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ここではない何処かで始めるオレの冒険者生活  作者: アップルジャック
第一章 出会いと別れは、目覚めから始まる
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読んでくれて有難うございます。

安息日の朝は、不思議といつもより少し早く目が覚める。


週に一度の機会だけあって、時間はいくらあっても無駄にはならない。少しでも手際よく予定を済ませたら、安息日の最大の目的である入浴時間を増やしたいのが本音だ。


そんなわけで今日の予定は、まずは森での採取。じつは東の森の少し奥まった場所に、誰にも知られていない穴場がある。身の安全を考えれば、あまり森の奥へは入りたくないのだが、その他の予定をこなすのにも都合が良い。


森を掠めるように背丈の低い植物に囲まれた小川が流れ、その下流近くに広がる湿地帯は野鳥や水鳥の絶好の狩場だ。


水場は鳥や獣だけでなく、時には魔物をも引き寄せる。森に近いとなれば尚更だ。こんな天気の良い安息日に、人知れず息を引き取るだなんてあり得ない。気を引き締めて掛からなければ。


よし。まずは狩場へ向かって罠を仕掛け、その後に小川で洗濯を済ませる。乾くまでの待ち時間を利用して森で採取。干した洗濯物を回収したら、最後に罠に獲物が掛かっているかを確認して街へと戻ろう。


これなら時間を無駄にせず、浴場でもゆっくりと時間を過ごせるはずだ。そうと決まれば、天幕と寝袋それと竈を片付け、背嚢を背負ったオレは東の森へと向う。


南門を通り過ぎる際に門番たちには、挨拶がてらにそれとなく東の森へ向う旨を伝える。これでもしオレが夕刻までに戻らなければ、運が良ければ誰かが探しに来てくれるかも知れない。


マルナ周辺には大きな森が三つある。その中で唯一、オレが頻繁に訪れる東の森は、街から近く規模も小さいためか、大型の獣や魔物がほとんど住みつかない。冒険者にとっても大物狙いの猟師にとっても、手応えのない冴えない森ではあるが、オレが東の森にしか行かない理由もまさにそれだ。


城壁沿いに東へ回り込み、人通りの少ないでこぼこ道を歩くこと三〇分。朝飯を食ってないので流石に腹が減った。途中で見付けた木の実や、食用に向く植物の茎を噛って飢えを凌ぎつつ進むと小川が見えてきた。


とりあえず水筒に水を補給。そして、湿地帯に入る前に下準備だ。青々とした下草を摘んで手で揉んで全身に塗りたくる。この辺りは香草や食用に向く植物が多く、洗濯だけでなく何かと便利な場所でもある。全身から微かに青臭さが漂うが、こうした一手間が狩での成功率を左右する。


小川を辿って下流へ向かうと、やがて背丈の高い植物が疎らに群生する湿地帯が見えてくる。ここが罠を仕掛ける場所だ。


辺りを見回し目ぼしい場所を見付けたオレは、静かに背嚢を下ろし中から丈夫な紐を取り出し準備に取り掛かる。


鳥罠は単純な作りだ。罠の近くに置いた木の実を鳥が突いた際に、留金の役割をする罠の小枝に触れれば、それが外れると同時に重い枝が落ちてくる。下敷きになった鳥は瞬時にご臨終。成功率はあまり高いとは言えないが、上手くいけば今夜はご馳走だ。


同じような仕掛けを二箇所に設置し終える。普通ならここで狩の成功を祈念し、慈母神や狩りの女神に祈りを捧げるのだろうが、神を信じないオレには無用の行為に過ぎない、


それから小川の上流へ戻って洗濯を開始。まずはジャブジャブと豪快に水洗い。オレの洗濯は基本がこの水洗いだけに、しっかりと洗い汚れを落とす。パンツは一枚しかないので、洗濯中はノーパンで過ごすしかない。


二足ある靴下はどちらも指先に穴が空いている。パンツも靴下もそろそろ新しいのを買わないと、縫う繕うにも限界が近そうだ。


その後は背嚢から取り出したのはサボンという植物の皮だ。これを水に浸して揉みしだくと、爽やかな香りと共に泡が出てくる。貴族たちが使う洗濯油の原料に使われているのがこのサボンだ。


作った泡を洗濯物に染み込ませ、再びゴシゴシと擦って洗い流す。汚れだけでなく、匂いも落してくれるのがありがたい。


ふと下流に目をやると木陰に人影が見える。ノーパン姿を見られたかと焦ったが、その思いはすぐに別の驚きで塗り替えられた。


人ではない。その存在の名はウォーカー。低級の悪霊が死体に取り憑いたものだ。陽の光に弱いウォーカーは、日中に単体で遭遇するぶんには大した脅威ではない。


ただし、夜に群と遭遇した時は注意が必要だ。日中より動きが機敏なうえに、ウォーカーは首を切り落とすか焼き払わない限り動き続ける。まさに不死系(アンデッド)魔物だ。


討伐したはずのウォーカーに背後から襲われたなんて話を、冒険者ギルドで何度も耳にした。まあ、あのウォーカーは大丈夫だろう。日中で単体なうえに、泥濘にはまって身動きがとれないらしい。


時々、横目でウォーカーを気にしながらも、あっという間に洗濯は終了した。手持ちの衣服が少ないせいだが、どちらかと言うと洗濯よりも干し加減の方が微妙だったりする。


当然ながら早く乾かすには絞るべきなのだが、固く絞りすぎると着古して擦り切れた服が破れてしまう。だからと言ってずぶ濡れのまま干して、気長にここで一日を潰すなど論外だ。


オレはそっと絞った衣服を木の枝に掛ける。ああ、そろそろ新しいパンツと靴下が欲しい。


マルナで衣類を手に入れる方法は三通りある。最も高価なのが、仕立て屋で寸法を測って作る仕立品だ。貴族や裕福な家庭であれば、ほとんどがこの方法で購入する。


次が織物屋で生地を購入し、自ら針仕事をし縫い上げる方法だ。マルナでは一般的とされる衣類の入手方法ではあるが、出来栄えが作った者の技術やセンスに左右されやすい。


そして最も手軽な入手法が古着屋での購入だ。ちなみにオレの衣服は全て古着屋で買ったものである。ただし古着と言っても、程度によってかなりの価格差があり、貴族の払い下げともなると並の仕立て服以上の価格が付く。いったいパンツ一枚でいくらになるのだろうか。そもそも貴族はパンツなど払い下げはしないだろうが。


洗濯物を木の枝に干し終えたオレは、サボンですっきりしたはずの全身に、再び揉みしだいた下草を塗りたくる。二度手間になってしまったが仕方がない。魔物や大型の獣が少ないとは言っても、森に入れば単身の荷物持ち(ポーター)など素人同然だ。出来る準備を怠って命を落とすなど馬鹿馬鹿し過ぎる。


更には革袋に入った白色の香袋を取り出すと、鼻頭を押し付けるようにして勢いよく息を吸い込む。草の香り、灰の香り、獣油に鉱物も混じっている。


白色の香袋は心に平穏をもたらす。複雑な匂いが鼻孔から脳天へと突き抜けると、まるで霧が晴れるように不安感が薄れていく。


「よし。大丈夫だ、オレはやれる、できる、『隠遁(ハイド)』」


オレの持つ唯一の技術(スキル)は『運搬(キャリー)』と『隠遁(ハイド)』。どちらも思いがけず手にしたものなのだが、文字通り背嚢を持ち運ぶための能力と、身を隠すための能力でなかなか役立っている。


初級の『隠遁(ハイド)』など気休めにしかならないが、何もせずに森へ入るよりは随分とマシだ。最後に腰に下げた雑嚢袋から、小ぶりのナイフを取り出す。刃渡り二〇センチに満たない生活用ナイフ。こんな物で魔物や大型の獣を相手にできるとは思っていないが、これがオレの持つ唯一の刃物なのだから仕方ない。


そもそも基本は戦闘回避だ。手に負えない魔物を相手に、戦闘以外の選択肢がなくなった時点で、オレのような万年低等級冒険者の生存率は限りなくゼロな近付く。


周囲の物音に耳を澄まし、精神を集中しながら森の奥へと進む。やがて見えてきたのは朽ち掛けた一本の大木。その根本には小人族(ハーフリング)の背丈ほどもある下草が茂る。大きな葉っぱを掻き分けて進むと、人目を忍ぶようにその場所はある。


地面からせり上がった根と根の間をすり抜けると、朽ちた虚が外観からは想像できないほどの大きな空間を作り出しており、地下へと続く大穴が口を開けていた。


ロープとカンテラだけを取り出して、背嚢は身動きしやすいようにこの場へ置いて行く。虚の中は大木の歴史が溶け込んでいるかのように、濃密で湿った空気が充満している。


丈夫な木の根にロープの先を括り付けると、火を灯したカンテラを腰から下げて、オレは一〇メートルのロープがギリギリ足りる深さまでゆっくりと下って行く。


巨大な怪物に丸呑みにされる時とは、きっとこんな感じなのだろうか。不思議とこの大穴を降りる時には、決まって同じことを考えてしまう。それだけこの場所に、言いようのない不安を覚えているのだろう。


やがて地面につま先が届く。いよいよ秘密の採取場所へ到着だ。天井の大穴から微かに注降りぐ陽の光とカンテラの灯りが、一〇メートル四方程度の不思議な空間を照らし出す。


普通に森を歩いても見付けられないだけの、茸や実をつける植物が生えている。流石は秘密の採取場所と言ったところか。オレは辺りの気配に注意を払い、すぐに採取に取り掛かった。


マキツノ茸はここで採取できる定番食材だ。森に住むマキツノ鹿という鹿の角によく似た形の茸で、スープにすると良い出汁が出る。程良い大きさのマキツノ茸を六個、腰に下げた雑嚢袋に入れる。ついでに近くにあった野草と香草も採取した。これで今夜は自炊でいけそうだ。


お目当てのグロンガはよりによって、一番近寄りたくない奥の壁付近に生えていた。


植物に埋もれるように鎮座する大きな石造りの扉。これこそオレが、これだけの採取場所でありながらも敬遠する理由であり、この場へ降り立ってからも警戒を怠らない理由だ。


同じような物を地下迷宮ダンジョンと呼ばれる、地下に発生した迷宮で見たことがある。そこから抜け出せたのは、まさに奇跡としか言いようがなく、身を呈してオレを守ってくれた一人の荷物持ち(ポーター)のお陰だった。


魔物や盗賊に遭遇しながらも、ようやくオレは近隣の大きな街に転がり込む。それがマルナだ。


今オレの目の前にある扉は、地下迷宮あそこで見た扉と瓜二つ。いや、同じ物に違いない。


そうだとすれば、この扉の向こうには魔物たちが血で血を洗う、地下迷宮ダンジョンと言う名の冥界が広がっているのか。想像しただけで背筋が冷たくなり、オレは思わず身震いする。


いつ扉が開け放たれて、魔物が飛び出して来るとも限らない。オレは出来るだけ物音を立てないように、扉のすぐ横に生えるグロンガに忍び寄り、そっとカンテラの灯りを近付ける。茎の根本がオレの拳よりも大きく太った良個体だ。


ひょっとすると亜種だろうか。葉先に通常種には見られない切り込みがある。亜種は通常種に比べて効能の強いものが多く、場合に寄っては倍以上の価格で取引されることも珍しくない。


オレは出来るだけ根塊部を傷付けないように、茎と地面の境目に慎重にナイフを突き刺す。根は出来るだけ多く残してやりたい。そうすれば生命力の強いグロンガは、一ヶ月もすればまた茎と葉を再生していくことだろう。


切り取ったグロンガを腰の雑嚢袋に押し込むと、オレは逃げ帰るように地上へ戻る準備を整える。


その時、物音がした。耳を澄ますと、向こう側から石の扉を叩く音がする。まずい、魔物に気付かれた。急いでロープを握り地上を目指そうとするが、慌て過ぎて上手く登れない。


大きな石の扉が、不気味な音を立てながらゆっくりと開いてゆく。ダメだ間に合わない。せめて灯りは消さないと。オレはロープを握ったまま、急いでカンテラの灯りを消した。


とにかく上まで登りさえすれば、魔物もすぐには追って来れないはずだ。頭では理解しているのに、焦れば焦るほど動きは空回りする。


扉は三〇センチほど開いたところで止まった。不気味な静けさが辺りを支配するが、魔物が飛び出して来る気配は感じられない。


「エビバディ、大丈夫そうだ。何もいないっぽいぞ…」


人の声。いや、人語を解する魔物もいると聞いたことがある。オレは存在を悟られないように、ロープにぶら下がったまま息を殺して状況を見守る。


「どんな感じ? 外に出れた?」


「いや、まだ外ではなさそうだ」


「プリンス君、ユリカナさん、油断は禁物です。ここは慎重にいきましょう」


金髪碧眼の若い男と栗色のショートヘアの女が姿を現し、それに続いて七三分けの中年男が扉の陰から顔を覗かせた。


冒険者にも野盗の類にも見えないが、彼らはあの石の扉の向うで何をしていたのか。幸いこちらの存在には気付いていないようだし、もう少しだけ様子を見るのが賢明か。


「心配しすぎさ、ムッシュ・ヨシオ。それにいざとなれば────」


「あれ、プリちん、ここ何かいるかも?」


それは一瞬の出来事だった。姿は見られていないはずなのに、ユリカナと呼ばれた女がこちらの気配を察知した。初級とは言え『隠遁(ハイド)』の固有能力(アビリティ)を、こうもあっさりと見破られるとは。


恐らく偶然ではない。暗がりではっきりとした居場所は確認できない様子だったが、明らかにオレのいる方向を向いていた。


思わず焦って足を滑らせ体勢を崩した拍子に、腰に巻いた雑嚢袋からグロンガが転がり落ちた。微かな音に過ぎなかったが、オレの存在を確信させるには十分なものだ。


プリンスと呼ばれた男は周囲をキョロキョロしていたが、ムッシュ・ヨシオと呼ばれた七三分けの中年男が、ユリカナとプリンスの手を引き石の扉の陰に隠れた。


グロンガは惜しいが逃げるなら今しかない。即座に決断したオレは、急いでロープを伝って地上へと戻る。


虚の隙間を通って背嚢を拾い上げると、オレは振り返りもせずに駆け出す。

野営生活を続けているせいか、オレは割と暗闇でも目が効く。プリンスにユリカナにムッシュ・ヨシオ、顔と名前はだいたい覚えた。何者かは知らないが、しばらくは注意が必要だ。


あの場所はオレだけが知ってる秘密の採取場所だと思っていたが、彼らからすればオレの方が侵入者だったのかも知れない。そうだとすればあの場所の存在を知った者を、すんなりと逃すとは考え辛い。場合によっては、人族の方が魔物や獣より恐ろしい事もある。


どうやら湿地帯に仕掛けた罠の回収も、今回は諦めたほうが良さそうだ。ああ、グロンガばかりか、肉まで逃す羽目になるとは。


色々と未練は残るが、無駄な固執は死を招く。オレが少ない冒険者経験で学んだ事の一つだ。こんなときは人目のある場所に紛れるに限る。急いで小川の畔の木に干した洗濯物を回収したオレは、立ち止まらずにそのまま街を目指した。


「よう、荷物持ち(ポーター)の坊主。東の森はどうだった?」


「お陰さんで洗濯がはかどりました…」


太陽は既に西の空に傾き掛けていた。南門の門番に声を掛けられると、せめてグロンガだけでも持ち帰りたかったという思いが強まり、それに呼応するかのように空腹で腹が鳴った。


半日を無駄に過ごした気分だが、少なくとも洗濯はできたし無事に戻れた。冒険者は気持ちの切り替えが肝心。食欲を満たせば気分も変わるだろう。


蛙の尻尾亭で食べるかなり遅い朝食は、当然ながらいつもの麦飯なのだが、気のせいかこの日は、いつにも増して塩味が少しだけ薄く感じた。


予想より良いペースで更新できてます。

よろしければまた覗いてやってください。

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