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ここではない何処かで始めるオレの冒険者生活  作者: アップルジャック
第一章 出会いと別れは、目覚めから始まる
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読んでくれて有難うございます。

「朝一の荷馬車が到着するぞ!」


威勢の良い掛け声と共に、荷降ろし作業という名の戦いの幕が切って落とされる。酒や食料の入った大樽や麻袋を、馬車から降ろして倉庫へ、そしてまた倉庫から運んだ荷物を別の馬車へと。


首領(ドン)マイルズのマイルズ商会は、三〇台もの荷馬車を所有するマルナでも五本の指に入る輸送屋だ。


職人気質の強い生粋の岩窟人族(ドワーフ)が、ここまで大きな商会の代表を務めるのは稀ではあるが、マイルズ商会の成功の陰には、岩窟人族(ドワーフ)特有の手先の器用さがある。


例えば、マイルズ商会が所有する荷馬車には、マイルズ自身が考案した工夫が随所に凝らされており、他所で扱う荷馬車に比べて輸送中の事故が極端に少なかった。


マイルズの工夫は馬車だけに留まらない。駄獣への負担を軽減する方法の研究にも注力していた。その甲斐あって、他所の輸送屋で所有する駄獣の現役年数がおよそ五年なのに対して、マイルズ商会の駄獣たちはその倍の期間を現役で活躍する。


そういった積み重ねが、マイルズ商会をマルナ有数の輸送屋へと成長させ、今では領主からの依頼を受けるまでになった。


荷下ろしの仕事は時間との戦いでもある。段取りよく荷物を積み込んで、少しでも早く馬車を走らせるのが基本だ。


肩に食い込むほどにずっしりと重い荷物の積み下ろしは、冒険者としても良い鍛錬になるはずだったが、そんな悠長なことを言っていられるのも最初の数台だけ。それ以降は永遠とも思われるほどの濃密な数時間を、ひたすら荷物の積み下ろしに捧げ続ける。


不意に馬車の流れが途切れると、そこからは太陽が西の空に傾く頃まで休憩を兼ねた待機時間だ。


「ハルト、お前もこっちに来て一杯やらないか?」


「いや、オレは遠慮しとくよ」


待機中は文字通りの自由時間となる。木陰で昼寝をしようが、懐に忍ばせた酒を口にしながら、少ない給金を持ち寄って博打に興じようが、誰にも咎められることはない。


ここで働く作業員の多くは、体格に恵まれた荒くれ者たちだ。最初こそは圧倒されてビビったが、オレが冒険者なのを知ると彼らの方から勝手に一目置いてくれるようになった。


決して嘘をついてるわけではないが、いつかオレが万年白磁等級のソロ冒険者なのを知ったら、彼らはどう思うだろうと内心ビクビクしながら過ごしている。


待機時間は近場を散歩をして過ごすことが多い。本当ならすぐにでもその場に寝転がりたいくらいクタクタなはずなのに、全力で動き続けたことで気持ちが高揚しているのだろうか。体が勝手に歩を進めてしまう。


目的地など特段ない。何となくブラブラと歩いているうちに、熱したお湯が湯気を上げながらも次第に冷めていくように、少しずつ気が静まっていくのを感じるのが心地よい。


散歩の際には、よくマイルズにお使いを頼まれる。マイルズ商会から通りを二本隔てた場所にある、踊り子ギルドへの届け物だ。そこの看板娘に御執心で、せっせと詩を送り続けている。


毎度のように詩を運ぶオレの方は、すっかり踊り子ギルドの人たちとも顔見知りになってしまったのだが。商才と手先の器用さに恵まれたマイルズも、詩の才能までは持ち合わせていないらしく、残念ながら相手に彼の想いは伝わっていないようだった。


そんなマイルズの輸送屋業は、近頃いつにも増して忙しい。大陸中央を東西に渡って、深く切り裂くように伸びるカンツ渓谷。その北部側に位置するカンツ渓谷砦は、南方蛮族の進行を監視し食い止める帝国領の重要拠点であり、そこから街道沿いに馬車で二日の距離にあるマルナは、砦への中継地点の役割を担っている。


南方国域との小競り合いが激化するのは、誰しもが憂うところではあるが、それに反して物流量はどんどん増えていく。カンツ渓谷砦への補給物資が必要となるためだ。


お互い本格的な戦に持ち込む気はないのだが、激化が続けばマルナからの派兵も想定され、冒険者ギルドにも真っ先に声が掛かる。


オレのような荷物持ち(ポーター)が戦場で出来ることなど多くない。補給兵としてならともかく、前線に駆り出されでもしたら、その日の夕暮れを迎える前に人知れず命を落していることだろう。


不安になったオレは、思わず通りの片隅にあった祠に手を合わせる。マルナの街中に点在する、祠や道祖神の石碑に関わるいずれの神様でも構いません。お手隙きな方で構いませんので、どうか戦にだけはならないようにお力をお貸しくださいと。


そんな穏やかな昼下がりがしばらく続き、やがて荷馬車の到着を知らせる叫び声が聞こえると、まもなく倉庫前は慌ただしさを取り戻す。


連なって到着する馬車から荷物を降ろしては、別の馬車へと積み込む。男たちの掛け声が響きわたり、作業はいよいよ佳境を迎える。


「お前ら、今日の荷降ろし作業はもうすぐ終わりだ、最後まで気を抜くんじゃねえぞ!」


「わかってまさぁ、首領(ドン)マイルズ!」


放たれたマイルズの怒号に、男たちがそれを上回る勢いで応える。事故が起こるのは、こんな気が緩んだときだと彼らも理解しているのだ。


そんな男たちの頼もしい姿に、マイルズが白い歯を見せる。ちなみにマイルズを呼ぶときは、基本的に「首領(ドン)」もしくは「首領(ドン)マイルズ」と呼ぶのが、マイルズ商会での掟である。


うっかり「マイルズさん」などと呼ぼうものなら、物凄い形相で睨まれ「はい。何か御用でしょうか?」と逆に丁寧に返され、その心地悪い空気はその日の作業が終わるまで続く。


ようやく最後の大樽を倉庫へ運び終えると、男たちが小さく歓声を上げた。汗を拭い天を仰ぎ見て、細く長い息を吐いたオレも、一緒になって叫んだ。いよいよ週末、「串焼き肉だ!」と。


作業を終えた男たちに給金を渡す際に、マイルズが何度も自慢の髭を撫でつける仕草は、その日の仕事に満足している証だ。


「ご苦労さん、ハルト」


「お疲れ様です、首領(ドン)マイルズ」


「ちょっと話があるんだが、いいか?」


マイルズが巻き煙草に火を着けながら、改まった様子で切り出した。当然ながら断る理由などないが、何やら奥歯に物が挟まったような話し方が少しだけ気になる。


「ハルト、ここに来てどれくらい経つ?」


オレがマルナを生活の拠点にして、早いもので一年が過ぎようとしていた。最初は冒険者だけで食っていくつもりだったが、それを諦めるのには一ヶ月と掛からず今に至る。


初めに就いた冒険者以外の仕事は、コンラッドが仕切る水路のドブさらいだ。それからしばらくしてこのマイルズ商会の前を通り掛かった際に、荷下ろしの作業員を募集しているのを知り、仕事を掛け持ちするようになった。


それにしても何だこの重々しい雰囲気は。思い返せば今日のマイルズは、珍しく少し苛立っているようにも見えた。もしかしてオレは自分でも気付かないうちに、何かとんでもない失敗をやらかしていたのか。


「もうすぐ八ヵ月になります…」


「そうか。八ヵ月になるか」


オレの言葉を繰り返すと、マイルズは眉間に深い皺を寄せたまま巻き煙草の煙を燻らせた。これは、もしかしてクビを言い渡されるのでは。


「あの、オレ何か────」


「お前、リンベルをどう思う?」


「リンベルちゃん…ですか?」


マイルズには八歳になるリンベルという娘がいる。何度かマイルズに付いて仕事場へ遊びに来たことがあり、彼の指示で待機時間中に近所の散歩に付き合ったこともあった。


クリクリとした黒目がちの瞳が可愛らしく、マイルズに似て少し気が強いところもあるが、快活でいて話の端々に根の優しさが感じられる良い娘さんだ。ただ、そのリンベルの名前がどうしてこのタイミングで出てくるのか、唐突な質問の意図が汲み取れない。


「可愛らしい娘さんかと…」


「可愛らしい? それだけか?」


「え?」


オレは何か見当違いな返答をしたのだろうか。当惑し答えに窮しているていると、マイルズは遠回しにリンベルが、どれほど「可愛らしい」という言葉だけでは表し切れない娘かを力説し出す。


「あ、あの、首領(ドン)マイルズ、オレ何か仕事で失敗したんじゃ…」


「失敗? いや、お前の仕事ぶりには満足してるさ。何ならゆくゆくは、マイルズ商会の幹部になってもらってもいいと思ってるんだぜ?」


「か、幹部ですか!?」


「ああ。そうさ。そこでだ…お前、リンベルを嫁にもらう気はあるか?」


解雇を告げられるのかと心配していたら、突然の出世コースから、更には自分の娘を嫁にまで。何この展開。


「いや、首領(ドン)マイルズ、リンベルちゃんまだ八歳じゃないですか!?」


「嫌なのか?」


「いえ、嫌じゃ────」


「なら、オーケーなのか!?」


物凄い形相で詰め寄るマイルズ。その血走った眼からは、どちらの返答が正解なのか全く読み取れない。彼からすればまだ幼く溺愛している娘の結婚話など、出来ればしたくなかったに違いない。それにも関わらず、どうしてこんな話の流れになったのか。


事の起こりは夕食の席でのリンベルの何気ない言葉だ。待機時間中のオレとの散歩がとても楽しかったと話したらしい。その時のはしゃいだ様がマイルズには、リンベルがオレにぞっこんなのだと勘違いさせたようだ。


マイルズは娘の言葉を耳にし、平静を装いながらも手にした匙を落としかけるくらい愕然とした。少し前までは『大きくなったらパパのお嫁さんになる』と豪語していた娘が、他の男と過ごした時間をこうも明け透けに賛美するなど夢にも思わなかったのだ。


「あ、あの、それってたぶん曲芸師のことだと思うんですけど…」


「何? リンベルのやつ、曲芸師にまで熱を上げてやがるのか!?」


「いえ、そうじゃなくて。散歩中に偶然、見かけたんですよ、曲芸師の一団を」


マイルズが手にした巻き煙草の灰が、音もなく崩れ落ちた。そう言えば街に見世物小屋がやって来ていると聞いた気もする。オレの言葉を耳にしたマイルズの顔にはそう書いてあった。


「リンベルちゃん、その曲芸師がいたく気に入った様子で。きっと本当は首領(ドン)マイルズと見世物小屋に行きたいのを、我慢してるんでしょうね」


「オレと見世物小屋に…」


そう呟いたマイルズの表情に見る見る晴れやかさ戻る。変な話をしてすまなかったと豪快に笑い飛ばしたマイルズは、たまには何か美味いものでも食えと、給金の他に余分に銅貨を三枚くれて立ち去った。きっとすぐにでもリンベルを、見世物小屋へと連れて行く気なのだろう。


最後の一文はオレの想像でしかないが、話した内容に嘘はない。お陰で得をした。銅貨三枚あれば、麦粥を食ってもお釣りがくる。それに、何が本業なのかよくわからないような生活をしていても、仕事ぶりを褒められるのは素直に嬉しい。


八歳のリンベルとの結婚話にはかなり度肝を抜かれたが、子を思う親の気持ちなど分からないオレにも、マイルズの葛藤は少しだけ理解できる気がする。


オレは口元に笑みを浮かべたまま、嚢を背負い小走りで蛙の尻尾亭へ向かった。


「アマラさん、こんばんは」


「おや、随分とご機嫌じゃないか、週末だものね、いつものヤツかい?」


「はい。麦粥と串焼き肉、お願いします」


そう話すアマラの声も少しだけ軽やかに感じる。テーブルの上に置いた六ラットを、繕うように素っ気なく受け取ったアマラは、すぐに奥の厨房へと姿を消した。


すぐに戻ったその手には、いつも通りの大盛り麦粥が見える。串焼き肉が来る前に、まずは少しだけ空腹を満たそう。厨房から漂う香ばしい香りをオカズに麦粥を掻き込むと、不思議といつもの麦粥がいつも以上に美味しく感じる。気が付くと器の麦粥の三割以上が既にない。


「ほら、串焼き肉ができたよ」


いよいよ待ちに待った串焼き肉のお出ましだ。湯気と共に広がる焦げた脂の香りが鼻孔をくすぐる。茶色くカリカリに炙られた肉の隙間から、旨味を凝縮した滴る肉汁がゆっくりと滴り輝く。


これを目の前にして我慢など出来るはずがない。アマラから受け取った皿をテーブルに置くより早く、オレは手にした串焼き肉に噛り付いた。


口一杯に広がる旨味に、思わず幸せの鼻息が漏れる。この一本のために今週も頑張った。今この瞬間ならそう言い切れる。


たまには肉を食わないとダメだな。串だけになった串焼き肉を眺め、口内に残る染み渡るような美味さに、味覚だけでなく身体が欲していたのかも知れないと思った。


明日はグロンガの採取に出たいと思っていたが、その道すがら野鳥か小型の獣を狙った罠でも仕掛けてみようか。


安息日には多くの者が浴場で身を清め、神殿に足を運び慈母神に祈りを捧げる。信心深くないオレにとって、安息日は週に一度の丸一日の自由時間だ。日頃、時間に追われて出来なかったことを、この機会にしておくのが常である。


今夜もオレの塒は南門のすぐ外。いつもの野営地。


別にドブさらいや荷下ろしの仕事が嫌いなわけではないが、なぜか安息日の前夜は気持ちが高潮している気がする。いつの間にか予定が山積みで、どれくらいこなせるか期待と不安が入り交じっているのかも知れない。


オレはそんな気持ちを落ち着かせるように、グロンガの茶を啜り、細く長い息を吐いた。



思ったより順調に更新できてます。

よろしければまた覗いてやってください。

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