第一章7 「煉獄の首都、炎火。そこで会ったのは――」
吹き付ける、熱気を含んだ風。その中にはほのかに温泉独特の硫黄の匂いが染み込んでいる。風が吹く方向へと視線を向けると、そこにはこの国のシンボルである「煉獄山」が街を見下ろすかのように、大きくそびえ立っている。
建物はレンガ造りの家が主で、街一面がまるでアートのように美しい街並みが続いている。そんな街の中心地、そこには円形に築かれた大きなコロシアムのようなものが位置している。
そして、その奥に存在を誇張するかのようにそびえ立つ建物。この煉獄国を治める者たちが住まうという煉獄城が煌びやかに輝いている。
「ここが煉獄国の中心地、炎火か。」
噂には聞いていたが、かなりの人混み。そして山育ちの自分には目がくらむほど、物や人がものすごい勢いで行き来をしている。
氷雅の立つ場所は開けた市場のようなところだ。大きな道の真ん中には川が流れ、左右に分かれた道には多くの店が立ち並んでいる。
「これが首都·····。」
今まで見たことのない光景に圧倒され、川の間にかけられた橋で唖然と立ち尽くす氷雅。人生の中で半分は山、半分は山寺で育ったのでこんな光景を見たことも聞いたこともなかった。
氷雅がまだ幼い頃、村の中には首都へと出ていく者もたまにいた。しかし、その時はまだ首都の何が良いのか何も分からなかった身だったために、出ていく者が不思議で不思議でしょうがなかった。
だが、今ならそれがわかる。わざわざ山の中で山菜を取る必要もない。火を起こすために薪を破る必要もない。下手すれば、欲しいものがあればなんでも手に入るレベルだ。こんなのと村が比較されちゃえば圧倒的に負けるに決まっている。だが――
「川の透明度だけは勝ってるな。」
それだけが山育ちの自慢だ。川は綺麗に透き通り、空気は美味しく、季節を常に感じられる事が出来る。そこだけは都市には負けてない。
「あれ?もしかして君も認定試験に来たの?」
街の大きさに圧倒されていた氷雅へいきなり横から声をかけられる。視線を向けると、そこにはまるで夜空のような深い青色の髪色に、結晶のように輝く水色の目を持った男がいた。
年齢はほぼ同じくらいであろうか。腰には深い青色から水色へのグラデーションがかかった鞘に剣を収めている。きっとこの人も剣士認定試験を受けに来たのだということを察する。
「君もこの試験を受けに来たんだよね?」
「うん!そうだよ!良かったぁ、試験に受ける人が他にもいて·····。」
青髪の少年は安堵したかのように胸を撫で下ろす。
「あぁ、ごめん。僕は山育ちだったからさ、都市が本当に怖くて怖くて。それで、他にも試験を受ける人を探してたんだけど、人が多すぎて見つからなくて·····。だけど君がいて本当によかったよ。」
「そうだったのか!そしたら奇遇だね。俺も·····山育ちなんだ。うん、やっぱりこの人の多さには不安になるよね·····。同じ境遇の人がいてよかったよ。」
青髪の少年と同じく、氷雅も安堵して深く息を吐く。
「あ、ごめんね。まだ自己紹介をしていなかった!僕の名前は風見 逸星。逸星って呼んでくれ。」
「逸星、いい名前だね。俺の名前は火野氷雅。よろしく!」
そう言い合って右手の握手を交わす二人。
握手というのはこの世界においてはとても重要なものである。試合前などに右手同士を交わすことでよろしくの意思を伝えるだけでなく、相手の属性もわかるからである。そして、この少年の属性は·····。
「流れ星の形。もしかして、君の属性って·····。」
「そう、流星だよ。突然変異でこうなっちゃったんだよね。強いって注目されてたこともあったけど、あまり嬉しいものでもないよ。」
流星。それは氷雅が剣術を習い始める前に憧れていた、一つの属性だ。
流星属性の特徴というのは技の素早さと属性の中でも強い方へと入る打撃の強さ。そして、反動が大きいことが特徴となっている。だが、反動は属性が合い、さらに鍛えれば無効化することも可能なので、実質無敵属性だと最近では注目されていたらしい。
「そういう君は属性が書かれていないようだけど、どうしたの?何かあった?」
「――ぁ、」
ここでどう言おうか咄嗟に迷う。果たして事実をここで言ってしまう方が良いのかどうか。今まではこのことは言わないようにと散々口止めされてきた。つまり、事実を言わない方が生きやすいということだ。だが、
――それは逃げではないのか?
それをひた隠しにするのは逃げだ。この無属性を含めた全てが自分なのだ。それを隠す、すなわち弱いと思われたくないから逃げているのだ。そんなのでは剣士にはなれない。こんなことで逃げていてはあいつを倒せない。
「·····実は、俺は無属性なんだ。」
「無属性·····?無属性ってあの無属性!?」
逸星はその事実に驚きを隠せていない。
それもそうだ。無属性というのは家に産まれたら捨てられるか殺されるかのどっちかだ。生かされて剣士を目指すだなんて馬鹿げている。そして、きっとこの人もそう言うのだろう。そう思っていた。だが、
「へぇ!そっちの方が珍しいじゃん!え、無属性って何を使うの?教えてよ!」
「――ぇ、えっと·····。」
まさかの反応に戸惑う氷雅。普通ならば馬鹿にしたり軽蔑されることが当たり前なのにも関わらず、この興味深々度。
「ふふっ、面白い人だね。逸星は。」
「何を笑ってるんだよ!早く、なんの属性を使うのか教えてよ!」
「あぁ、ごめんごめん。俺は三年前から息吹式を使って修行をしていたんだ。だから主に息吹式って感じだね。」
「主に·····。あぁ、そういう事か!君は無属性だからどれを極めてもメリットデメリットは変わらないんだね。だから主に息吹式ってことか!」
そう。無属性は何を極めても変わらない。属性があればそれとあった技を使ったほうがいいのだが、無属性はどれを極めたところであまり変わらないのだ。だから、主に息吹式を使うけど、他の属性技も打てるみたいなことができる。
「――それでも、属性有りの人が違う属性を使う時の威力と変わらないがな。」
「でも凄いよ!尊敬する!あ、話が長くなっちゃったけど、早くエントリーしにいかないと間に合わなくなっちゃう。急ごう、氷雅!!」
「えぇ!ちょっと!」
テンション高めの逸星に手首をギュッと掴まれて、人混みの中を流星の如く突き進んでいった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「エントリー受付させて頂きました。逸星様はDブロック。氷雅様はEブロックにて対戦をお願いします。第一試合は試合は明日からになります。」
なんとか時間になる五分前にエントリーを完了した。トーナメント制というのは各ブロックで三試合を勝ち抜き、そのブロック勝者一名が剣士へと昇格することができる。そして、明日はその第一試合。
「やっとエントリー済ませたね。あーワクワクする!どんな強い人がくるんだろう!ね、そう思うでしょ?」
「確かに。強い人の技を目の前で見れるっていうのはほかでもない、いい経験だよな。」
氷雅はそう言いながら、Eブロックのエントリー者の名前を左から右へと眺める。第一試合の敵はおそらく炎属性。第二試合は水属性か風属性。第三試合は土属性と·····。
「あれ、何属性だと思う?」
「ん?どれどれ?」
そこに書かれていた名前は夏秋日影。名前には属性に寄ったものを付ける決まりがあり、名前を見ればだいたい分かるのだが、この名前は、
「――闇属性、月影、邪悪?思い当たる節が沢山あるな。」
「まぁ、似たような属性も沢山あるからねぇ。あまり気にしなくていいんじゃない?第三試合になる時には、他の人のとの試合でもう属性わかるんだし、」
言われてみればそうだ。第三試合の時にはもう属性は判明する。そして、対策時間は1日もある。あまり気にするようなことでもない気がする。
「ねぇねぇ、それよりさ、早くエントリー者が泊まるホテルに行こうよ!あ、ついでにひとりじゃ寂しいから僕も一緒の部屋でいい?」
「うん。い、いいけど·····。」
「やった!ありがとう!じゃあ決まったということで早く行こう!!」
逸星は再び氷雅の手を掴み、二人は勢いよく外へと飛び出した。
風見逸星。本当に流星のような人だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
煉獄国名物、温泉。特に大きな火山の麓にある炎火はその温泉の多さと質の高さから周りの国からの観光客を惹きつける。
そんな温泉に浸かりながら、氷雅は明日のことを考えていた。
「初戦は炎属性。一体どんな技を使ってくるのだろう。いや、一番息吹式にとって敵になることは·····。」
「なーにぶつぶつ言いながら入ってんだよッ!!」
そう言って逸星は温泉へと飛び込むように勢いよくダイナミック入浴を繰り出す。その様子に、周りの人達も少々驚きの目を向ける。
「おい!温泉で勢いよく飛び込むな!めちゃくちゃ恥ずかしいぞ!」
「なんでだよー。お風呂っていうのは勢いよく入るダイナミック入浴が一番気持ちいいにきまってるだろー?氷雅もやってみろよー。」
「いやだよ!ってかいつもこんな感じでお風呂入ってるのか?すごいやつだな。」
「へへ、それほどでもないぜ。」
逸星は顔を赤くしながら濡れて乱れた髪を整えるように触り、とっさに照れ隠し的なものを行う。それが照れるようなすごいことならよかったが、
「それ、照れるようなことでもないからな。しかもあまりすごくないからな。」
と、照れてる逸星に一言。その言葉で正気を取り戻したのかわからないが、逸星は普通に温泉でくつろぎ始める。
「そういえば、僕の初戦が土属性なんだよね。七竜族に流星と相性の悪い土属性でかなりやばい。ねぇ氷雅。負けたらどうしよう。」
「大丈夫だって。そうそうは負けはしないよ。土属性は地面の上にいなければ効力を発揮しないと言われているから、浮かせば勝ちだ。」
「そこが問題なんだってぇー!流れるような流星の打撃でどうやって相手を浮かせるんだよー!」
そのネガティブさに、ついつい氷雅は抑えきれずに笑いを漏らす。その笑いは漏らす度に堰を切らざる終えなくなり、最終的には大笑いに変わる。
「ちょっと!何笑ってんのさ!わらいごとじゃないってーの!」
そう言いながら、逸星は氷雅の頬をぐいっとつねる。その痛みで強制的に笑いが治まった氷雅は一つ深呼吸を入れて、
「とりあえず、結果がどうなろうと頑張ろうな。そして、二人で剣士になろう。約束だ。」
そう言って氷雅は逸星の前に拳を差し出す。そして、
「――あぁ、必ずな。」
互いの拳と拳がぶつかる。この時、二人は一緒に剣士になることを誓った。