかった。彼は密造酒の職人だ。


マルナで主に取り扱われる酒類は、葡萄酒、エール酒、蜂蜜酒の三種類である。酒の製造や販売は、その量に応じて領主に税金を納めなければならないのだが、この三種類の中で蜂蜜酒だけは近年まで税が掛けられていなかった。


最も古くからこの地域で飲み続けられ、多くの者に愛される蜂蜜酒に税を掛ける事を、酒場の常連客だけでなく多くの街民たちが強く反対した為だ。


課税への反発の矛先が統治全体に波及する事を嫌った領主が、街民への理解を示す形で見送られたいたのだが、蜂蜜酒にも五年前から税が課せられるようになった。


コンラッドの話に寄ればロックビルの造る蜂蜜酒は、丁寧な醸造と隠し味の独自のスパイスが絶品らしく、密造などしなくても十分に商売が成り立つ品物なのだとか。


それにも関わらずロックビルが密造を続けるのは、体制に対する反骨の精神を体現するためらしい。その割には随分とビクついてるだろ、とコンラッドは悪戯な笑みを浮かべる。


ロックビルの密造場を後にしたコンラッドは、そのまま裏通りの肉屋へと立ち寄った。コンラッドに気付くと通りの店々が親しげに声を掛ける。この辺りには頻繁に訪れるのだろう。そう言えばコンラッドがどこに住んでいるのか、聞いたことがない。


店の自慢は中身の詰まった腸詰め肉らしいのだが、コンラッドはそれには目もくれず、店先の籠に入った焦げ茶色のアシグロと呼ばれる野鳥を買い求めた。


どうやら今夜は肉にありつけるようだ。ただ、他にも色々な選択肢があるにも関わらず、コンラッドか敢えて癖の強いアシグロを選んだのは意外と言える。


アシグロの肉は臭みが強いため、香草や香辛料と一緒に煮込むのが一般的な調理法なのだが、迷いもなく選んだコンラッドの様子からは、それを知らずに選んだとは思えない。


今から店に持ち込んで煮込み料理をするとなると、出来上がる頃には辺りは真っ暗だろう。それでも誰かと一緒に食事をするのが久しぶりなせいか、どこかウキウキしている自分がいる。


荷台の樽の隣に乗せられたアシグロは大人しい。足とクチバシを縛り、両翼も折られているが、それだけではなく己の定めを受け入れているかのようにも見えた。


「コンラッドさん、この辺へはよく買い物に来るんですか?」


「ああ。週に一度くらいのもんだな。ハルトは相変わらず蛙の尻尾亭か?」


「はい。週六から七回、いや、朝夕だから週一ニ回は通ってます」


それを聞いてコンラッドが人懐っこい笑みを浮かべる。元はと言えばコンラッドに教えてもらった店だが、蛙の尻尾亭でコンラッドと顔を合わせることは少ない。


きっと自宅が東地区ではないのだろう。そう言えばオレはコンラッドが何処に住んでいるのか知らない。ドブさらいの仲間たちとの会話でも、話題に上がった事すらないように思える。


水路掃除の元締めともなれば、オレたち作業員とは違い雇い主はマルナ領主だ。勿論、領主と顔を合わせる事などあるはずもなく、街庁舎の担当役人の使いの者が、コンラッドの所へ連絡係として現れる程度のもの。


いずれにしろ食うに困らない生活をしているのは間違いない。蜂蜜酒にポンと一ニ〇ラットも払えるのがその証拠だ。ひょっとすると金持ちや貴族の多い、北地区に持ち家があったりするのだろうか。


「ハルト、お前さっきから何をブツブツ言ってんだ?」


「あ、いや、何でもないです…」


いつの間にか思考が口から漏れていたらしい。危ない、危ない。そんな事を考えながら手押し車を押して歩いていると、やがて通り沿いには掘っ立て小屋のようなボロ屋が目立つようになる。


ようやく通りの向こうに現れたのはゴミだらけの広場と、その中央にそびえ立つ小高いゴミ山。オレたちの目的地だ。


読んでくれてありがとうございます。

よかったらまたどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ