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読んでくれて有難うございます。
冒険者とは。ある時は、貴族や商隊の警護として同行し、忍び寄る野盗たちを排除する者。またある時は、村を困らせる凶悪な魔物に立ち向かい、外套を翻し剣を振るい、強力な魔法を打ち放つ者。
そんな冒険者もいるにはいるが、現実はそんな格好の良い話しばかりではない。
例えば毎朝ギルドに足しげく通い、自らの等級と度量に見合った目ぼしい依頼がないか、掲示板を隅から隅までチェックする。地味ではあるが、ある意味では剣や魔法の鍛錬と同等以上に、依頼任務での生存率を上げるのに役立つ行為と言える。
しかしながら気の効いた依頼など、そうは簡単に見付かるものではない。何せ依頼者の手に負えないからこそ、金を払ってまで依頼するからだ。
背に腹は変えられず、背伸びをして選んだ依頼で失敗。無事に戻って来れれば、保証金を失っただけで済む。あとは次回への教訓や酒の席での笑い話が出来たと思えば良いのだろうが、低等級冒険者が命を落とすのは決まってそんな時だったりする。
中には冒険者である事に過剰な誇りを持ち、あたかも依頼任務の最中に命を落とす事が誉れであるかのように語る者もいるが、オレは全くそうは思わない。それどころか今のオレには、冒険者は副業のようなものになっていた。
◇◆◇◆
ゴォーン、ゴォーン。街庁舎の鐘楼から鳴り響く鐘の音が、夕刻を知らせる。
「おう、お前ら、終いの鐘だ。今日はこの辺にするぞ」
その声を合図に手早く道具を片付けると、井戸から水を汲み上げて汚れた手足を洗い流す。染み付いた臭いが落ちるわけではないが、最低限のエチケットのつもりだ。
近頃は日暮れ近くになると吹く風も随分と涼やかになった。井戸の水も少し前より少しばかり冷たく感じる。半年も経たないうちに街の北部にそびえ立つ、山脈の向こうから吹く風が肌を刺すような冷たさになる。
「それまでには防寒具も必要だよな…」
「おい、ハルト何してんだ。お前も並べよ」
仕事仲間に声を掛けられて我に返ったオレは、現場監督のコンラッドの前できた、日払いの給金をもらう列の最後尾へ急いで並ぶ。水路のドブさらい。これがオレの生活の基盤となる本業の一つだ。
オレが拠点とするマルナは、大陸の北方国域となる帝国領土の南の端に位置する、周辺地域で最も活発な経済活動が行われる中規模の都市である。
五〇年前の大雨で水路から汚水が溢れ出た際に、街民の陳情を当時の領主が聞き入れる形でドブさらいが実施された。
街民は勿論のこと、衛兵も総出で行われた水路の清掃は一週間も続いた。それまで全くと言って良いほど掃除をしていなかった水路のゴミは、小高い丘のようだったと当時の記述にある。
それ以来、ドブさらいは職業としてマルナに定着した。水路には特にゴミが溜まりやすい箇所がいくつかあり、コンラッドは街中のそうした場所を熟知していた。事前に見回りし、その日の清掃箇所を決めると、そこから先はオレたちの出番だ。
ゴミを取り除き汚れを落とし、水路の流れを正常に保つ。そんな作業を一日続けて手にするのは一二ラット。銅貨一二枚だ。
『ラット』は大陸北部で流通する唯一の共通通貨だ。銅貨一枚が一ラット。これが硬貨の最低単位で、次が一〇倍の価値となる大銅貨、そして、五〇倍の価値となる穿孔銀貨と続く。最も価値のある白金貨に至っては、一般の街民の間で流通することはないため、目にする機会はほぼ皆無と言えた。
通貨の由来は魔物の名前からだ。昔この周辺地域でグリーンラットという、小型の魔物が大発生したことにある。
グリーンラットは危険な魔物ではなかったが、伝染病を媒介するという噂が広まると、当時の領主は速やかな駆逐を目的に「グリーンラット一匹、銅貨一枚で買い取る」という御触れを出した。街人たちは競うようにグリーンラットを捕まえ、銅貨一枚と交換したという。
「お頭、もうちょっと色付けてくれたら、蜂蜜酒が余計に飲めるんだけどなぁ」
「バカ野郎、いつも言ってんだろ! 仕事ってのは給金の額の問題じゃねえって、人様の役に立ってこその仕事だって!」
「そんなこと言ったてよぉ、お頭、最近は酒代も値上がりしてんだぜ? ここいらで一番安い酒を出す、耳なしロイドの店の蜂蜜酒だって一杯四ラットもするんだ」
酒代でマルナの物価の全を測るのはどうかと思うが、男が言う通りこのところのマルナの物価上昇は顕著だ。
巷では家畜に奇妙な疫病が流行っているだとか、南方国域の共和国領土との間で近いうちに大きな戦が始まるだとか、真相も不明な不穏な噂話が広まっていた。ひょっとするとそんな街民たちの動揺自体が、物価の変動を招いているのだろうか。
彼らの大半はその日暮らしの者たちだ。今日一日の稼ぎである一ニラットは、大人がマルナで暮らすのに十分な金額とは言えないが、彼らにとっては大切な生活費である。それにも関わらず全て安酒に注ぎ込む気でいるのだから、コンラッドの怒鳴り声が止まないのにも頷ける。
そんな彼らが何とか食い繋げているのは、コンラッドのお陰にほかならない。
歯抜けのギースが仕事中に足を滑らせて怪我をしたときは、手厚い見舞い金を払ってやったし、ノッポのサムエルに双子が産まれた時は、お祝いに乳の出が良い山羊を贈った。
夏の日照りで穀物の価格が高騰した際には、いつもの倍の給金を支払ってくれて皆とても喜んだ。彼はいつもちゃんと皆を見ている。
それだけに留まらず、コンラッドは不定期で街の排泄場の清掃を引き受けて来る。この仕事がなかなか実入りが良い。ドブさらいの半分の時間で、数倍の給金が手に入るのはありがたい。
領主の許可を得た役人から引き受ける水路のドブさらいとは違い、元来、排泄場の清掃はその地域の住民たちの仕事だ。
しかしながら、排泄場の清掃は楽ではない。暑い日の排泄場の清掃はことさらだ。刺激臭が目にしみるうえに、一度清掃に携わると三日は身体から臭いが取れない。
排泄場の清掃は、まるで人生の縮図だ。自分たちが垂れ流した糞尿でありながら、臭くて汚くてキツい排泄場の清掃など誰もしたくない。それどころか清掃するオレたちを見て、あからさまに顔をしかめる者までいる。
清掃を快く引き受けるコンラッドは、地域住民たちにとって便利な存在ではあるが、下賤の仕事で稼ぐ者が尊敬を集めることはない。そんな事はどうでも良い。むしろ彼らが排泄場の仕事を嫌えば嫌うほど、金儲けのチャンスが増えるとコンラッドはほくそ笑む。
初めこそ彼らの視線に虚しさのようなものを覚えたが、それを見透かすようにコンラッドに気にするなと声を掛けられた。
大抵のことはすぐに慣れる。オレが慣れたのか、彼らが慣れたのかはわからないが、そのコンラッドの言葉通りになった。彼のこの時の言葉は、今ではオレの信条になっている。
唯一、残念なのは、せっかく金を手にしても、三日間は蛙の尻尾亭に通えないことだ。いつもお世話になっている蛙の尻尾亭に、そんな形で迷惑を掛けるわけにはいかないので仕方ないのだが。
「お疲れ様です、コンラッドさん」
「おう、ハルト、お疲れさん。ほら、給金だ。それと、こいつ忘れんなよ」
そう言って給金を手渡したコンラッドは、傍らに置かれた大きな背嚢にポンと手を置く。オレの大切な背嚢だ。使い古されてはいるが頑丈な革製で、要所が更に分厚い鱗状の革で補強されている。
冒険者であるオレの主職種は荷物持ちだ。
荷物持ち(ポーター)とは冒険者たちが依頼任務に集中できるように、戦闘補助や身の回りの世話をする補助的な役割を担う職種である。
正式な冒険者クランの一員となるものから、雇われ荷物持ち(ポーター)として依頼任務に一時的に同行する者まで様々いが、共通するのがこの大きな背嚢だ。
戦利品の回収から野営の準備まで、荷物持ち(ポーター)は依頼任務中に多くの雑用をこなす。高等級冒険者クランともなれば、複数人の荷物持ち(ポーター)が同行することも珍しくない。
ドブさらいを本業とする、なんちゃって冒険者のオレではあるが、商売道具のこの背嚢を無くしたら荷物持ち(ポーター)ですらなくなってしまう。
そうは言っても、こんな大きな背嚢を背負ったままでは仕事にならない。そこで仕事中は、コンラッドが腰を掛ける石垣の傍らに置かせてもらっていた。
「いつも預かってもらって、ありがとうございます」
「預かるも何も、そんな重い背嚢なんか誰も盗みやしねえさ」
確かにこの背嚢は丈夫さを売りにした特別製だ。膂力に優れた岩窟人族ならまだしも、小人族のコンラッドからすれば呆れるほどの重さに違いない。
街の人口の過半数を占める俗人族のオレにとっても、決して扱いやすい重さの背嚢とは言えない代物だ。実際、オレも最初のうちはあまりの重さに驚いた。他の俗人族の仕事仲間が、面白半分に背負おうとして、よろけて水路に落ちたこともある。
詳しいことはわからないが、オレがこの背嚢を背負って活動できるのは、どうやら固有能力か技能が関係しているようだ。
固有能力とは、その人が持って産まれた才能のことで、慈母神の恩恵により、内容の違いはあれど誰しもが一つは授かるものだ。これに対して技能とは、日々の経験や鍛錬から身につけるもので、剣士の剣術や狩人の弓術などがそれにあたる。
いくつか思い当たる節はあるものの、オレにいずれかの効果があるのかは定かではない。
いずれにせよ、この背嚢を背負って行動できるという事実は、荷物持ち(ポーター)であるオレにとっては何より重要な事と言えた。
「じゃあ、また明日な」
「あっ、コンラッドさん、明日はその…荷馬車の仕事が」
「おお、そうだったな。そしたら次は安息日明けか。どんな仕事も人様の役に立ってこそだ。しっかりやってきな」
「はい。ありがとうございます」
この街の日雇い労働者にとって、仕事の掛け持ちは珍しいことではない。不安定な収入を少しでも安定させるためには、むしろ掛け持ちしない者の方が少ないだろう。
オレもドブさらいと冒険者の仕事以外に、馬車の荷下ろしの仕事を掛け持ちしており、明日はちょうどその予定が入っていた。
コンラッドに深々と頭を下げると、オレは背嚢を背負って足早に街の東地区にある貧民街へと向かう。
オレの一週間の稼ぎは八〇ラットから一〇〇ラット程度。切り詰めた生活を送ってはいるが、決して今の暮らしが最悪とは思わない。
街で仕事をしていれば魔物に遭遇する心配も、野盗に襲われる心配も必要ない。余計なことを考えずに、目の前の仕事だけに集中できるのは心地よい。コンラッド風に言えば人様の役に立って尚、給金がもらえるのだから幸せなことだ。
それなら万年低等級の冒険者なんか辞めてしまえばいいだろうに。そう思われても仕方がないのだが、オレが冒険者であり続けるのにはちょっとした訳がある。
冒険者は最低三ヶ月に一度の、定期依頼をこなさなければならない。これによって維持できるのが、オレが首から下げている薄汚れた乳白色の認識票だ。
認識票は素材によって冒険者としての等級を示すと同時に、個人の身分証の役目を果たすことで、街や関所を通行する際に通行証の提示を必要としない。これがなかなか便利な代物なのだ。
街のすぐ外で野営して暮らしているオレからすれば、必須アイテムと言っても過言ではない。何せ通行証の発行には金が掛かる。使用期限が切れるたびに新たな通行証を発行してもらっていたのでは、無駄に時間も掛かるうえに、ひっ迫した生活がいよいよ崩壊しかねない。
それとこれは誰にも話していないのだが、オレには密かな夢がある。それが容易いことでないことは理解しているつもりだけに、せめてその想いだけでも無くさないように、形だけでも冒険者であり続けているのだ。たぶん。
最後に依頼をこなしたのは二ヶ月近く前のこと。三度目の依頼だったが正直ギリギリの達成で、しばらくはドブさらいにも荷下ろしにも行けなかった。
そろそろ定期依頼の期限が近付いてきている。ここしばらくは遠ざかっていたが、また毎朝ギルドにの掲示板に目を通さなきゃいけないかと思うと気が重い。
そんなことを考えて歩いていると、通りの向こうにガラクタで飾られた苔色の門が見えてきた。門の向こうに見えるのは、割れた石畳に、建ち並ぶボロ屋。低所得者や路上生活者が集う、マルナの貧民街『瓦礫通り』の入口だ。
門を潜ってすぐの場所にある『蛙の尻尾亭』は、ありふれたお気に入りの食事処とは訳が違う。
ドブさらいの現場監督コンラッドが教えてくれた、オレのような低所得者にもやさしい、格安で腹いっぱいになれる天国のような場所である。さあ、飯の時間だ。
週1〜2回の更新ペースの予定です。
いけそうならもう少し頑張ります。
宜しければまたどうぞ。